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ガブリエルの連れて来た娘を見て、キリルはどうしたものかと思案していた。
子供の頃から突飛な思いつきで皆を驚かしてきたガビックだ。
そんなあいつが選んだのだから普通の女ではあるまいと思っていたが、想像以上に変わった娘だった。
息子が結婚してしまう前に自分の気持ちを伝えようと、わしの城に男装して乗り込んできて、台所で下働きをしていただと?
キリルに呼び出された料理長のテクルは、見習いのグウェネックが実は女でガブリエルの恋人だったと聞かされてびっくり仰天したのだった。
それに、乱暴者の見習いの連中を打ち負かして手懐けてしまったと言うではないか。
ジョスリンの話だと剣術の腕前は大したものらしいということだったが、本当なのだろうか?
彼女のはきはきした物言いや、真っ直ぐに人を見る眼差しには好感が持てた。
美しいというより可愛らしいという表現がぴったりと思える娘だ。
キリルは夕方、中庭を囲む廊下で見かけた光景を思い出し、溜息をついた。
石段に腰掛けたメルグウェンに、隣の壁に寄りかかったガブリエルが何か熱心に話しかけていたのだ。
二人は廊下を通るキリルに気付かなかった。
丁度その時、ガブリエルが言った一言にメルグウェンが明るい笑い声を立てた。
頬を染めて目を輝かせ、嬉しそうにガブリエルを見上げる様は愛らしく、微笑ましかった。
息子が屈み込み、可愛くて仕方がないという風にメルグウェンの顔に手を伸ばすのを見て、キリルは慌ててその場を立ち去ったのであった。
あいつも好きな女の前では、あんなに優しい顔をするのだな。
見ているこっちが照れ臭くなるわ。
若く美しい恋人達は、見ている者まで幸せにしてしまうほど幸福そうで、鬼でもない限りあの二人を引き裂くことなどできないだろう。
キリルは自分の奥方と知り合った頃を懐かしく思い出していた。
親の選んだ婚約者は、家柄が釣り合うだけではなく、美しく気立ての良い娘だったのだ。
初めての子を生まれて直ぐに亡くし、数年前に娘も死んでしまったが、自分達はとても幸福だったと言えるのではないか?
長男に申し分のない嫁を迎えて数年。
今度は城主となった次男に良い結婚をさせようと考えていたのだが、せっかくまとめてやったマギュスの娘との縁談をあいつは反故にしてしまった。
マギュスからは、ガブリエル殿は残念ながら娘を気に召さなかったようだ、そのうえワルローズ城には娘に危害を加えようとした者がいるが、ガブリエル殿はその者を野放しにしている、それ故この話はなかったことにして欲しいとの便りが来た。
キリルは息子を呼び付け何があったのかを問い詰めたのだが、その話は初めから受けるべきではなかった、ダレルカ姫には申し訳ないことをした、全て自分の責任ですと言ったきりで、それ以上何を聞いても答えようとしなかった。
あの娘が絡んでいるのではないか?
だがいくら惚れていても、あいつは女に操られるような男ではないだろう。
それにあの娘が、家柄や金目当てに男に取り入ろうとするとは、到底思えない。
キリルは自分がメルグウェンに好意を持ち始めていることを認めざるを得なかった。
面白い娘だ、あのメルグウェンという姫は。
エルギエーンのダネールと言ったな?
仕方がない。
許してやるとするか。
ジョスリンも言っていたように自分の力で城主になったガブリエルだ。
自分で選んだ女を娶らせてやってもよかろう。
だがその前にもう一度あの娘と話してみよう。
翌日、まだ部屋にいたメルグウェンの所に侍女がキリルが呼んでいると伝えに来た。
メルグウェンは急いでアナに手伝ってもらい身支度を済ませると、侍女について城主の部屋に向かった。
昨夜、食事の席で会った時は、挨拶をしただけで殆ど話さなかった。
だが、メルグウェンはガブリエルの父親が自分のことを鋭い目でじっと見ていたことに気付いていた。
何を言われるのだろう?
結婚に反対されるのだろうか?
家に帰れと言われるのかしら?
不安で胸が苦しい。
ある部屋の前に来ると、侍女はメルグウェンをそこに残して去って行った。
メルグウェンは大きく息を吸い込むと、ノックして部屋に入った。
そこは図書室だった。
だが周りを眺める余裕などなく、メルグウェンは窓際に立っているキリルの前に進んだ。
キリルは腰を屈めて挨拶をするメルグウェンに頷き、椅子を顎で示すと、自分もその向かいに腰を下ろした。
メルグウェンはその厳しい顔をちらと見て緊張した面持ちで座ると、膝の上で手を組み合わせる。
そしてキリルが話し出すのを待った。
暫く黙ってメルグウェンを見つめていたキリルが口を開いた。
「結婚について、貴方の考えを聞かせて貰いたい」
「……はい」
「政略結婚についてどう思っているのか?」
「父は領地を守るため、私を40歳以上も年上の男に嫁がせようとしました。人は私のことを親に背く悪い娘だと言うかも知れない。でも、どうしても嫌だったんです。貴族の娘にも幸せになる権利はあります。領地や財産を守るためだけに我が子を犠牲にする親には賛成できません」
話しているうちにメルグウェンは、無理やり結婚させられそうになった時、父親に対して感じた怒りが、胸の中にまた燃え上がるのを感じた。
父上は私を家畜のように閉じ込めて、ネヴェンテル様の許に連れて行こうとしたのだ。
「ふん。若い男だったら納得したのか?」
皮肉を含んだ口調でキリルが尋ねた。
「相手によります。父には私の意見も聞いて欲しかった」
「わしの息子とだったら幸せになれるのか?」
メルグウェンは、遠くを見つめる眼差しをすると微笑んだ。
「初めはご子息のことも大嫌いでした。何て無礼な腹の立つ人だろうと思っていたのです。でも一緒に暮らすようになって、人として、それから城主として知れば知るほど尊敬するようになって、惹かれていくのを止められなかった。彼に愛されるなんて、私は世界一幸せな女です」