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404号室 禁忌歌~Not found ~  作者: 葉月美緒
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第7話 途切れた未来


「クワトロフォルマッジ、カルボナーラ 入りまーす!」

「はい!」


 キッチンに響く声。ホールの賑わい。

 今日も店は忙しい。


 パスに並べられた料理が、次々と運ばれていく。


  樹は手を動かしながらも、意識はどこか遠くにあった。まな板の上に並んだ新鮮な野菜がなぜか現実から欠けて見えた。


  ふと手が止まった。


  脳裏浮かぶのはあの夜――カラオケでの笑い声と、不気味な空気が漂ったあの瞬間……。


  むーさんの『ランダ・ランダ』にはみんな爆笑だったし、祥吾は何故か歌になるとボソボソと小声になって「お前、歌になるとなんでそんな小声になるんだよ!」


 翔琉がツッコミを入れる……そんな楽しい時間の裏で起きた、得体の知れない“何か”に、記憶がたどり着いた。


「翔琉やむーさんが見たって言ってた人影……あれは一体?……」


 そもそも事の始まりは、瞳が試してみた404号室で歌うと呪われると言う『都市伝説』


 ルーム内の不自然に鳴った電話。


 暗闇での人影らしき何か。でもそれを見たのは翔琉とむーさんだけで、俺と瞳、祥吾には見えていない。


 祥吾がなにか言いたそうだったのも気になるし……あの時確かに周囲の空気が冷たくなったように思う。


 ふう、と一息つき樹は包丁を持つ手に力を込めた。


「単なる思い過ごしならいいんだけど」


 あの夜の出来事を払拭するように、樹はひたすら野菜を刻んでいたが、まな板を叩く包丁の音が、あの時の「不自然な電話音」に重なって聞こえた気がした。


 * * *


  お昼のピークを乗り切り、ようやく訪れた休憩時間。樹はエプロンの紐をゆるめながらスマホを取り出した。溜まっていた通知を無意識に確認していると、ある名前が目に飛び込んできた。


 ――祥吾。


 ついさっき届いたメッセージだった。


『今日、ちょっと話せるか?』

『直接会って話したい』


「……なんだ、急に?」


  普段の祥吾なら「会って話したい」なんて大げさな言い方はしない。


  この間の出来事の事か?

  再び蘇るあの日の事……。


  考えながらスクロールすると、もうひとつ新しいメッセージが追加されていた。


『夜、店まで行くから』


  それを見た瞬間、樹はため息をつきながらスマホを閉じた。


  祥吾の口ぶりからして、何か重要な話があるのは間違いない。気のせいかもしれないが、ほんの少しだけ、胸の奥に嫌な予感がよぎった……。


 ――そして夜。店に再び静けさが戻った頃。


 厨房は、昼間の喧騒とは打って変わって静かだった。


 片付けを終え、スタッフたちが次々と帰っていく中、樹はスマホを手にしたまま、カウンターの隅で時計を見つめていた。


「やけに……遅いな」


 祥吾はお店に来ると言っていた。それなのにまだ姿を見せない。


『今日、ちょっと話せるか?』

『直接会って話したい』


  昼間のメッセージを見返し、胸の奥がざわつく。祥吾は抜けてる所があるが、約束を破るようなやつじゃない。それなのに、連絡すらないのはおかしい。


「……どうしたんだよ、祥吾」


 嫌な予感がじわじわと胸を締め付ける。もう一度スマホを確認するが、新しい通知はない。


「まさか、何かあったんじゃ――?」


 樹は思わず立ち上がった。


 このまま待っていても仕方がない。とにかく祥吾に連絡を――。


 その時、不意に――ギィィ……と背後の扉が軋む音を立てた。


「……!」


 誰か来たのかと思って振り返る。

 しかし、そこには……誰もいない。

 厨房の蛍光灯が、わずかに唸りながら揺れている。

 店の中には、自分ひとりだけ。


 ――時計の針の音だけが、妙に大きく耳に残る。


 嫌な予感が一気に膨らんでいく。樹はスマホを操作し、祥吾に電話をかけた。


 ――プルルルル……プルルルル……。


 呼び出し音が虚しく響く。何度かコールした後、留守番電話に切り替わった。


「……出ない」


 悪い予感が確信へと変わり始めた瞬間だった。


 ――着信音が鳴る。


「祥吾?!」


  すぐにスマホを確認すると、画面に映っていたのは翔琉の名前。


「もしもし、翔琉? 祥吾、そっちに――」


 一瞬の沈黙。


『樹……! 祥吾が、事故にあったって……!』


  翔琉の声は、ひどく震えていた。

  樹の心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。


「……え?」


 言葉の意味がすぐには理解できなかった。ただ、翔琉の息が荒いのがわかる。


『救急車で運ばれたけど……まだ、意識が戻らなくて……!』


 胸が締め付けられるような感覚。スマホを握る指に力がこもる。


「……どこだ。今、どこにいる?」


 樹は震える声で尋ねながら、もうすでに厨房を飛び出していた。


 病院の白い廊下は、妙に静かだった。

 天井に付いた灯も薄暗く感じる。


 状況が掴めないまま走ってきたせいで息が上がっているのに、周囲の空気がやけに冷たく感じる。 樹は震える手でスマホを握りしめたまま、ひたすら廊下を歩くが気ばかり焦ってうまく歩けない。


「祥吾、頼む、頑張ってくれ……」


 自分の足音が響きすぎて耳に痛い。急ぐほどに、周りの静寂が不気味に重く感じる。


普段なら気にしないだろう冷房の風も、今はまるで目に見えない手が触れているように感じる。


やがて、手術室の前に到着するとそこには翔琉とむーさんの姿があった。


見知った姿を見て樹は一瞬ホッとしたが、二人の顔には、言葉にならない不安と緊張が漂っていた。その表情を見てさっきの安堵はすぐに掻き消えた。


「……樹くん」


 いまにも泣きそうなむーさんが、やっとの思いで言葉を発する。


 樹は急いで二人に駆け寄り「どうだ?」と尋ねるが、翔琉はゆっくりと首を横に振り、むーさんもいつになく神妙な表情で、たたずんでいる。


「さっき運ばれて……まだ」


 言いながら翔琉は『手術中』と点灯している表札を見つめている。


 ――手術中という事は、まだ可能性があるって事だよな。


「頼む! 助かってくれ」


 樹はわずかな希望を胸に、椅子に座り込む。廊下に響き渡る時計の針の音が、彼らの鼓動の音の様に聞こえた。


 ……どれほどの時間が流れたのか。


 ふと、聞き覚えのある声が耳に届いた。


「祥吾……どうなったぁ?」


 その声に樹、翔琉、むーさん三人が一斉に顔を向ける。


「瞳!」

「お前!どこ行ってたんだよ」

「遅かったね……」


 三人の表情には不安が色濃く滲んでいた。そんな彼らをよそに、瞳はどこかぼんやりとした笑みを浮かべている。


 ――おかしい。


 慌てる様子もなく、いつもと変わらない態度。


 いや、むしろ『変わらなすぎる』


 この場の空気を理解していないのか?


 それとも――理解した上で、その態度なのか?


 樹は、背筋をじわりと這い上がる不快な感覚を覚えて、瞳の表情をジっと観察した。


 彼はいつも通り笑みを浮かべている。この状況でだ。そしてそれがまるで仮面のように思えた。


「どこ行ってたの?」


 むーさんが問いかけると、瞳は首を傾げ、軽く肩をすくめる。


「これでも、急いで来たんだよぉ」


 相変わらず、まったりと話す瞳の態度に、翔琉が眉をひそめて食ってかかる。


「お前さ、状況わかってる?祥吾が大変なんだぞ!」


「わかってるよ。でもさぁ、僕らにはどうにも出来ないだろぉ?」


 瞳はそう言って、手術室の方に視線を向けた。


 その目には、悲しみも焦りもない。ただ、淡々と状況を見極めようとしているように見えた。


 ――本当に、祥吾のことを心配しているのか?


 そんな瞳を見て、樹の胸に得体の知れない不安が広がる。


 すると、不意に『手術中』の明かりが消え、扉が開いた。


 手術着の医師が姿を現し、険しい表情を浮かべている。


「……お身内の方は?」


 その言葉に、全員が息をのんだ。


「先生、祥吾は……?」


 樹が身を乗り出す。


 しかし、医師は一瞬、言葉を詰まらせるように口を引き首を横に振った。


「……全力を尽くしましたが……残念です」


 その一言で、時間が止まったように感じた。

 むーさんが顔を覆い、翔琉は肩を落とす。

 樹はただ、呆然と立ち尽くしていた。


 そして――瞳は。


 彼だけが、ほとんど表情を変えずに、医師の言葉を受け止めていた。


「そっか……亡くなっちゃったんだぁ」


 静かに、呟くように言う。


 涙の一つも見せず、ただ事実を確認するように……。


 樹はその様子を見て、確信した。


 ――何かがおかしい。


 あまりにも他人事すぎるように思える。いつも一緒に遊んでいた友達がこの世を去った。


 その割には瞳の態度は明らかに冷静すぎる。


 祥吾の死、瞳の態度……。


 心の整理がつかないまま、重たい沈黙が広がる病院の廊下に樹はその身を置いていた。


 少し前に到着した祥吾の両親の嗚咽が病室から聞こえてくる中、むーさんは顔を伏せ、翔琉は拳を握り締めたまま動かない。


 樹はまだ信じられず、祥吾がもういないという現実を受け入れきれずにいた。


 そんな中、瞳だけが静かに口を開いた。


「なぁ……これってもしかして」


 ゆっくりと、まるで言葉を選ぶように。


「……呪い、なんじゃないかぁ?」


 その一言に、全員が彼に視線を送った。


「……は?」


 翔琉が眉をひそめる。


「だって、……変なこと、立て続けに起こったよなぁ?」


「お前、何言って――」


「この間、カラオケで試した『あの都市伝説』のこと」


 瞳は静かに続ける。


「恋人に裏切られて自殺した女の呪い。僕らぁ試しちゃったじゃない」


 彼の声は妙に落ち着いていて、それがかえって不気味だった。


「まさか……そんな話、馬鹿げてる」


 翔琉が否定しようとするが、瞳はその言葉を遮るように言った。


「でも、もし本当だったらぁ?」


 誰かが息をのむ音がした。


「もしもぉ、祥吾が……呪われてたとしたら?」


 彼はゆっくりと樹を見る。


 その目には――奇妙な光が宿っていた。


「そう言えば……」


 樹は握りしめていたスマホを操作して、祥吾から送られてきたあのメッセージを確認する。


「祥吾さ、なにか話したい事があったみたいなんだ」


 メッセージ画面をみんなに見せた。


『今日、ちょっと話せるか?』

『直接会って話したい』


 そのメッセージが送られたのは、事故の数時間前だった。


「……あいつは何を話そうとしてたんだ?」


 翔琉がぽつりと呟く。


 むーさんも顔を上げ、画面を覗き込んだ。


「こ、これって、呪いのこと……なのかな?」


「きっとそうだよぉ」


 瞳が、確信めいた声で言った。


「だってさぁ、もし祥吾に呪いの矛先が向いたとしたらぁ?……それで殺されたって考えられない?」


 その言葉に、翔琉が険しい表情になる。


「おい、いい加減にしろよ。呪いなんてあるわけ――」


「でも、事実としてぇ……祥吾は死んだよ?」


 瞳は静かに言う。


 そして、じっと樹を見つめた。


「……もしかしたらぁ、祥吾は『呪いの正体』を知ってしまったのかもしれない」


 その言葉が、廊下に重く響く。


 樹の胸の奥で、何かがざわついた。


 もし、本当に祥吾が何かを知っていたのなら……。


 彼は、それを話す前に殺された?


 ――呪いで?


 それとも――別の何かによって?


 瞳の目が、ふと細められる。まるで、樹の思考を読んでいるかのように瞳がボソッと言う。


「別の何かぁ?」

「え?」


 自分の思考を読まれたような気がして、樹は小さく息をのんだ。


 瞳はじっと樹を見つめたまま、静かに続ける。


「なぁ、樹……キミも思ってるでしょ?」


「……何をだよ」


「祥吾の死は、ただの事故なんかじゃないって」


 その言葉に、翔琉とむーさんが息をのむ。


「何か証拠でもあるのか?」


翔琉が険しい表情で問いかける。


「証拠なんて……いらないよぉ」


瞳はさらりと言った。


「だってぇ、呪いってそういうものじゃない?」


 彼の声は落ち着いていた。


 怖がっている様子もなく、むしろ「納得した」というような響きを持っていた。


「……言っただろぉ? これは『恋人に裏切られて自殺した女の呪い』」


「でも、それと祥吾がどう関係あるんだよ?」


 翔琉が苛立ちを滲ませる。


「わからない。でもぉ、もしかしたら……祥吾は、誰かにとって『やってしまった者』だったのかもしれない」


 瞳はそう言いながら、ふと、暗い窓の外を見つめた。


「呪いが本物なら、次は誰が死ぬんだろうね」


 ――その瞬間、背筋が凍るような寒気が走った。


 静まり返った廊下の壁に映るなんでもない影が、まるで人影のように見える。


「……ねぇ、やめなよ」


 むーさんが震えた声で言う。


「俺は信じねぇからな、そんなもん」


 翔琉も言い放つ。


 だが、樹は気づいてしまった。


 ――瞳の目が、確かに「楽しんでいる」ように見えたことに。


 * * *


 病院を出てから、重い空気のまま誰も多くを語らない。それぞれが自分の考えに沈み込み、無言のまま別れた――。


 樹は自室のドアを閉めると、大きく息を吐いた。


 疲れがどっと押し寄せる。


 ドカッとベッドに横たわり、スマホを手に取る。そこには祥吾からの最後のメッセージが、画面に残っていた。


『今日、ちょっと話せるか?』


 何度も見返したメッセージ。一体祥吾の話はなんだったんだ?


「祥吾。お前に何があったんだ……」


 独り言のように呟いた瞬間、頭の中にあのカラオケルームでの出来事が浮かび上がる。


 ――あの時、電話の声を聞いたのは翔琉とむーさんだった。影を見たのも翔琉とむーさん。


 なのに、呪いで死んだのは祥吾?


 そもそも呪いなんてモノが、あるわけない……


 ――でも万が一


 樹はスマホを握りしめる手に力を込めた。


 呪いが本物なら、最初に死ぬのは……影や声を聞いた二人のはずじゃないのか?


「順番が違う……」


 無意識に呟いた言葉に、自分でハッとする。


 瞳は『祥吾は呪われた』と言った。


 まるでそれが確定した事実であるかのように。


 でも、それはおかしい。


「……瞳、なんで祥吾が呪われたって言い切れたんだ?」


 胸の奥がざわつく。


 祥吾の死は、本当に呪いによるものなのか?


 それとも――。


 部屋の中は静まり返っていた。


 グルグルと色々な事が頭の中を駆け巡る。そしてそのうち樹は睡魔に飲み込まれていった。

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