13-9
メルグウェンは、アナに約束した期限を守るためには、もうあまり時間が残っていないことに焦っていた。
今日中にあの男の部屋を調べなくてはならないわ。
どうしたらよいのだろう?
メルグウェンはガブリエルが部屋で一人の時に乗り込んでいって、自分の想いを告げるつもりでいた。
あの男は私がここにいるなんて知らないから、きっと驚くだろう。
不意をつかれれば本心を見せてくれるだろうと思ったのだ。
でも多分あの男は私のことを妹としか見ていないわ。
メルグウェンは期待をするつもりはなかった。
けれども、最近ガブリエルが熱の篭った瞳で自分を見つめているような気がしたのは、気のせいなのだろうか?
メルグウェンは青みがかった灰色の瞳を思い浮かべ、ため息をついた。
以前と比べると私のことからかうことも少なくなったし、優しく話しかけてくれるわ。
まるで大切な女性に対するように。
でも妹も大切な女性よね。
あの男は亡くなったスクラエラ姫をとても好きだったのだろうから。
夕食の片付けの途中で、台所を抜け出したメルグウェンは、主塔に入りそっと広間を覗いてみた。
扉の位置からは誰も見えなかった。
だが話し声がするから、人々は暖炉の傍にでもいるのだろう。
メルグウェンは松明を確認する家来の振りをして、ドキドキしながら広間に足を踏み入れた。
暖炉の前にはジョスリンとその父親と思われる男がいた。
また近くのベンチには数人の男が座って、酒を飲んでいるようだ。
だが、その男達の中にガブリエルの姿はなかった。
そのうちキリルとジョスリンが立ち上がり扉の方に歩いてくるのが見えたので、メルグウェンは慌てて立ち去ろうとしたが、ジョスリンの声が耳に入り思わず立ち止まった。
曲がっている松明を直す振りをしているメルグウェンの後ろを、二人の男は話しながら通り過ぎた。
「……これ以上長引くようだったら、ワルローズに知らせなければなりませんね」
「だが、あいつはいつ戻ってくるのか分からんじゃないか」
「直接ワルローズには戻らずに、ここに寄っていくとは思いますが」
メルグウェンは逃げ出した。
暗い中庭を横切り、台所に戻りながらメルグウェンは思った。
ではあの男はここにいないのだわ。
どこに行ったのだろう?
いつ帰ってくるのかしら?
帰ってくる時には結婚してしまっているのだろうか?
私がここにいる意味がなくなってしまったじゃないの。
急に力が抜けてしまったメルグウェンは、階段に座り込んだ。
どうしよう?
頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられない。
涙が出そうになり、両手で自分の頬をパンパンと叩いた。
泣いている場合じゃないわ。
どうするのか決めなくては。
少なくとも明後日の午後にはここを出ないと、アナとの約束を守れない。
メルグウェンはキュッと口元を引き締めると俯いた。
暫くして顔を上げたメルグウェンは決断していた。
仕方がない。
やっぱり、私とあの男は縁がないのだろう。
明日、ジョスリン様に会いに行こう。
全て話して、馬を一頭貸してもらおう。
呆れられてしまうわね。
とんでもないお転婆娘だと思われてしまうだろうけど、構やしないわ。
しかし、夜になって、ヤニックの隣に横になったメルグウェンは、中々眠れなかった。
胸がモヤモヤして苦しい。
多くを望んでいた訳ではないのに。
自分の気持ちが伝えられたら、それでいいと思っていたのに。
どうして待っていてくれなかったの?
運命の神様は意地悪だ。
結局、私はこの想いを吹っ切ることができないのではないか?
メルグウェンはパドリックに話したことを思い出した。
私の心はあの男がどこかに持っていってしまったわ。
どうやって取り返せばいいのか、もう分からない。
メルグウェンはガブリエルと一緒に行った、港や麦畑を想った。
パドリックが治ってから、私はとても幸せだった。
多分生まれてから今までで一番幸福だったのではないか?
あの時はもう二度と戻らないのだろうか?
きつく閉じた瞼から、藁の寝床の上に涙が一滴零れ落ちた。