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404号室 禁忌歌~Not found ~  作者: 葉月美緒
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第3話  音 痴

「ラ、ラ、ランダランダァ~。ランダランダランダァ、ランダアァァァァ~……」


 これだけで場が爆笑に包まる。

 歌詞らしきものはどこにもない。ただひたすら「ランダ」の連呼。意味不明なのになぜかクセになる。


「相変わらずだなぁ。何回歌ってもこのレベル」


「さすがむーさんだよな」


 雄叫びに近い声で、ひたすら『ランダ』を繰り返すその状況に、樹と翔琉は苦笑し、さっきまで暗い影を落としたように見えた瞳もお腹を抱えて笑っている。


 ……よかった。瞳も楽しそうだ。

 少し気になっていた樹も、そんな彼の姿を見て笑みがこぼれる。


「はぁ~やっぱり……うまく歌えないなあ」


 オンステージを歌い終わったむーさんがマイクを置く。


「いいんだよ。これがむーさんの持ち味なんだから」


 翔琉が笑いながらそう声をかけると、むーさんは「そ、そうかぁ?」と言いながら少しうれしそうに口元を緩ませる。


「そうだよ。このほうが楽しいって!」


 頷きながら樹も微笑む。


 いつもと変わらないこの時間。仲のいい仲間との楽しい時間に樹たちは心が和んだ。


「何時までの予約なんだ?」


 ルームに入って、かなりの曲数を歌ったところで、樹が時計を見ながら瞳に声をかける。


「一応フリータイムにしておいたよぉ。祥吾もそのほうがいっぱい歌えるだろぉ?」


「おお!サンキュー瞳。俺、あれこれ歌うわ」


 タブレットに視線を落としたまま、抑揚のない声でそう返す瞳に対し、祥吾はなにも気にしていない様子で、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。


そんな無邪気な反応に瞳の唇が一瞬だけわずかに動いた。呟いたのか、笑ったのか……。


 樹には、それを読み取ることができなかった。


 絶叫マシンばりのハイテンションで歌い続ける祥吾のワンマンライブが、しばらく続いていた。


「それにしても……さっきから祥吾くんばっかり歌ってない?」


 マイクを離さない祥吾に向って、むーさんが声をかける。


「お? じゃあむーさん一緒に歌おうぜ!」


 まだまだ歌い足りないといった感じの祥吾が、むーさんに別のマイクを渡す。


「オレ……は、もう疲れた」


 ソファの背もたれに身体を預けて首を横に振りながらむーさんは答えると、チラっと樹を見た。


「ねぇ……樹くんは……歌わないの?」


「おいおい、むーさん。それマジで言ってるぅ?」


 むーさんの言葉に驚いたように瞳が目を見開いていて、そんな二人の様子を見ながら、翔琉と祥吾が顔を見合わせてニヤリと笑った。


「……毎回思うけどさ」


 翔琉が静かに語りだす。どこか冷静に状況を整理し始める理屈屋の顔だ。


「樹は……見た目は悪くない。いや、むしろビジュアルだけならアイドル枠だ。高身長で整った顔立ち、料理もできる。女子ウケ要素、揃ってるんだよ」


 分析口調で淡々と述べる翔琉に、祥吾がすかさず補足を入れる。


「そうそう! 俺なんか女子好きだけど全然モテねぇのにさ、コイツは無意識にフラグ立てるタイプ!」


  そんな言葉に、樹は思わずため息をついて首を振る。


「……もう、わかってるって……」


 観念したようにぽつりとつぶやく樹を囲んで、仲間たちの“ダメ押し”が始まる。


「だがしかし」


 翔琉が淡々と続ける。


「すべてを打ち消す、致命的な欠点がある」

「方向音痴とぉ――」

「歌が、めちゃくちゃ下手!」

「……音痴だよね」

「ていうか壊滅的! マイクが泣いてるレベル!」


 瞳、翔琉、むーさん、そして最後のトドメを祥吾がマイク越しに響かせる。


「やめてくれ……マジでダメージでかいんだけど」


 頭を抱える樹。すでに精神的ライフゲージはゼロに近い。

 そんな中、いつもの調子で瞳がのんびりとした口調で呟く。


「……でもさぁ、思うんだけど」


 みんなの視線が自然と彼に向く。


「音痴って、逆に才能だよなぁ?」


「瞳それ、フォローになってない」


 翔琉が即座にツッコみ、部屋の中に笑い声が弾けた。


「それならさぁ」


 相変わらずのんびりした口調で瞳が言う。


「……樹。歌の練習したほうが……よくない?」


 うんうん――と、みんなもなぜか真面目にうなずき始める。


「来ても歌わないし。ってか初めてカラオケ来た時、一回だけ歌ってたじゃん? あれが最初で最後」


 首をかしげながら翔琉が言い、それに合わせて全員が記憶をたぐる。


「あの時の歌……ひどかったし」


 むーさんが遠慮なく言うと、樹はたまらず声を上げた。


「いや、俺だってわかってるよ!? 自分が下手なのは!」


 思わず身を乗り出して反論する樹。


「でもさ、みんなと会えるのが楽しくて来てるんだよ。歌とか別にどうでも――」


「はい、入ったぁ~」


 突然、タブレットの電子音が響いた。


「……え?」


 戸惑う樹の目の前で、瞳が静かに曲番号を入力していたかと思うと、突然タブレットの電子音が響いた。


「さ、立ってぇ。練習、練習」


 悪びれもなくマイクを差し出す瞳。


「うわ……マジかよ……」


 苦笑いしながら立ち上がる樹を見て、むーさんがそっと声をかけた。


「……樹くん、大丈夫。オレ最初の音だけ一緒に歌ってあげるから」


「えっ、ほんと? ありが――」


「……でもその後は、ごめん。オレ、耳がもたない」


「そこまで言う!?」


 樹の悲鳴交じりのツッコミに、みんなが吹き出す。

 歌声はともかく、こうやって冗談を交わしながら笑い合える時間が、心地よかった。


 ほんのひとときでも、学生時代に戻ったような、そんな気がしていた。


 背後のディスプレイには、背景の海辺が波打つように流れ、控えめなメロディが静かに始まった。


 マイクを持つ手がぎこちなく震える。歌うのなんて何年ぶりだろう。


 音程に自信なんてないし、最初の一音から不安しかなかった。けれど、みんなの笑い声が、少しだけ勇気をくれた。


「……え? これ俺、知らないんだけど……」


 イントロが流れ出した瞬間、樹は戸惑った声を漏らした。


 瞳が勝手に入れていたから、タイトルも聞き覚えがない。


 とはいえ、もう後には引けない。マイクは手の中にあるし、みんなの視線がこっちを向いている。


「まぁ……なんとかなるか」


 諦めたようにつぶやきながら、一応、画面の歌詞を頼りに声を出してみる。


 むーさんが言った通り、最初のフレーズだけ一緒に声を重ねてくれる。それだけで、なんとか音に乗ることができた。


 でも、すぐに彼の声が引き、樹ひとりの歌声だけが部屋に響く。


 正直、自分でもヒドいとは思っていた。

 テンポも音程もあやふやで、歌詞の意味すら追いつかない。


 途中、歌詞の一行先を読んでしまって声が裏返ったり、思わず笑いそうになったりしながらも、なんとか歌い切った。


 やがてモニターに無慈悲な数字が表示される。


 《得点:42点》


「やっぱり……だから採点システム嫌いなんだよ……」


 項垂れる樹に、またしても笑いが弾けた。


「ってかマジで最低点じゃん……」


「……オレより低い」


 むーさんが関心したように呟く。


「これは逆に記録更新ってことでいいんじゃないか?」


 笑い疲れたように、それぞれが飲み物に手を伸ばしながら、少しだけ沈黙が落ちる。


 その沈黙は、心地よい余韻を含んでいた。

 ただ笑って、ふざけて、無防備になれる時間。


 大人になってから、こんな風に肩の力を抜いて人と過ごすことが、どれほど難しいことだったか思い知らされた。


 けれど、今は――それが少しだけ叶っている。

 樹は、みんなと笑い合う時間を心から楽しんでいた。


 その空気の中、瞳だけが静かにタブレットを見つめていた。


「……じゃあ、僕が一曲」


 ぽつりと、いつになく小さな声。


 誰も答えないまま、瞳は淡々と曲番号を入力する。

 淡々としたその声に、みんなの視線が集まる中、カラオケ機器の操作音だけが静かに鳴る。


 普段ならすぐに茶々を入れる祥吾も、翔琉も、今は何も言わない。


 どこか瞳の表情に、言葉を挟ませない雰囲気があった。


 いたずらっぽい笑みもなければ、照れ隠しの冗談もない。


 ただ画面を見つめ、番号を選び、ゆっくりと確認ボタンを押す姿は、まるで何かを決意した人のように見えた。


 その時、再びタブレットの電子音が響く。

 そして、次の曲のイントロが――静かに流れ始める。


 画面に表示されたタイトルを見た瞬間、なぜか、樹の背筋に微かな寒気が走った。

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