13-11
パドリックの髪を洗ってあげる時のように、メルグウェンは男の髪を丁寧に洗った。
男が何も話しかけてこないのは有難かった。
石鹸が目に入らぬよう、目を瞑っているだろうから見られる心配もない。
いくら真面目な顔をしようとしても、唇が綻んでしまう。
メルグウェンは俯いた男の髪に水差しで湯をかけながらそう思った。
そして、胸がドキドキして顔が熱い。
頭に手をやった男の動作に合わせて大きな肩甲骨が動くのを息を潜めて見つめていたメルグウェンは、聞こえないようにそっと息を吐いた。
好きな男の体に触れたいと思うことは、はしたない事だろうか?
日に焼けた項や逞しい肩を見ながら考える。
もし私がこのまま背中に抱きついたらどうなるのだろうか?
勿論そんな思い切ったこと、できる筈はないのだけど。
メルグウェンは急に可笑しくなった。
確かに会ったら自分の想いを伝えようと思っていたのだけど、まさか素っ裸の男に告白する訳にはいかないだろう。
メルグウェンは笑いを耐え、肩を震わしながら、水差しを掲げた。
風呂桶の中に胡坐を掻いたガブリエルは、これからすべきことを考えていた。
昼前に城に着くとすぐにキリルに会いに行き、王の許可証がもらえたことを伝え、ダネールへの手紙を書いてくれるように頼んだ。
キリルはその前にメルグウェンに会いたいと言ったので、ガブリエルは不満だったのだが、キリルはどうしても考えを変えようとしなかった。
ガブリエルは自分で迎えに行きたかったが、キリルにダネールへの手紙は署名は自分がするにしても内容はおまえが考えろと言われ仕方なく残ったのであった。
暫し休んだドグメールとマロはワルローズに向けて旅立った。
二人は、ワルローズに着いたら、直ちにメルグウェンをパバーン、セズニと共にキリルの城に向かわせるようガブリエルに言われていた。
このような場合、何て書いたらいいんだ?
王のように相手を誤解させるようなことを書いた方がいいのだろうか?
既に結婚してしまったと匂わすか?
それとも全て正直に説明するか?
だが娘を返してほしいなどと言われたらどうする?
ガブリエルは立てた膝に肘をつき頭を抱えた。
でもこれは全てあいつが俺と結婚することを承諾してくれなきゃ意味ないぞ。
ドグメールには、まだ本人には何も話すなと言ってある。
あいつのことだから、理由も分からないのに、行きたくないなどと言いかねないぞ。
奴らがワルローズに着くのに2日とすると、あいつがここに着くのは早くて5日後か。
そんなに長い間、俺は大人しくここで待っていられるのだろうか?
ガブリエルが急に立ち上がったため、メルグウェンは驚いて尻餅をついた。
そんなメルグウェンを振り返りガブリエルは言った。
「何やってんだ? さっさと体を拭く布を持って来い」
メルグウェンは慌てて立ち上がると衝立の後ろに駆け込んだ。
大きな麻の布を手に取り、その中に火照った顔を埋める。
どうしよう?
ここから出たくない。
逃げ出したい。
でも扉は風呂桶の向こうだ。
ぐずぐずしているとガブリエルが怒鳴った。
「おい、寝ぼけてんのか? 俺が取りに行かなきゃならないのかよ」
「はい、ただいま」
仕方なくメルグウェンは頭巾を目深に被り直すと、そろそろと衝立の陰から出た。