14-7
「父上がそんなことを?」
「ああ」
メルグウェンは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
私が生きているって知った時、父上が動揺したなんて本当なのかしら?
私のことを心配してくれていたの?
帰ったらどうなるのだろう?
駄目よ、帰ったら。
前回はとんでもないことになったじゃないの。
今度は逃げられないだろう。
だけど、父上はこの男との結婚を許すと言ったのよね?
約束を破ったりするのだろうか?
領地の為だったら、そうするのじゃないかしら?
まだ幼い弟を婚約させてしまったなんて。
マルカリードは可哀想だけど、父上の言いなりになるからいけないのだわ。
「……父上の希望通り、家に戻ると言ったら?」
「俺が送って行く」
メルグウェンは顔を上げてガブリエルを見る。
「でも、また城を留守にして平気なの?」
「収穫も終わったし、あいつらがちゃんと留守番してくれるだろ」
メルグウェンはホッとした顔をしたが、それからまた心配そうに言った。
「父上が約束を守らなかったら?」
「おまえを攫って逃げる」
「この前みたいに閉じ込められたら?」
「俺が救い出してやる。大丈夫だ。俺達はちゃんと予定通りに婚礼を挙げられるさ」
自信たっぷりにそう断言するガブリエルに、メルグウェンは微笑んだ。
「貴方にそう言われると、本当に大丈夫な気がするわ」
「父を信じたいのだろう? だったら家に戻れ。どんなことになろうとも、俺は絶対に諦めないから」
そう言ったガブリエルを見つめてメルグウェンは、嬉しそうに笑った。
「私も絶対諦めない」
そして、抱き寄せられた腕の中で思った。
不思議ね。
この男といると私は私でいられる。
でも私は自由なのに、同時に守られている気がするわ。
それは、とても心地好い。
ずっと、こうしていたいと思う。
数日後、準備を整えた一行は、エルギエーンに向けて旅立った。
許婚と3人の騎士、10人の兵に守られたメルグウェンは女の服装だ。
季節は秋も深まり、以前通ったことのある道でも、辺りの景色は別の世界のようだった。
木々は黄や茶色に染まり、落ち葉が地面を覆い尽くしている。
刈り入れの終わった後の畑は、寂しく寒そうだった。
少しでも太陽が見れる日は、運が良かった。
その日は比較的天気が良く、日暮れまでに予定以上の道のりを進むことができた。
夕方、宿屋に着いた一行は荷物を部屋に運んだ後、食事の為に下の広間に降りていた。
メルグウェンはベンチの端に座り、眉を顰め口を尖らしていた。
先程、寝室に案内してくれた宿屋の親父とガブリエルが話しているのを聞いてしまったのだ。
「寝床は奥様とご一緒でよろしいでしょうか?」
「ああ、そうしてくれ」
驚いて口も利けないまま部屋の入り口に立っているメルグウェンを見ると、ガブリエルはニヤリと笑って親父に言った。
「新婚なんだ。他の客に迷惑かけぬよう気を付けるつもりだが、多少のことは大目に見てくれ」
親父はガブリエルと真っ赤になっているメルグウェンを交互に見て、心得たという風に目配せをした。
「それは、それは、おめでとうございます。他のお客様方にはもうひとつの部屋を使ってもらいましょう。美人な奥様で騎士様は幸せ者ですな」
親父が部屋を出て行くと、メルグウェンはガブリエルに食って掛かった。
「何が新婚よ! 誰が奥様よ!! 直ぐに別のベッドを用意してもらうわ!!!」
そう叫んで、部屋を飛び出そうとしたメルグウェンの腕をガブリエルが掴んだ。
「おい、待てよ」
「放して!!! どうして後少し待ってくれないの? 放してよ!! こんな所では絶対嫌!!!」
逃れようとするメルグウェンを腕に閉じ込めるとガブリエルは言った。
「暴れるな。俺の話を聞けよ」
「嫌」
「メルグウェン、泣くな」
ゴホンと咳払いがして、ガブリエルは顔を上げた。
宿屋の女将が敷布を抱えて部屋の扉の隙間から覗いている。
「入ってもよろしいですか? ベッドのご用意を」
「ああ、頼む」
ガブリエルが腕を緩めると、メルグウェンは顔を背けたまま、部屋を飛び出して階段を駆け下りた。