第二章 11 エレカ・ヤヒメ
「どぅええーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
戻ってきたリズカードの報告を受けて、フーロが椅子ごとひっくり返った。あんまりに派手なコケ方だったので、エレカは慌てて駆け寄る。
「ふ、フーロさん、大丈夫?」
「え、わかんない。大丈夫じゃないかも」
「今伝えたのは、あくまで成功報酬だ。これから二日間でノイスが満足するほどの情報を集める必要がある」
リズカードが言う。フーロが吹っ飛んだのは、ノイスの提示した報酬額があまりにも大きかったからだった。それだけあれば、新しいウォッシャーを買っても、大きなモニターを買っても、社用車を買っても、毎日マザーラパーティをしても平気だ。流石のエレカも浮き足立った。
「で、でも、その条件に持ち込めるだけでもすごいですよ」
「ホントだよ。リズ様の脳みそマジでどうなってんだよ」
エレカに抱き起こされながらフーロは言う。リズカードは謙虚に首を振った。
「ただ、俺は俺のできることをしただけだ」
「フーッ、カッコつけちゃってさ。もっと誇らしくしていいんだぜ」
「それを言うなら、ボス、君がエンケットの調査員を抱き込めていなければ、そもそも何も始まっていなかっただろう。それが一番大きな手柄だと言えるんじゃないか?」
「え、いや、そんな……たいしたことでは……へへっ」
褒められたフーロはデレデレと頭を掻く。エレカはその様子にニコニコしてしまう。
「うん、あんな堂々と適当なこと言うなんて、普通はできないよ!」
「えへへ、褒められてんのかわかんないけど、サンキュ……」
「それと、エレカ」
リズカードの視線がエレカに向けられる。
「わ、私?」
「君からもらったヴィス粒子がなければ、俺は何者でもなくなってしまう。今回、ノイスのもとまで辿り着けたのも君のおかげだといって過言ではない。いつものことだが提供に感謝する」
「そ、それは……どうもです」
相変わらず恥ずかしさはあるが、そう言ってもらえてほっとする。全てを失った自分でも、賢迅の役に立てている。その事実が根無し草なエレカの気持ちを支えていた。
フーロはそんなエレカの頭を撫でながら、上機嫌で言う。
「ま、つまり『リズカード』全員でつかみ取ったチャンスってことかな」
「ああ。だから、俺も俺のするべきことをするだけだ。良い報せができるよう尽力しよう」
リズカードはどうしてか安堵するように、そう告げたのだった。
その晩、エレカはシャワーを浴びた後、パジャマに着替えると、排水口に張ったタイツを回収する。深呼吸をしてから、溜まったヴィス粒子を小瓶に移した。ずいぶん慣れたものだが、未だに自分の出した汚れを溜め込んでいるような感覚にはなる。
「……あれ?」
今日の分を詰め終えた後、エレカは違和感を覚えて小瓶を覗き込む。
なんだか、以前よりも量が減っているような気がした。
──君からもらったヴィス粒子がなければ、俺は何者でもなくなってしまう。
そんなリズカードの台詞が脳裏に蘇り、不安に襲われた。
「……気のせい、だよね」
そう自分に言い聞かせてシャワー室を出ると、スナウと一緒にニュースチャンネルを見まくっているリズカードへ今日の分の粒子を渡した。
「ああ、ありがとう。本当に助かる」
「いえ……」
いつものやり取りなのになんとなくリズカードから目を逸らすように、テレビの方を見てしまう。ニュースチャンネルでは「関係調整法」に対して過激に抗議するミクシアンの中で、特に最近、注目を増している「エクスワード」という団体ことが取り沙汰されていた。彼らの主張内容に共感するミクシアンが増え、日に日にその規模が膨らんでいるらしい。
「エクスワード……」
「知っているのか」
エレカの呟きに、リズカードが何気ない様子で反応する。
「え、そ、そうですね……割とSNSとかでよく見ます。名前からして、スワードが裏にいるのかな……とか、思って」
「そうか。それにしては露骨過ぎるような気もするが──もしそうなら、スワードはストラト中のミクシアンを抱え込んでいる。本気を出したら戦争になるかも知れない」
「戦争……」
エレカには馴染みのない単語だが、リズカードは過去に幾度も経験していると聞いた。
「もしそうなったら、君はどうする」
そんな彼がそんな風に訊ねてくるのだ。エレカは言葉を失ってしまった。
「わ……わかんないです。私は、私自身のことで精一杯なのに……」
情けないと思いつつそう答えるしかない。失望されるかも知れない、と少し恐怖を覚えた。
「そうか。俺もそうだ」
「えっ……」
思わぬ返答にエレカは息を呑む。リズカードは眼差しでテレビを見つめていた。
「俺はこの世界、この時代で、どこまで責任を果たせばいいのかわからない」
確かにリズカードが、ヴィス・スティックを解放して魔法を行使すれば、どんな戦いだって一瞬で片をつけられるだろう。しかし、そうやって戦いが終わったとしても、今の時代に生きる人々とって何の問題の解決にもならない。
リズカードはどこまでも「中世」を生きた人であって、現代を生きる人ではないから。
だからこそ、さっきの会話でもリズカードはフーロやエレカを持ち上げて、自分の成果を小さく見せようとしたのかも知れない。そこには謙虚さというよりも、迷いが見える気がした。
ディスプレイを見つめるリズカードを見て、エレカはもの思う。誰かを救う、という大義で理性を保つリズカードにとって、いろいろな事件の情報が簡単に手に入る今の時代は、むしろ狂おしくてたまらないのではないか──。
「……ネナは一体どう、折り合いをつけたんだろうな」
リズカードは、二百年前に目覚めたはずの相棒の名を懐かしむようにそう呟いた。




