13-8
首都から西部に向って喜び勇んで馬を飛ばす若者がいた。
やっと王の許可を得ることができたガブリエルである。
メルグウェンの父親宛の手紙も書いてもらえたのである。
馬上槍試合は怠け癖のついた腰抜け騎士ばかりで運がよかったぞ。
ガブリエルは優勝したら褒美も金も何もいらないから、婚姻許可をくれと王に願ったのだった。
王は、ワルローズの城主が何故このように執拗にダネールの娘との結婚を望んでいるのか、不思議に思った。
そして、ダネールの娘との間に過ちがあり、それを後悔し償うことを望んでいるのだとすれば、それは騎士として見上げた振る舞いだという結論に至ったのであった。
ガブリエルは王に誤解されようが、許可がもらえさえすれば構わなかった。
だが、もしあいつが知ったら顔を真っ赤にして怒るだろうと思い、馬に揺られながら笑った。
ガブリエルは、後ろに続いているドグメールとマロを振り返って叫んだ。
「おい、もっと飛ばすぞ。明日中に父上の城に着く」
「そんな無茶な!」
「絶対に無理ですよ。そんなこと」
ガブリエルは、キリルの城からメルグウェンの父親宛に手紙を出すつもりだった。
父上が手紙を書いてくれるならそれが一番だが、まだ怒っているようだったら、俺が書けばよい。
それからすぐにワルローズに戻ってあいつに結婚を申し込む。
ガブリエルの心は既にワルローズに向ってしまっているようだった。
メルグウェンは料理長にこっぴどく叱られた。
「見習いを二人も怪我させやがって、どういうつもりだ? 誰が奴らの仕事を代わりにするんだ?」
「僕は自分の身を自分で守っただけです。水汲みは無理だけど、ホエルの仕事は手伝いますよ」
テクルはメルグウェンを散々罵ったが、最後に言った。
「おまえは見かけによらず喧嘩に強いんだな。まあ、今回は俺が言ったこともあるし、勘弁してやろう。二度と料理人を怪我させるなよ」
「はい」
メルグウェンはテクルの側を離れる前に尋ねた。
「テクル殿、初めの日に怒られていた子供はどこの子なんですか?」
「ああ、ヤニックはこの城の召使だった女の子供だ。母親が死んで一人になったのを哀れに思い、台所で使ってやろうと思ったのだが、仕事中に居眠りはするわ、摘み食いはするわで散々だった」
「あの子、今はどこにいるのですか?」
「納屋に隠れているのを見かけたと厩の連中が言っていたが、本当かどうかは知らぬ」
メルグウェンは自分が帰るまでにその子を見つけて、台所に戻れるように計らってやろうと思った。
本当に怠け者なのかも知れないけれど。
あのどうしようもない見習いの連中に苛められていたのではないかしら?
釘を刺しておいた方がよさそうね。
翌日、メルグウェンは休み時間になると、ヤニックを探しに出かけた。
納屋から初め、子供の隠れそうな場所を見て歩く。
裏庭に出たメルグウェンはニッコリした。
子供の声が聞こえたのだ。
どうやら子供は茨の生い茂った低い石垣の後ろに隠れているようだった。
メルグウェンが音を立てないように近づき、そっと覗くと大きな男の子と小さな女の子がしゃがんでおしゃべりしている。
メルグウェンに気付いた男の子がパッと立ち上がり、逃げ出そうとしたので、メルグウェンは言った。
「ヤニック、逃げないで! 君に話があるんだ」
やはり立ち上がった女の子が走って行って、ヤニックの手を取ると、メルグウェンの方に連れてきた。
ヤニックは10歳位に見える明るい目をした細っぽちの子供だった。
自分の肩までしかない小さい女の子に大人しく手を取られている。
メルグウェンは彼らの前にしゃがみこんだ。
「僕は新しく入った台所の見習いで、グウェネックと言うんだ。ヤニック、台所の連中はもう絶対に君を苛めないと誓ったよ。だから一緒に戻ろう」
ヤニックはメルグウェンをじっと見た。
「こんな所に隠れてひもじい思いをしているより絶対いいから」
「……でもテクル様はいつも僕を叱るよ」
「真面目に働けば叱られないよ。どうしてまた摘み食いなどしたんだ?」
「してないよ! あいつらがそうテクル様に言いつけたんだよ!!」
ヤニックは悔しそうにポロポロ涙を零した。
隣に立っている女の子も泣き出しそうな顔をした。
「じゃあ、もうそんなことは二度とないよ。約束する。僕が一緒にテクル殿に話してあげるから」
メルグウェンはヤニックの手を取った。
ヤニックは鼻を啜ると、涙を袖で拭い、女の子の手を離した。
メルグウェンは女の子を見た。
金髪の巻き毛に青い目でとても可愛らしい子だ。
「名前はなんというの? 貴方がヤニックと遊んであげたの?」
女の子はニッと笑った。
「アエラがヤンに食べ物を持ってきてあげてたの」
ではこの子がパドリックの甘えん坊の妹なんだわ。
メルグウェンは微笑んだ。
「いい子だね」
その時、城の方からアエラ、アエラと呼ぶ声がして、女の子は二人に手を振ると駆け出した。