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404号室 禁忌歌~Not found ~  作者: 葉月美緒


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第12話 絶望の序幕

「……なんか久しぶりに甘いもん食べた気がするなぁ」

 苺の乗ったケーキを前に、瞳がぽつりと呟いた。

 

 隣で同じようにフォークを動かしながら、樹は笑う。


「甘いの、好きだもんな」

「まぁ……たまにはねぇ」

「よかった。誘っても断られなかったからホッとしたよ」


 樹からの誘いで、瞳はお店にやってきた。

 

「ケーキごちそうしてくれるって言うからさぁ」


 ケーキを見ながら瞳は満足そうにニコニコしている。

 軽口を交えながらも、樹の視線は、瞳の仕草を1つ1つ観察している。

 

 いつものお店。

 ランチ後のカフェタイム。店内は相変わらず楽し気な声に包まれていた。


 そんな中、1つのテーブルを挟んで、樹と瞳は向かい合って座っている。

 

 (苺のケーキで場を和らげようと思ったけど、やっぱ緊張するな)

 

 ドキドキしながらも、樹は意を決して瞳に尋ねた。


「実はさ、ちょっと聞きたいことがあって。……この前、事故現場でバッタリ会ったよね?」


 樹はなるべく柔らかい中にも緊張感を伴った言葉を選ぶ。

 

「その時にさ、これ……拾ったんだけど」


 言いながら、ポケットから黒いイヤホンを取り出しテーブルに置く。それをチラっと見た瞳のフォークの動きが、ほんの一瞬止まった。

 

 そんな様子を見ながら、樹は笑顔で続ける。


「これと同じようなやつ。瞳、持ってなかったっけ?」


「……うーん、ないなぁ。こんな真っ黒な地味なやつ、使わないよぉ」


 わずかに視線を逸らす瞳。だが表情はあくまで自然を装っている。

 

「僕のはぁ、ほら。これだもん」


 言って、バッグの中から白いイヤホンを出し、樹に見せた。

 

「そっか。……じゃあ俺の勘違いかな。交番に届けるのも変かなと思って。でもさ、なんか妙に気になって」


「ふーん……なんでそんなに気になるの?」


 逆に問い返され、樹は少しだけ視線を落とした。


「いや……あの事故の日、交差点で会話をしてる二人を見たって証言があったんだ。その目撃された人の特徴がさ……ちょっと、似てるっていうか」

 

 瞳は苺をつつきながら、目を細めた。


「……疑ってるのぉ?」

 

(……ここで詰めたって、きっと何も答えてくれない。むしろ、もう二度と話してくれなくなるかもしれない……)

 

「いや、ただ……気になっただけ。ごめん、変なこと言った」


「ハハ。ケーキ奢ってくれるっていうから来たけどぉ、なんか取り調べみたいだなぁ」


 笑う瞳の声は柔らかいが、その奥に、何かが隠されているように思えた。

 

(でも、ここで詰め寄るのは違う。まだ、タイミングじゃない)

 

「いやいや、カフェのケーキは“甘い尋問”ってことで」


「うわぁ、寒っ」


 二人はそこで笑い合った。けれど、樹の中で何かが静かに動き出していた。


 * * *


 翔琉はひとり『カラオケ・ルンルン』の受付で機械的に手続きを済ませた。


 番号は、404号室。

 

「よし……来たぞ」


 不安と覚悟を抱えながら扉を開け、部屋に入る。

 

 そこは至って普通のカラオケルームだった。壁にはポスター、机の上にはメニュー、マイクが二本。あの日、五人でカラオケに来た時と変わっていない。変わったのは、祥吾がこの世にもういない……という事。

 

 祥吾が逝ってしまってから一ヶ月ほどの時間が流れていた。

 あの時は、こんな事になるなんて誰も想像していなかった。みんなで歌って笑った楽しかった時間は、一人欠けるだけでこんなにも違う。

 

 楽しい時間を過ごすはずの場所――なのに、今は空気が妙に重く感じられる。

 翔琉は、部屋の電気を少し暗くし、ひとつ息を吐いた。


 スマホを取り出し、以前話を聞いた桐山のノートの写メを確認する。不確実の項目に記されていた一行……。


『歌い切らなければ助かる?』


 現状は不確実だ。でももし可能性があるとしたら、再度あの曲を歌って途中で辞めれば、呪いは解けるんじゃ……。

 それを確かめる為、翔琉はここへやってきた。

 

「そうだ!この写メを樹とむーさんにも送っておこう」


 言いながらスマホを操作する。送信中。……送信エラー。

 何度試しても、結果は同じだった。

 

「電波あるのに……」


 おかしい……。と思いつつ仕方なくスマホをテーブルに置くと、カラオケのタブレットを手に取る。

 

 検索画面に『ひと恋めぐり』と入力するが、曲名が出てこない。

 

「あれ?……」


 何度も検索をかけるが、その歌のタイトルは出てこない。焦りが込み上げてくる。

『404号室』『満月の夜』『都市伝説』とキーワードを変えても、どれもヒットしない。


「どういうことだ……?」

 

 そう呟いたとき、ふと脳裏にさっき見た月がよぎる。

 曇っていた。――満月じゃ、なかった。

 

「もしかして……今夜は条件が違うから……?」


 満月じゃなければ、あの曲は現れないって事なのか……。

 

 翔琉は一歩都市伝説に近づいた気がして、すかさずスマホのメモ機能に書き加える。

 そう思った瞬間、部屋の空気が変わった。

 冷房のせいではない。温度ではなく“気配”が、ひやりと翔琉の背を撫でた。


「……誰か、いる?」


 ポツリと呟く。返事はない。それもそうだ。自分“しか”ここには来ていないのだから。

 

 だがその代わりに、モニターの画面が突然チラついた。

 ザーッ……というノイズ音と共に画面が乱れ、しばらくして黒く沈んだ。


「壊れた……?」


 立ち上がろうとした瞬間、モニターに映る自分の姿がふと目に入った。

 

 いや、違う。

 影が、翔琉の動きにほんのわずかだけ遅れてついてくる。

 そのズレが、逆に不気味だった。

 

 まるで、自分とは別の意思で動いているかのように——。

 

「な、なにこれ……?」

 

(冷静に考えろ……科学的に、これは……)

 

 その思考は、再びモニターに映った“影”によって、完全に吹き飛んだ。

 

(だめだ……これはもう……理屈じゃ説明できない)

 

 翔琉の呼吸が乱れ始める。後ろに誰もいないことを確認しながら、再び振り向いた瞬間。


「……っ!」

 

 黒い塊が、すぐ目の前に”いた”。

 モヤモヤと立ち上る煤のような煙が、ゆっくりと、しかし確実に形を変えていく。


 まるで悪意そのものが具現化していくかのように——。

 

 身体に、手に、髪に……。そして人の“顔”を作った。

 真っ黒に塗り潰された顔の中央に、異様なほど血走った2つの目。

 

「うわあぁぁぁ~!」


 叫び声と共に後ずさる翔琉は、背後の壁に激突する。

 息が詰まる。冷や汗が背を伝う。

 

 そんな翔琉の様子を見て、“ソレ”は耳まで裂けた口角をゆっくりと吊り上げた。

 影が、じわりじわりと迫ってくる。

 

「これが……影……」


 息が浅くなる。視界が歪む。心臓が破裂しそうな音を立てる。 


 (む、無理だ。こんなの怖すぎて影を重ねるどころじゃない!)

 

 ――逃げなきゃ……でも、身体が動かない——!

 

「だけど、このまま逃げたら、なにもわからないまま終わる……」


(……いや、それでも――死にたくない!)

 

 “ソレ”の目が、翔琉の瞳を真っ直ぐに見据えた。

 視線が絡んだ瞬間、頭の奥で何かが弾ける。視界がチカチカと明滅し、耳の奥で声がこだまする。

 

『ヤァ……ッ……ト……ォ…… ア エ タ?』

 

 疑問符がつくようなその機械のような声。しかも“ソレ”はかすかに首をかしげているようにも見える。

 

 幻聴だとわかっていても、震えが止まらない。

 影が床を這うように近づき、翔琉の足先に触れた瞬間、ビリッとした痺れが脊髄を駆け上がる。

 

「や、やめろ……俺はお前の——っ」


 言い終わる前に、“ソレ”の腕のようなものが伸びた。

 黒煙が渦を巻きながら翔琉の喉元へ絡みつき、締め上げる。

 

 息が、吸えない。

 目の前が暗くなる。思考が遠のいていく——。

 その時だった。

 

 ――プルルルル。

 

  翔琉のスマホが、甲高く着信音を響かせた。

 “ソレ”はピタリと動きを止める。まるで、その音を聞いたかのように。

 

 翔琉は咳き込みながらその場に崩れ落ちると、スマホの表示をちらりと見る。

 画面には《むーさん》の名前が浮かんでいた。


 (はっ。むーさんだ……!)

 

 翔琉はスマホを掴もうとしたが、黒煙が再びもぞりと動いたのを見て手を引っ込めた。

 代わりに、床に散らばったカバンを掴んで部屋の扉へ駆け出す。

 スマホは床でまだ鳴り続けている。


 《むーさん》の名前が、何度も点滅を繰り返していた。


 * * *


 404号室を飛び出した翔琉は、震える手で自転車の鍵を探し、ほとんど無我夢中でペダルをこいだ。冷たい夜風が顔を叩き、まだ心臓は激しく脈打っている。

 

「……なんだったんだ。あれが……呪いの正体?……」

 

  一瞬、背筋が凍る。

  呪いの都市伝説。満月の夜、404号室であの歌を歌うと、“呪い殺される”。

  そのとき、空に動きがあった。

 

 重たく覆っていた雲が、ゆっくりと流れ、ふと空を見上げた瞬間、雲の切れ間から満月が音もなく顔を覗かせる。

 その冴えた光は、美しさよりも先に、冷たく鋭く、まるで“始まり”を告げるかのように。

 

「満月が……。あっ!そういう事か」


 もしかするとさっきあの曲がなかったのは、月が隠れていたからか――。


(……今なら、出るかもしれない。あの曲……!)

 

『歌い切らなければ助かる』

 

  翔琉は自然と自転車のハンドルをきる。

「恐怖」と「使命感」と「真実を暴きたい衝動」が、彼を突き動かす。

  もう一度、カラオケ店へ向かおうとしたその時。


  ――後ろから、声がした。

 

「……チガウ……」


  振り返っても、誰もいない。

 

  けれど、街灯の下、アスファルトに映る“自分の影”の横に――もう一つの影があった。

  長い髪。首を傾げたような歪んだ輪郭。自分の動きとは違うリズムで、その影だけが微かに揺れていた。

 

「……っ、なんで……」


  ペダルを漕ぎ出そうとした足が動かない。心臓が嫌な音を立てて鳴っている。

  ──気づいたときには、背後から何かが走るような気配が迫っていた。

 

  ガシャアアン!

 

  突然、横道の金属ゴミ置き場が激しく倒れ、翔琉はやっと動いた足で絶叫しながら自転車を漕ぎ出す。

  影は追ってくる。呼吸に合わせて、すぐ真後ろに。

 

「やめろっ、やめろおおおお!」


  走っても、振り払っても、月明かりがある限り影はついてくる。

  その時翔琉の目に廃ビルが映りこんだ。

 

 (そうだ!建物に入れば明かりは入ってこない)

 

  全力で走り続けた翔琉は、満月の光が届かない細い路地に足を踏み入れる。

  そこにはかつて雑居ビルだったと思われる朽ちかけた廃ビルが、口を開けるように佇んでいた。

 

「ここなら……月の光も……ない……」


  息を切らしながら自転車を放り出し、入口のガラス戸を力任せに押し開ける。中は薄暗く、空気がよどんでいた。

 

  足元にガラス片が散らばる音を立てながら、階段を駆け上る。

  踊り場の割れた窓から、冷たい月明かりが差し込んでいた。

 

「……光……っ!」


  翔琉は瞬間、身を引くように壁際へと飛び退いた。

  光の筋に触れないよう、壁伝いに体を滑らせながら、一段一段を慎重に駆け上がる。

 

 その動きはまるで、光が“何か”を呼び寄せることを知っているかのようだった。

 月明かりを避けるたび、目の端に黒い“何か”がちらつく。

 追われている。それだけは確信していた。

 だが、振り返ることはできない。見たら終わる気がした。

 

「ハァハァ……っ」


 息を切らしながら、薄暗い廊下を抜け、一番奥の部屋へと身を滑り込ませる。

 ただ、どこかの割れた窓から漏れた月の光が、床に細く一本走っている。翔琉はその光を跨いで、壁際に身を押し付けた。

 

 漏れた光の中から、影が浮き出してくる。


「ヤバいっ。このままじゃ……」


 翔琉は辺りを見回した。と、窓際に落ちているダンボールや木片を割れた窓の隙間に乱暴に塞いでいくと、真っ暗な部屋が翔琉の心を落ち着ける。

 

「……よかった……ここなら……今のうちむーさんに……」


 そこまで思って気付く。スマホを置いてきてしまった事に……。

 

「はぁ、やっちまったな。仕方ない。朝になるのを待とう」


  翔琉は壁に背を預け、震える手で自分の胸を抑える。

  影は“光”がなければ存在できない。ならば、ここにいれば……。

 

  その時。

 

  ――パチ……パチ……チッ……。

 

  不意に、天井の蛍光灯が一瞬だけ点滅した。

  翔琉は息を止める。


「……電気が……」

 

 ――ここで蛍光灯が付いてしまったら影が出来てしまう。

 

  (頼む!付かないでくれ!)

 

  祈るような気持ちで、点滅を続ける蛍光灯を直視する。

 

 ──パチ……チッチッチ……。

 

  蛍光灯は壊れかけたように、不規則に明滅を繰り返し、そのたびに翔琉の足元に、“自分ではない”あの影がちらちらと浮かんだ。

 

「く、来るな!やめろっ」

 

  ――そして、次の瞬間、蛍光灯がバチン!と音を立てて一斉に点灯したのを合図のように、 真っ黒な影が翔琉の目の前に漂い始める。


 人の形をしているようで、していない。

 天井まで伸びる異様に長い髪の毛の様な束が、地面にまで落ちている。

 

 (動けない……!)

 

 体が凍りつく。声が出ない。

 その中で、“ソレ”の声が響いた。

 

「チガウ……チガウ……」

 

  同じ言葉を繰り返しながら“ソレ”は髪を自由に操り、蛇のように翔琉の首にスルリと巻き付いた。

 

 ――シュルシュルシュル……。

 

 次の瞬間、首が強く締め上げられ……翔琉の体が宙に浮く。

 もがく両手。足が宙を蹴る。

 目が見開かれ、涙と涎が垂れる。

 

「……ぅ……あ……ッ!」


  視界が狭まり、光が遠ざかる。

  目に涙をため、血管が浮き出た首元を押さえながら、翔琉は最後の言葉を絞り出した。

 

「……や、やめろ。俺は……お前の……」


 それを遮るように影の中から見えた真っ赤な口がゆっくりと、しかし怒りにも似た感情をむき出しにする。

 

「……チガウ……チガウ!」

 

 機械のようなあの声。それが廃ビルに反射し響き渡る。そのまま“ソレ”は最後の仕上げに取り掛かる。

 

「……っ……!」

 

  キリキリと締め付けられる首からは、もう酸素は入ってこない。

  浮かび上がった翔琉の身体が、天井の蛍光灯の真下で、影の中に沈んでいく。

 ――そして、音もなく、彼の体は弛緩した。

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― 新着の感想 ―
翔琉の安否が心配で、次の話を読むのがちょっと怖いです。 瞳は怪しいですね。 瞳との会話で樹が何を思ったのか、続きが楽しみです!
影の演出や満月の使い方がとても効果的で、物語の世界に引き込まれます。翔琉くんの勇気と、迫る絶望の対比がとても印象的でした。続きがとても気になります……!
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