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14-9

ポンディで巡礼者達と別れた一行は、南を目指して進んでいた。


秋の空は暗く重たく、日の光は厚い雲に遮られている。


昼頃になっても霧が晴れない日が続き、メルグウェンは気持ちが塞いでくるのを避けられなかった。


以前この道を通った時は、ルモンと歌ったり話したりして随分楽しかった。


今回ルモンは一緒ではない。


騎士のドグメールとセズニ、それからセズニの近習のテヴェが一緒だったが、彼らは前の方にガブリエルといる。


何やら設計中の新しい兵器の話をしているらしく、興奮した声が風に乗って後ろにいるメルグウェンの耳に届いた。


ガブリエルは時折メルグウェンの様子を見に来たが、周りに人がいるためメルグウェンは思ったように話せず、ガブリエルを退屈させているのではないかと不安になり、早く騎士達の傍に戻るように促すのだった。


メルグウェンは馬に揺られながら、ポンディで別れた巡礼女のことを考えていた。


マリアナというこの女は、年老いた父を自分の家に引き取ったが、父の体がまだ動くうちに長年の望みだったアローミュへの巡礼に連れて行ってやろうと、夫と息子に靴屋の店を任せ故郷を出てきたのであった。


老人は既にかなり体が衰弱しており、マリアナはまるで赤ん坊にするように甲斐甲斐しく世話をしていた。


気難しい病人に辛抱強く食事をさせたり着替えを手伝ったりしている姿は、見ている者に好感を与えた。


メルグウェンは自分の父親を思い浮かべた。


父上が年老いて病気になったら、私はマリアナのように世話をすることができるのだろうか?


世の娘が父親を想う様に、私は父上のことを好きではないのではないかしら?


私は悪い娘なのだろうか?


父上は家族よりも財産や領地を大事にする冷たい人だ。


メルグウェンは、自分の母親があのようなことになってしまったのは、その夫である父親が原因だと思っていた。


腹を痛めた子を亡くすことは、とても辛いことだろう。


私の子ではないけれど、パドリックが死ぬかと思った時はとてもとても辛かったから。


けれども、悲しみを分かち合える人がいたならば、母上も少しは救われたのではないかしら?


父上が母上を愛して支えてあげてさえいれば。




服の織り目に染み込むような霧雨に降られた日は、夕方宿屋に着くとほっとした。


暖炉の前に旅人達の濡れた服がぶら下がった広間は暗く湿っぽく、食べ物の匂いに旅人達の体臭が混じり合い、息苦しい程であったが、温かい料理と乾いた寝床にありつけるのは有難かった。


初めの数日は、中々寝室に行こうとしなかったメルグウェンだったが、そのうち一日の疲れで早く横になりたいとばかり思うようになり、食事が済むと早々とベッドに入るようになった。


起きている時は、暗闇の中でもメルグウェンの緊張感が伝わってくるようで、それがガブリエルには可笑しくも愛しく思えたのだったが、同時に自制する理由ともなっていた。


だが眠っているとなると話は別だ。


温まったベッドに横たわりながら、ガブリエルはぐっすりと眠っているメルグウェンの体を引き寄せた。


いつもはがちがちに硬くなっている体が、ふんわりと柔らかく腕の中に納まる。


ガブリエルはメルグウェンの頭に顎を乗せてそっと息を吐いた。


この胸の痛みはもう何か分かっている。


これはこいつに対する俺の気持ちだ。


あまりにも大きくなり過ぎて、俺の体の中に納まりきれなくなっているのだ。


「愛しいメルグウェン。おまえが好きで好きで、どうにかなっちまいそうだ……」


メルグウェンの耳元にそう囁くと、少しだけ楽になった気がした。


そっと髪を撫でる。


優しく額に接吻する。


それから頬に、鼻に、唇に……


メルグウェンが身動ぎすると、小さな声を漏らし、ガブリエルは手を止めた。


起こしちまったのか?


しかし、メルグウェンはガブリエルの胸に顔を摺り寄せると動かなくなった。


温かい息が裸の胸にかかる。


そんなことされたら我慢できなくなるだろうが。


ガブリエルはそっとメルグウェンの背中を撫でた。


肌着の上からでも感じる暖かく滑らかな肌。


直に触れたい。


丸い尻や柔らかい乳房を愛撫したい。


だが、そうしたら俺は自制できなくなるに違いない。


こいつが嫌がっても押さえつけて、無理やり犯してしまうだろう。


大切にしたいんだ。


こいつが自分から進んで俺のものになるまで待ちたい。


だから、この位は許せ。


ガブリエルはメルグウェンの体をぴったりと抱き寄せると、髪を掻き分け首筋に口付けを落とした。




旅は終わりに近づいていた。


数日前から一行は国道を離れ、山道を進んでいる。


問題なければ、明日の昼頃にはダネールの城に着くだろう。


家が近付くにつれ、メルグウェンは不安が増してくるのを感じていた。


どうか、お願いです。


父上が許してくれますように。


離れ離れになったりしませんように。


その夜、泊まった村でガブリエルは皆に話した。


「明日はいよいよ目的地に着く。俺はドグメール、テリオ、エオン、ギーらとメルグウェンを送って行く。残りの者はここで待機していて欲しい。上手く行った場合には、3日目に使いを寄こす。4日目になっても音沙汰なかったら、迎えに来てくれ」


「分かりました。上手く行くように祈っています」


セズニが答えた。




この季節の山は旅人も少なく、宿屋では十数人の客を殊の外喜んだ。


「このように歓迎されるのなら、この季節の旅も悪くない」


食べ物が溢れるばかりのテーブルを見てドグメールが笑った。


赤ら顔の宿屋の夫婦は額に汗をかきながら、皆が腹一杯になるまで台所と広間を小走りに行ったり来たりしていた。


ガブリエルはその合間に彼らに愛想よく話しかけ、この辺りの領地の話を聞き出した。


この村はオルカン城の領地にあった。


城主はまだ若く奥方と息子が二人いる。


上の息子は2年前から奥方の実家の城に預けられている。


オルカンと隣人ダネールとの間では長年土地争いが絶えなかった。


「今回のダネール様の跡継ぎのマルカリード様とオルカン様の妹姫とのご結婚で、ここら辺の者は皆胸を撫で下ろしております」


「戦が起こる可能性がなくなった訳だ」


「そうだと本当に良いのですが」


親父は不安そうに頭を振った。


「ここから3日程南に向かって進みますと、セリニャックの死火山に着くのですが、ここ数年、ネヴェンの城主がセリニャック付近の町を次々と攻撃しているのです。いつか我々の土地にも攻めて来るのではないかと、村の者達はびくびくしております」


「それは、ダネールの娘の許婚であった男か?」


「騎士様は外国の方とお見受けしましたのに、よくご存知で」


「ちょっと小耳に挟んだのさ。それはそうと、この辺りの地理に詳しい男を一人手配してもらいたいのだが」


「それでしたら、私どもの倅を使ってください。いつも山の中を駆け回っていて、宿屋の仕事はさっぱりな奴なんです」


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