2-3
バザーンの修道院は町の東にある丘の上にあった。
バザーンの修道院の歴史は、半世紀程前にバザーンの大祭司がトリンの男子修道院を対照とした女子修道院をバザーンに造ることを決め、自分の妹を修道院長にしたことから始まる。
当初から修道院としての役割の他に、裕福な家庭の子女に必要な教養と家事を教え込むことを目的とした寄宿学校も兼ねていた。
修道院に着いたダネールとメルグウェンは、若い修道女に面会室に案内される。
例え父親であっても修道院内は面会室以外、男性禁止となっていた。
さほど待たされることもなく修道院長が部屋に入ってきた。
背が高くがっしりした体つきの修道院長は、案内の修道女と同じ灰色の修道着を身に纏い、同じ色の布で髪を隠していた。
その眉間に皺の刻まれた厳しい顔を見てメルグウェンは自分の叔母を思い出した。
修道院長は立ち上がろうとするダネールとメルグウェンを視線で押しとどめ、木の机を挟んで自分も席に着いた。
挨拶の後、二人に修道院の規則と一日の時間割を説明する。
確かにこれでは余計なことを考えている暇などないだろう。
安心したダネールは、娘に別れを告げ、修道院長に挨拶をすると修道院を後にした。
修道院長と廊下に出たメルグウェンは、立ち去っていく父親の後姿を心細い気持ちで見つめていた。
修道院長に連れられてメルグウェンはほの暗い修道院内を歩いた。
厚い灰色の石壁に囲まれた修道院は厳格な建物だった。
柱の上部に施された彫刻以外の装飾は一切無い。
建物の中心にある中庭は、花も無く砂利が敷き詰められているだけであったが、真ん中にある噴水からはキラキラと陽の光を反射して水が流れ落ちていた。
中庭を囲むアーチの列から成る回路を通り、集会室、図書室、食堂と見て回る。
静かな空間、石の床に響く靴の音、重い木の扉が立てる軋んだ音、淀んだ空気に微かにロウソクの匂いが混じる数々の部屋、これらがこれから自分の生活の一部となるのだ。
現在、バザーンの修道院には、58人の修道女が暮らしている。
その内7人は修道女見習いである。
寄宿生はメルグウェンを入れて36人になるとのことだった。
修道女は灰色の修道着、寄宿生は薄茶色の修道着と決まっている。
まだ正式な修道女ではない見習いは白の修道着だった。
また修道女になるためには剪髪式があったが、寄宿生はある期間を過ぎると俗世に戻るため髪は切らない。
食べ物も修道女は肉は禁止されているが、寄宿生の食事には1日1品肉が付いた。
見学の途中で見かけた女達は好奇心に満ちた視線をメルグウェンに向けてはきたが、声をかけてくる者はおらず、すれ違う際に無言で頭を下げて挨拶をするだけである。
暗い螺旋階段を上ると長い廊下があり、その左右に続く部屋が修道女と寄宿生の寝室だった。
「ここが今日からあなたの部屋です」
と言って案内された一室は、両脇に小さなベッドが設えられた質素な造りであった。
そこでメルグウェンは部屋のもう一人の主に紹介された。
修道院では、余程身分のいい家庭の子女以外は、二人で一部屋が当たり前である。
「では着替えて、食事の時間になったら食堂に来てください」
修道院長はそう言うと二人を残して去った。