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14-5

最近良く眠れないとメルグウェンは思った。


とても幸せなのに、何故不安になるのだろう?


父上の返事が気になるからかしら?


既に使者は父上の城に着いている頃よね?


あの男はああ言ってくれたけど、お荷物にはなりたくない。


収穫も済み、城では穏やかな日が続いていた。


ガブリエルは冬の来る前に堤防の補強工事を進めようと、昼間は港に出かけていることが多かったが、夕食に間に合うように城に戻って来る。


メルグウェンは婚礼の仕度に忙しかった。


アナの指図の下、麻糸を紡ぎ、糸を染め、刺繍を施した敷布や枕カバーを何枚も何枚も作る。


既に出来上がっていた物には、自分の頭文字の左側にGの文字を刺繍していく。


また上質な布で肌着を縫った。


肌着の裾にも頭文字を刺繍する。


メルグウェンは結び目を作ると小さな鋏で糸を切り、指先でそっと刺繍の上を撫でた。


まだ本人の前では名前で呼んだことないけど。


以前ガブリエルに言われたことがあった。


ガブリエルでも、ガブでもガビックでもいいから名前で呼んで欲しいと。


ガブなんて、呼べる訳ないじゃない!!!


メルグウェンは火照った頬に両手を当てた。


とても優しくなったけど……


それでもやっぱりあの男は、私をからかって遊んでいるような所があるわ。


急にガブリエルの唇の感触をまざまざと思い出したメルグウェンは、真っ赤になると勢い良く頭を振った。


そして立ち上がるとさっさと裁縫道具を片付け始めた。


さあ、まだ明るいうちにひとっ走りして来よう。


パドリックが暇だったら誘って、馬で裏の林まで行ってみよう。


あそこは障害物が多いからパドリックの乗馬の訓練にもなるわ。




狩に参加するためワルローズを訪れたメリアデックは、ガブリエルからメルグウェンとの結婚の話を聞き、衝撃を受けた。


何とか平静を装って祝いの言葉を述べることができたが、胸の中がチリチリと痛んだ。


メルグウェン姫がワルローズの城主を好きなのは、以前から知っていた。


だがガブリエル殿は姫のことを特別に想っているような素振りは見せなかったので、まだ可能性は皆無ではないと思っていたのだ。


ガブリエル殿が奥方を迎えれば、諦めて自分を振り向いてくれるのではないかとの期待が捨て切れなかった。


簡単に諦められない気持ちだということは、自分が一番良く分かっていた癖に……


好きな人の幸福を喜ばなければと思いながらも、心が苦々しい気持ちで満たされていくのを避けられなかった。


パドリックとふざけ合っているメルグウェンを眺めながら、メリアデックは歯を食い縛る。


こんなに美しい姫を見たことはない。


何と幸せそうなのだろうか。


それに、とメリアデックは拳を握り締めながら思った。


女らしくなった。


以前はまだ蕾だったのが、恋が叶って柔らかく綻び始めたのだ。


だが、匂い立つような美しい花は、後数ヶ月で俺の手の届かない所に行ってしまう。


愛する女性が他の男によって、娘から女に変わっていく様を指を銜えて眺めていなければならないのか。


もしかしたら、彼女をこんな風に幸せにするのは、自分だったかも知れないのだ。


もしガブリエル殿さえいなかったら。


だが、俺は誓ってしまったのだ。


あの男に命を助けられた時に。


……絶対ワルローズには刃向かわぬことを。




ガブリエルはそんなメリアデックの様子を遠くから見ながら、困ったもんだと溜息をついた。


メルグウェンとの婚約を隠すつもりはなかった。


はっきりとさせてしまった方が良いだろうと思ったのだ。


結婚の申し込みを断った後も、メリアデックがメルグウェンのことを諦め切れていないのを知っていた。


ガブリエルはこの真面目な若者に好意を持っていたし、できるならば末永く隣人として仲良くしていきたかった。


色恋が絡むと何事もややこしくなるとガブリエルは思い、それから自分がメリアデックの立場だったらどうしただろうと思うと堪らなくなり、ルモンと話しているメルグウェンに足早に近づいた。


そして、無言でメルグウェンの腕を掴むと、引き摺るようにして広間を出て階段を上がり、突き当たりの衣裳部屋となっている小部屋に連れ込んだ。


びっくりしてガブリエルのなすがままになっていたメルグウェンは、ガブリエルが扉を足で乱暴に閉めると憤慨して叫んだ。


「何をなさるのです!!」


しかし、黙ったまま自分を引き寄せようとするガブリエルに抵抗しながら、その目を見たメルグウェンは不安そうな顔になった。


「怒っているの? 私、何か怒られるようなことしたかしら?」


「俺のことが好きか?」


メルグウェンは目を丸くした。


ガブリエルが真剣な顔をして見つめているので、メルグウェンは顔を赤くして目を逸らした。


「ちゃんと答えてくれ。本当に俺でいいのか?」


ガブリエルらしくない言葉にメルグウェンは、びっくりしたように男の顔を見上げる。


からかっているようには見えない。


頬がカッと火照るのを感じたが、はっきりと答えた。


「貴方が好き……」


ガブリエルの嬉しそうな笑顔に胸が一杯になった。


手を伸ばし男の頬にそっと触れると、小声で尋ねた。


「どうしたの?」


「……俺が俺じゃなかったらと考えていたら、不安で堪らなくなった」横を向いて不貞腐れたように答えたガブリエルにメルグウェンは呆れた顔をしたが、こんな大きないい歳をした男がまるでパドリックのように思えて笑い出した。


「変な人」


引き寄せられるままに男の腕の中に納まると、逞しい胸に頬を摺り寄せる。


力強い心臓の鼓動はとても落ち着く。


……よかった。


不安なのは私だけじゃないのだわ。


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