第9話 都市伝説の扉
「……これか」
翔琉はスマホの画面を睨みながら、小さく息を吐いた。
彼が開いていたのは、オカルト系のブログ記事だった。『禁忌の歌と404号室の謎』と題されたその記事には、いくつかの体験談が載せられている。
『満月の夜、404号室である歌をうたうと霊が現れる。姿を見たら死ぬ』
――ありきたりな都市伝説のようだが、気になるのはその報告件数だ。 掲示板やSNSでも、似たような話が散見され決して一過性の噂ではない。
ただし、どの情報も不確かで断片的だ。
「証拠として成立しない曖昧な話ばかりじゃ、真実にたどり着くのは難しい」
ブロガーのページをスクロールし連絡先を探した。記載されているアドレスにメッセージを打つ。
『404号室の都市伝説について、詳しく話を聞かせて頂きたいのですが……』
送信ボタンを押し、次に動画配信サービスで検索をかける。
――404号室 呪い。数件の動画がヒットする。心霊系の動画配信者達が肝試しと称して、カラオケ店の404号室を訪れる動画だ。
「この都市伝説、結構有名なのか」
動画を見ながら、ふとなぜ瞳はこの都市伝説を試そうと思ったのか?と疑問が頭をよぎった。まさかあの瞳が配信なんかするわけないし……。
瞳の意図がわからないまま、翔琉は流れている動画に再び目線を落とす。
「……こいつら、本当に行ってるのか?」
軽いノリで廃墟や心霊スポットに突撃する動画は珍しくないが、問題は彼らの反応だった。どの動画も途中で音声トラブルやノイズが多発し、配信が中断されるものがほとんとだった。そして、コメント欄には——。
『この動画の後、配信者が行方不明になったらしい』
『配信者、これ以降動画を更新してないんだけど……』
そんな不穏な書き込みがちらほらと混ざっていた。
「単なる噂話にしては不自然すぎる……だが、原因を特定できない限りは信じられない」
翔琉は動画の一つに目を凝らす。最終更新が『404号室で検証してみた』のまま止まっている配信者のチャンネルだ。偶然の一致か、それとも何か裏があるのか。
「マジかよ……」
——偶然なのか、それとも。
背筋に一瞬冷たいなにかが走った気がした。
「やっぱり、一人で調べるのは無謀だったか……むーさんを巻き込めばよかった」
一人で調査し始めた事を後悔した翔琉は、むーさんに連絡を取ろうとした。その時、一通のメールが届く。差出人はさっき連絡を取ったブロガーからだ。
『ご連絡、ありがとうございます。早速ですが――』
こうして翔琉は調査の第一歩を踏み出した。
* * *
――自宅で話をしよう。
そうブロガーから電話を貰った翌日、翔琉は指定された住所へ向かっていた。
はやる気持ちとは裏腹に、彼の足取りは重く中々たどり着くことが出来ない。
「はぁ、やっぱり一人だと心細いなぁ……」
独り言のように呟いた後、心の中で自分に問いかける。
(危険な情報が事実だったらどうする? 冷静に判断できるか……。いや、それでも確認しないと何も始まらない)
緊張と不安、恐怖が入り混じった身体を少しずつ進めていく。駅から少し離れた住宅街の一角に、そのアパートはあった。
少し古びたそのアパートの外階段を上がっていくと、一室の扉の前で立ち止まる。
「ここだよな……」
部屋ナンバーと表札を確認すると、翔琉は意を決し震える指でチャイムを押した。
――ピーンポーン。
チャイムを押してしばらくすると、部屋のドアが開いた。
ドアチェーン越しの向こう側から、そっとこちらを覗く2つの眼。
思わず肩がすくんだ。……けど、ここで引き下がるわけにはいかない。
一瞬ひるんだ翔琉だが、思い直したように話しかける。
「す、すみません。先日ご連絡した……」
ガチャ!
途中まで話したところで、完全に扉が開く。
「はい、どうぞ~」
さっきまでの警戒した目つきが嘘のように、桐山はにこやかに微笑んでいた。——その落差に、少し戸惑う。
第一印象とは違って、見た目は若く明るい雰囲気の主。オカルト系ブログ『kiri怪異録』の管理人・桐山だった。
黒縁メガネにラフなパーカー姿の桐山は30代前半くらいだろうか、思っていたより普通の雰囲気だった。
「どうも、翔琉君だっけ? ようこそ、いらっしゃい」
室内は驚くほど整っていた。本棚には民俗学や心霊関連の書籍がずらりと並び、壁にはいくつか心霊スポットで撮られたという写真が額装されて飾られている。けれど、どこか落ち着いた空気が流れていた。
「……すごい!資料の山ですね」
「まぁね、よく“研究室かよ”って言われるけど、冷静に見ないとマジで飲まれるからさ」
まぁ、座りなよ――桐山は柔らかい言い方で翔琉を促す。
ソファに腰を下ろし、コーヒーを差し出しながら桐山は言った。
「で、404号室の都市伝説のこと聞きたいんだっけ?」
「はい。まずこの都市伝説について再確認したいんですが」
そうだね。と納得した桐山は自分がいままで得た情報だろうか?用意されたノートをおもむろに開くと、とあるページで手を止める。
「これだ……ね」
そう言ってそのページを翔琉の前に出した。
そこには次のように書かれている……。
――都市伝説 404号室。出現条件と呪いの要素。
① 満月の夜、404号室。
② ある歌を歌うと呪いが発動。
③ 最後までしっかり歌う事。
④ 過去にとある女性が歌いながら彼を想って自殺。
⑤ 声を聴いた者、影を見た者が呪いの対象。
「ここまでが共通項目なんだ。そしてこっちが不確かな情報なんだけど」
そう言うと、桐山はさらに次のページをめくる。そこには『不確実』の文字に大きく丸が付けてある。
――不確実。
・歌っている最中に「誰か」がドアの外に立っている気配がするが、決して開けてはいけな い?
・歌い切らなければ助かる?
・歌を録音・配信しようとすると必ず機材が壊れる?データが消える?ノイズが混じる?
・影を見たら影を重ねる?(←意味不明すぎ。要調査)
・呪われた人はしばらくしてから“自分と同じ姿の影”を見るようになる?
・女性は彼氏を探している?彼氏として振る舞う?(感情移入系の呪い?)
ノートに書かれている情報を食い入るように見つめる翔琉の姿を見て、桐山はただ事ではないと察した。
「君の周りで、なにか起こってるんだね?」
その問いにコクリと頷くと、翔琉は瞳が都市伝説を試した事によって起こっている様々な出来事を、桐山にかいつまんで説明した。
ふんふん。とメモを取りながら頷く桐山だったが、彼が興味を持ったのは祥吾が事故死している点だった。
「君は、その友達の死も都市伝説に関係していると思ってるの?」
「いや、それはまだなんとも……」
首を横に振りながらゆっくり答える。
「ただ……」
翔琉はすがるような思いで話を続ける。
「俺も別の友達も、声を聞いてしまって。そのあと影も見えたり……この都市伝説って本当に呪いとかあるんですか?」
翔琉の問いに、桐山は一瞬だけ眉をひそめ、すぐに真面目な口調に変わった。
「実は……何年か前に、うちの配信にリスナーからメールが届いたんだ。『歌ってはいけない曲を歌ってしまった』って。その人、満月の夜にカラオケである曲を歌ったら、女の影を見たらしい……」
「女の影……」
翔琉はあの時見た黒い人影のような物を記憶から呼び覚ます。
「その影が、呪いの形って事ですか?」
そうなるだろうね――桐山は頷く。
「ただね……そのリスナーの話だと、その影と自分の影を重ねる事によって、彼女は『もう独りじゃない』みたいな事を言って消えるらしい」
「え?……消える、って……」
言葉がうまく出てこない。翔琉は脳内で情報を整理しようとするが、思考が渦を巻いてまとまらない。
待て待て!いますごく重要な事聞いたんじゃないか?それはこの呪いを回避出来るかもしれないって事?
翔琉は言葉を失ったまま、その意味を考え続けた。
――影を重ねる。“彼女は独りじゃない”と感じて消えた。
それは、まるで誰かを探して彷徨って来た霊が、寂しさの象徴のように思えて——。
「それってこの不確実の中にある『影を重ねる』って項目なんですよね?……それが、呪いを解くカギ、かもしれないってことですか?」
――確信に迫ってきているんじゃ……。
もしこれが本当なら、呪われているかもしれない俺とむーさんは助かるかもしれない……。
翔琉は希望が見えた気がした。
「むーさんや樹にも教えなきゃ」
翔琉は桐山の了解を得てノートに書かれている情報を、スマホのカメラで撮影する。
そんな翔琉に桐山は少し考えながら、思考を話した。
桐山はカップを手に取り、冷めかけたコーヒーを口に含むと、少し黙った。
そのまま、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「……結局さ、この都市伝説って、女の怨念で呪い殺されるっていう“ホラーのお約束”をなぞってるように見えるんだよね。実際の出来事かどうかもわからない。それを信じるか信じないかは、君次第――」
桐山は持っていたノートを静かに閉じ、少し冷めたコーヒーをゆっくりと飲みほした。
「ありがとうございました……」
翔琉はそうお礼を言うとアパートのドアを閉めた。
アパートの階段を降りたところで振り返る。
「なんかちょっと変わった人だったな……」
桐山という男は、見た目思っていたよりもずっと普通だった。でも、その“普通さ”の奥に、都市伝説という闇をのぞき込んだ者だけが持つ、微妙な影を感じた。
ふと、スマホを取り出して時間を見る。夜の10時を過ぎたところ。風がひやりと頬を撫で、空を見上げると薄く雲がかかっていた。月の輪郭がぼんやりとして、やや満ちた姿を浮かべている。
『404号室、満月、最後まで歌う――』
桐山の言葉が脳裏に残る。
まるでパズルのピースのように、徐々に形をなしていく“呪い”の輪郭。けれど、それはまだぼやけた影でしかない。
その時だった。
――プルルルル。
突然、スマホが震えた。ディスプレイには『非通知』の表示。
「……こんな時間に誰だよ」
眉をひそめながらも、翔琉はスライドして応答する。
「……はい」
次の瞬間、耳に届いたのは、妙に湿ったくぐもった機械のような声。
『……ヤット……アエタァ……』
翔琉の体が硬直し、その場に立ち尽くす。
心臓がひとつ跳ねて、思わずスマホを落としそうになる。
空気が急に重たくなり、耳鳴りのようなざわつきが頭を包む。
「……だ、誰だ?」
だが返事はなかった。
音も、声も、何も返ってこないまま――通信は、ぷつりと切れた。
翔琉はスマホを耳から離し、画面を確認する。
そこにはあるはずの着信履歴がない……。
「……なんだよ、今の……」
足元がわずかにふらついた。
ただの悪戯か? いや、そんな単純な話じゃない。
いまの声には聞き覚えがある。機械音のような特徴的なその声は、あのカラオケルームで聞いた声と同じだ。
まさか、本当に呪いなのか……。
……いや。そんな、はずは――。
背筋に冷たいナニカを感じて、ハっと振り返る。そこには真っすぐに仄暗い歩道が続いているが誰かがいる気配はない。
「いや。これは単なる間違い電話だ。そうに……違いない」
ふう~っと一息つくと、首を軽くそらす。
視界の上に、雲間から覗く――ほぼ満月の月が、じっと翔琉を見下ろしていた。




