14-8
騎士達と話しているガブリエルの声を聞きながら、メルグウェンはナイフを握り、皿の上のハムに八つ当たりをしていた。
こんな宿屋で、周りに大勢人もいる部屋でなんて、死んでも嫌だわ。
この男、いったいどういう神経をしているのだろう?
この男はどう思われてもいいのかも知れないけど、私はふしだらな女と思われたくない。
考えているうちに段々腹が立ってきた。
やっぱりアナを連れてくるのだったわ。
アナは絶対にそんなこと許さなかったに違いない。
でもこの男がアナにパドリックの世話を頼んだので、一緒に来れなかったのだ。
メルグウェンは唇を噛んだ。
自分の身は自分で守るしかない。
守ってもらうつもりでいたこの男から、自分の身を守らなければならなくなるとは。
切り刻まれてぼろきれのようになったハムを見て、メルグウェンは顔を上げガブリエルを睨みつけた。
無理やりしようとしたら、このハムの様にしてやるわ。
そして確かめるように腰に手をやった。
剣を持ってきて本当に良かったわ。
「騎士様はどちらまで?」
同じテーブルで食事をしていた中年の女がガブリエルに尋ねた。
踝までの服の上に袖なしのたっぷりとした上着を羽織り、裾が肩を覆うフードを被っている。
先程まで暖炉の傍に座っている父親と思われる老人の世話をしていて、やっと仲間達の傍に戻ってきた所だった。
仲間達も皆同じようないでたちだ。
「エルギエーンまでだ」
「途中までご一緒してもいいですかね? 私どもはアローミュの聖地に向かう者なんですが、宿屋の亭主に道中がかなり危険だと聞きまして。年寄りや病人もおりますし、ご一緒できれば何とも心強いのですが」
女と一緒に座っている男達も一斉に頷いた。
「そうしたいのは山々だが、おまえ達は徒歩だろう?」
「病人達の為に荷馬車が一台あります。明日の晩はどちらにお泊りで?」
「ポンディあたりで宿を借りようかと思っている」
「でしたら荷馬車だけでもご一緒させてもらって、歩きの者が追いつくまでポンディで待ちます」
「分かった。では俺達の後をついて来たらいいだろう」
「どうもありがとうございます」
明らかにホッとした顔をして巡礼女は丁寧に礼を言った。
「それでアローミュに行ったら病気が治るのか?」
「三つ岩の泉の水は、それはそれは効果があるそうです。寝たきりの病人が水を飲んだだけで踊りだしたと聞きました」
「そいつは凄いな。元気な者が飲んだらどうなってしまうのだろう? 余分な物が生えたりするのだろうか?」
「長生きするのではないでしょうか?」
女はガブリエルがからかっているのに気付かなかったようで、真面目に答えた。
明日は早いからと皆が寝床に引き上げてからも、ぐずぐずと広間に居残っていたメルグウェンだったが、最後の一人がテーブルを離れるのを見て仕方なく立ち上がった。
のろのろと階段を上がり、暗い寝室に入る。
あの男のベッドは一番奥だと分かっているけど、行きたくない。
「誰だいったい。さっさと灯りを消せよ!」
「シーッ!!!」
扉近くのベッドから罵られたメルグウェンはビクッとすると、手で炎を隠しながらガブリエルのベッドに近づいた。
あの親父あんなことを言っていたけど、他の客がいるじゃない!!
カーテン越しに窺っても何の物音もしない。
もう眠ってしまったのかしら?
そうだったらいいのだけど。
メルグウェンは片手でカーテンをそろそろと開けた。
蝋燭の明かりに照らされた大きな背中を見ると、メルグウェンはホッと息を吐いた。
灯りを吹き消すと、靴を脱いでベッドに這い上がった。
隅の方にやはり男に背を向けるようにして縮こまる。
皺になってしまうけど、服を着たまま寝ることにしよう。
そして剣はいつでも抜けるように持ってよう。
その時、ベッドが大きく軋み、隣の男が寝返りを打った。
メルグウェンは半分体を起こし、何かされたらベッドから飛び降りようと待ち構える。
だが男は動かない。
息を潜めていたメルグウェンは、聞こえてきた規則正しい寝息に体の力を抜いた。
絶対に眠れないと思っていたが、日中の疲れに次第に瞼が重くなってきた。
……………………
とても温かくて気持ちが良い。
メルグウェンは寝惚けた頭で思った。
ずっとこのまま……
何だろう、この壁は?
暖かくて、何だか懐かしい匂いがする。
でも壁ってもっと平らなんじゃ……
ハッとしたメルグウェンは飛び起きた。
「目が覚めたのか? 朝早くから随分と元気だな」
メルグウェンは目を丸くして、真っ赤になった。
何てこと!!
私はこの男の胸に縋り付いて眠っていたのだ!!!
自分のことを引っ叩いてやりたい気分。
あたふたとベッドから出ようとすると、その様子を笑いながら見ていたガブリエルが言った。
「何もしないから、話を聞けよ」
「……」
メルグウェンは靴を履こうと屈んでいた体を起こしたが、ガブリエルには背を向けたままだ。
「前回、おまえの父親はおまえがまだ処女だと知ったから、無理やり結婚させようとしたんだろ? 今度は王の手紙のおかげで、俺達のことを色々誤解している筈だ。だがおまえは俺が傍に寄っただけで、顔を真っ赤にして気絶しそうに見える」
「気絶なんかしません!!」
「あまりにもぎこちなくて、見ただけで俺達がまだそういう関係にないことがばれてしまうだろう。おまえの恥らう姿は俺には嬉しいが、今回はちょっと都合が悪いのだ」
「だからって……」
「まだ、おまえを抱く気はない。それは初夜の楽しみにとっておくつもりだ。しかし、見た目だけでも、もっと俺に慣れてもらわねば困る」
メルグウェンはガブリエルを見つめる。
「でも、どうして……」
「日中は馬の上だし、他の連中もいる。仲良くしている暇はない。けれども、2週間も寝床を共にすれば、いい加減慣れるだろ?」
メルグウェンは大きな溜息をついた。
「嫌だけど……。分かったわ」
ガブリエルは可笑しそうに笑うと、メルグウェンの髪に手を伸ばした。
「おまえが嫌なことはしない。俺に抱かれるのは、それ程嫌か? 昨夜は殺気立って見えたぞ」
「……今は、嫌……」
メルグウェンは大人しく頭を撫でられている。
「ここでは、嫌……」
ガブリエルは頷くと威勢よく起き上がった。
そして、まだベッドに座っているメルグウェンを振り返って言った。
「丁度いい。服を着るのを手伝ってくれ」