14-10
他に客がいなかったので、寝室に泊まるのは二人だけだった。
メルグウェンは食事の間ずっと黙って考えていたが、この日は先に寝に行かず、ガブリエルが立ち上がるのを待った。
後に続こうとしたテヴェに自分がやるからと断り、ガブリエルの後に続いてギシギシと音を立てる古い木の階段を上りながら、メルグウェンは胸を高鳴らせていた。
鎖帷子を脱ぐのを手伝い、それを他の荷物と一緒に部屋の隅に片付ける。
「それはいいから。こっちに来い」
ベッドに座ったガブリエルにそう言われ、おずおずと近寄った。
男からかなり離れた隅の方にそっと腰掛ける。
「メルグウェン」
メルグウェンはガブリエルの方を見た。
「はい」
「おまえの父親がどういう反応を示すかは俺にも分からない。最悪の場合、俺を叩き出し、おまえを閉じ込めてネヴェンの城主の許にやろうとするかも知れない」
「ええ」
「例えそうなったとしても、俺が絶対に何とかするから諦めるなよ」
メルグウェンはにっこり微笑んだ。
「分かってるわ。貴方を信じてる」
ガブリエルは満足そうに頷くと言った。
「じゃあ、そんな端っこにいないで、もっと傍に来い」
メルグウェンは顔を赤くしたが、立ち上がるとガブリエルの前に行った。
手を強く引っ張られガブリエルの腕の中に倒れ込む。
もしかしてこれが最後かも知れないという思いが、メルグウェンに羞恥心を忘れさせた。
自分から男の膝に腰掛けて、首に腕を回したメルグウェンにガブリエルの方がびっくりする。
「メルグウェン……」
顔に熱い息を感じながらメルグウェンは、目を閉じ体から力を抜いた。
今までとは違う接吻。
それは涙が出る程甘く、また官能的なものであった。
メルグウェンは自分の奥で何かが目覚めるのを感じ、許婚の腕の中で身を震わせた。
ぼんやりとした頭で考える。
この男も怖いのだろうか?
父上に反対されるのが。
離れ離れになってしまうのが。
暫くしてぐったりとした頭を男の肩に預けたメルグウェンは、力強い手が自分の体を撫でるのを感じていた。
なんと心地良いのだろう。
これが最後だったなら……
「……いいわ」
「ん?」
「今夜、ここで抱いてもいいわよ」
流石に恥ずかしくなって、男の肩に顔を埋めた。
「メルグウェン」
ガブリエルはメルグウェンの肩を持ち、体を離した。
「……嫌なの?」
「嫌な訳ないだろう。だが、おまえはこれで最後だからなどと思っているのではないか?」
図星だったメルグウェンは目を逸らし唇を噛んだ。
ガブリエルはメルグウェンを引き寄せると、優しく髪を撫でる。
「急くことはないぞ。予定通りに式を挙げるから、それまで楽しみに待っていろ」
不安げに揺れる瞳で尋ねる。
「本当?」
「ああ。約束する」
断られてやっぱり少しホッとしている。
メルグウェンは思った。
この男が好きだ。
何があろうとそれだけは絶対変わらない。
「じゃあ明日の朝まで、しっかり抱き締めていて」
「分かった」
翌日、5人の男に守られたメルグウェンは、やっと父親の城に着いた。
その日は珍しく朝から太陽が顔を覗かせている。
これは良い兆しなのではないかとメルグウェンは思い、胸の中が少し軽くなった気がした。
城門に乗りつけ、メルグウェンは馬を下りようとしたが、何故かガブリエルが門を通り越し城壁に沿って進むのを見て、びっくりして後を追った。
「どこに行くの? 門はこっちよ」
「ちょっと確認したいことがある」
騎士達はガブリエルの突飛な行動に慣れたもので、驚きもせずに後に続いて来る。
ガブリエルは城の裏まで回り込むと、城壁が崩れかけた塔によって途切れている所をじっと見ている。
もし私が閉じ込められたら、ここから救い出そうとでも思っているのかしら?
「もういい。行くぞ」
城の周りを一周した一行は、今度こそ城門に乗りつけた。
ガブリエルが大声で門番に名と用件を伝えると、そのうちの一人が大慌てで城主に知らせに走った。
同僚のように城主様に牢屋にぶち込まれるのは御免だった。
やがて、門の所に城主の息子が現れた。
武装した騎士達に守られているのは、確かに行方不明になった姉だった。
マルカリードが頷くと、門が大きく開かれる。
メルグウェンは緊張した面持ちで、スルスルと跳ね橋が下げられるのを見つめていた。
「このように姉上を迎えるのは2度目ですね」
マルカリードは眩しそうな顔をして、メルグウェンが馬から下りるのに手を貸した。
「城主殿。弟のマルカリードです」
メルグウェンが斜め後ろを振り返ってガブリエルに言った。
「マルカリード、この方がワルローズの城主の……」
メルグウェンの隣に立ち、兜を脱いだガブリエルが言葉を継いだ。
「ガブリエル・キリルだ。よろしく頼む」
マルカリードは背の高い男を見上げると、口をあんぐりと開け、それから慌てて頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします」
「ダネール殿の許に案内をして欲しい」
「はい。どうぞ、こちらへ」
馬の世話を下男に任せると、マルカリードは一行を主塔に案内した。
居間に着くと皆に席を進め、召使に飲み物を持ってくるよう言いつけた。
「どうぞ、おつくろぎください。父を呼んでまいります」
マルカリードが部屋を出て行き、メルグウェンは不安そうにガブリエルの方を見た。
「どうした? まるで水に落ちた猫のような顔をしているぞ」
むっとしたメルグウェンは、笑っているガブリエルを睨みつける。
人が不安で堪らないって言うのに。
何でこの男はこんなに平然としていられるのだろう?
でも、本当にそんな情けない顔をしていたのかしら?
つんと横を向いて、真っ直ぐに座り直すと、ガブリエルが噴出すのが聞こえた。
メルグウェンも我慢が出来なくなり、唇を綻ばせる。
その時、居間の扉が大きく開かれた。