プロローグ
その習慣は、雪篭りの夕べと呼ばれていた。
山に囲まれたエルギエーン地方では、冬は雪が多く夜が長い。
日が暮れると村長の家に村の者が集まり、大きな暖炉の前で女達は麻糸を紡ぎ、男達は藁で縄を綯い、農具を修理する。
昼間から煮込んでいたルーンを飲み、老婆は昔話を語り、女達は歌う。
子供達は、床に膝小僧を抱えて座り、物語に目を輝かせ、鳥の骨でオスレゲームをする。
そして、そのうちにベンチに敷いてある毛皮に寝そべり眠ってしまう。
それは、村の祭りと同様に若い男女にとっては、相手を見つける機会でもあった。
「エジェーン婆、お話をして」
村の北側にある森に住んでいるエジェーン婆の歳を誰も知らない。
百歳を超えているのではないかと噂では言われている。
ラディミール村では薬草に詳しい老婆を敬いこそするが、恐れてはいない。
エジェーン婆は昔話を語るのが上手かった。
過去に何度も聞いているにも拘らず、皆婆に話をせがんだ。
「何の話をしようかね」
「メルグウェン姫と騎士ガブリエルのお話をして」
エジェーン婆はしわがれた声で語り始める。
「遥か昔、ジュディカエル王が我が国を治めていた頃、エルギエーンの山奥に古い城があった。
城主はエルグ族の貴族ダネール。
ダネールには5人の子供があったが、ある年この地方に流行った悪い病で幼い子等は相次いで亡くなり、上の二人だけが生き延びた。
我が子の死に耐えられず、奥方は気が狂ってしまったという…」