13-5
翌日まだ明るくなる前にメルグウェンは、モルガドとイアンに付き添われて城を発った。
アナ以外は彼らがどこに向ったのか知らない。
メルグウェンは、もう二度としないだろうと思っていた小姓の格好をしていた。
メルグウェンはある計画を立てていた。
上手くいく保証はない。
でも試してみなけりゃ何とも言えないわ。
メルグウェンは馬の上で頭を反らすと不敵な笑いを漏らした。
あの男に思っていることを全部言ってやるわ。
その後どうするかはまだ決めていなかった。
前回のように逃げ出すつもりはなかった。
先のこと考えてくよくよしたって仕方がない。
その時になったら考えればいいわ。
モルガドとイアンは、メルグウェンがキリルの城に向うのだと言っても何も言わなかった。
メルグウェンは、個人的なことで二人に迷惑をかけるので、申し訳なく思い謝ったが、二人は前回のように一人で城を抜け出して危険な目に遭われるよりはずっとましだと笑った。
久し振りに城を抜け出して旅するのは楽しかった。
天気にも恵まれ旅は順調に進み、3日目の午後、3人はキリルの城に着いた。
メルグウェンは、モルガドとイアンとは町に入る前に別れるつもりだった。
「ここからは一人で行くわ」
「もし姫に何かあったら、ガブリエル様に俺達が殺されちまいます。無事に城に入られるまでお側にいますよ」
城下町に足を踏み入れたメルグウェンの第一印象は、清潔な町だということだった。
大聖堂のある広場を中心に放射状に広がる道は石畳で舗装され、その両脇には行儀良く、しかし高さや色はばらばらのハーフティンバーの建物が並んでいた。
心なしか、擦れ違う人々の身なりも他の町と比べて上等に見える。
多くの商人や旅人が訪れる町なのだろう、旅人の格好をした3人を気に留める者はいない。
石畳に蹄の音を轟かし町を通り抜けた一行は、城壁に沿って進み、とうとう城に到着した。
メルグウェンは城の壮大さに驚き気後れがした。
だが、ここで怖気づいてしまってはどうしようもない。
メルグウェンは馬を降り、二人に頷いて見せると、城門に向って歩いていった。
門番に用事を聞かれたメルグウェンは澄まして答えた。
「キリル様のご子息に仕事に困ったら城に来るが良いと言われて来ました」
門番は煤で汚したメルグウェンの顔をじろじろ見たが、怪しい者ではないと思ったらしい。
跳ね橋を下ろしてくれた。
メルグウェンはドキドキしながら門を潜った。
さて、これからどうしよう?
メルグウェンは知っている顔にあったら困るし、怪しまれてもいけないので、さっさと台所と思われる方に歩いて行った。
中庭を横切り石の建物の入口に向ったメルグウェンは、飛び出してきた子供にぶつかりそうになった。
驚いたメルグウェンが脇に避けると、子供の後から真っ赤な顔をした髭面の太った親父が走ってきて子供の首根っこを捕まえたと思うといきなり殴りつけた。
「この泥棒猫め! 性悪のがきめ! 消えて失せろ!! 俺の台所に二度とその汚い面を見せるんじゃない!!!」
メルグウェンに止める暇も与えずに子供は走り去った。
赤い上着に白い前掛けをした男は怒りが治まらないようで、子供が消えた方を見ながら、ブツブツ文句をたれていた。
「不憫な子だと聞いて雇ってやったらとんでもない怠け者だ。おまけに摘み食いをしやがって。テクル様の台所を何だと思っていやがる。あの馬鹿者が……」
男は肩を竦めると台所の方に向き直ったが、その時入口の横にいるメルグウェンに気がついた。
「何の用だ?」
「ケランドアレ村のグウェネックと言います。ここで雇ってください」
男は片手で顎鬚を扱きながら、頭を下げたメルグウェンの頭の天辺から爪先までジロジロと眺め回した。
メルグウェンは不安になった。
ここ数年でギドゴアール地方の方言は大分話せるようになったが、訛りがあるのかも知れない。
それとも私の格好が何かおかしいのだろうか?
胸にはきっちりと布を巻いたから、女には見えないと思うのだけど。
「歳は?」
「16歳です」
「16と言えばもう一人前の男だ。おまえは随分痩せっぽちだな」
「真面目に働きます! 絶対に摘み食いなんかしません!!」
「ああ、さっきの聞いていたのか? まあ、あのガキもいなくなったことだし、人手は必要だしな」
メルグウェンは考え込んだ男を心配そうに見つめた。
男は大きく頷くと、メルグウェンの肩をドンとばかり叩いたので、メルグウェンはもう少しでひっくり返りそうになった。
「いいだろう。俺は料理長のテクルだ。おまえはグウェネックとか言ったな? ちっとでもさぼったらあのガキのように追い出すからな」
「ありがとうございます。一生懸命働きます」
「お手並み拝見といこうじゃないか。では、さっさと仕事にかかれ」
さて、とメルグウェンは考えた。
これで無事に城に入り込めた。
そして当分食べる物や、寝る場所には困らなそうだ。