第二章 7 フーロ・リズカード・ヴェストローム
「…………で、どうしよね」
エンケットの調査員が帰った後、エレカが洗濯物を続々と再展開していく横で、フーロは机に突っ伏しながら唸った。そのつむじにスナウがやってきてとまる。
『まーたいつもの考えなしかよ』
「だって……この会社には無限の金が必要なんだもん……」
『こいついつも高い金払ってるからな』
その台詞にフーロはガバッと頭を振り上げ、浮き上がったスナウを鷲づかみにする。
「うるせえ! てめえが生きてるのはあたしのお陰なんだぞ!」
『のあああああああ! それは強すぎる台詞だから言うなあああ!』
がくがく揺さぶってスナウの悲鳴を聞いたら胸がスッとした。適当なところで放してやる。スナウはすごい勢いでリズカードの肩へと飛んでいき、首の向こう側に隠れた。
「ってことで、リズ様さあ、行方不明の人をパパっと魔法で探せたりしない?」
フーロは提供された資料を眺めながら訊ねる。リズカードは椅子に座り込んで、何事か考え込んでいる様子だったが、フーロの言葉に顔をあげて言った。
「恐らくできる」
「そうだよねえ、そんなうまい話が……あるんか」「あるんだ……」
エレカとほとんど声が揃ってしまった。リズカードは言う。
「探知魔法は千二百年前から構想自体は存在した。結局、実現しなかったがな」
「しなかったんかい」
「まあ、それは過去の話だ。現代ならふたつの要因から可能だと思う」
「ふたつの要因?」
リズカードは「ああ」とうなずくと、ポケットから小さな容器を取り出してみせる。魔法の源、ヴィス粒子の入った小瓶だった。
「ヴィスは基本的に空気に溶け込んで存在している。それが凝結して粉末状に可視化された状態をヴィス粒子、そして粒子同士が緊密に結びついて超高密度となったものをヴィス結晶と呼んでいる」
「うんうん。そのヴィス粒子は、エレカちゃんがシャワー室の排水口にタイツを張って、集めてるんよね」
「ちょ、ちょっとフーロさんっ! 言わないでよ! ちょうど良いフィルターがそれしかないだけだから!」
エレカが顔を赤くして抗議する。ちょうど恥ずかしくさせたい気分だったので良かった。
「エレカがどうしてヴィスをまとうのか、相変わらず謎のままだが……」
リズカードはそんな機微には相変わらず鈍感な様子で、顔色も変えずに続ける。
「現代では限りなく希薄になってしまっているものの、ヴィスは健在だ。そこで、空気中のヴィスに干渉する特定の魔法波を放つと、その魔法波は大気中のヴィスを媒介にしてどこまでも広がっていく。ちょうど水面に立った波のようにな。その性質を利用し、魔法波に使用者の感覚を紐付けて非常な広範囲を探知しようというのが探知魔法のコンセプトになる」
「ふーん。古典的なレーダーみたいな仕組みなんだ。それがなんで中世では実現しなかったの? 昔の方がヴィスって豊富だったんでしょ?」
「そう、あまりに豊富だった。魔法波がすぐに立ち消えてしまうくらいにな」
「あー、濃すぎるとあんまり飛ばないんね」
魔法波がどんなものか知らないが、人出の少ない道を進むより、激混みの道を進む方が疲れるのと同じか、とフーロはイメージする。
「だから、ヴィスの少ない現代なら有意な探知範囲は確保できるはずだ。それがひとつめの要因。ただ、それでもこの粒子の小瓶をめいっぱい使って、一キロ四方程度がせいぜいだと思う」
「狭いな……それじゃミクロア八番街の外にも出ないよ」
「従来の方法ならな。だが、現代にはそれがあるだろう」
リズカードはフーロのデスクに置いてあるスマートデバイスを指さす。フーロは首を傾げた。
「んえ……? インターネット?」
「いや、電波だ。この街であちこち飛び交っている電波に、俺の出す魔法波をブレンドすれば、飛距離を大幅に増やせると睨んでいる。これがもうひとつの要因だ」
「電波って……ええ?」
フーロは愕然とした。この人、この前中世から来たばかりなのに、もう現代の技術を理解して魔法に取り入れようとしてるのか──本当に賢迅じゃん。フーロは少し目眩がしてきた。
「す、すげえや、リズ様……」
「そしたらもう、その探知魔法を使ってノイスさんの居場所がわかっちゃうんですか?」
洗濯物を干し終えたエレカも驚いた顔で話に入ってくる。
その問いにリズカードはうなずきはしたものの、どこか思案顔だった。
「理論上はな。しかし……この辺りはビルが多すぎるし、地下空間もたくさんあるだろう」
「あー、電線とか水道管ガス管とかがびっちり詰まってるジオフロント」
「『クインティトの大動脈』ですね」
エレカが補足して言う。クインティトでは、大昔に掘削された「ジンク・ウェブ」なる緻密な水道跡を再利用して、インフラ系のラインを全て地下に押し込んでいた。そのカバー範囲はトロポスからエクソスまで一〇〇%、なんなら海中から山中などの無人の地域にまで及んで一二〇%にもなる。割合なのにオーバーするなよ、とフーロはいつも思っている。
要するに、地下の隅々まで含めてしまうと探知範囲は厖大な領域になる、ということらしい。
「仮に俺の腹に入った結晶を全部使っても、文字通り全域の探知は無理だろうな。だから、地域を絞ってやる必要があるんだが、それにしてもエレカからもらった粒子では心許ない。補充も一日二回だけだしな。だから、今回はヴィス・スティックを使おうと思う」
「えっ」
思わずフーロの背筋が伸びた。リズカードはいつも携帯しているボロボロの麻袋から、金属製の筒を一本取り出してみせる。
「これがあれば、一本でひとつの行政区くらいの探知はできるだろうからな」
「で、でも、それってめっちゃ貴重な、最終兵器みたいな感じのやつでしょ? いつかもっとヤバイ時が来るかも知れないのに……」
動揺するフーロに、リズカードは真っ直ぐに言った。
「いや、今はここぞという時だと思う。俺の目的はライゴーの私有地であるルイモンド島へ行くことだ。そのためには、ライゴー一族の誰かと関わりを持つ必要がある」
それを聞いて、フーロははっとする。そうだ、リズカードには千年前の仲間と再会するという目的があるのだといつか聞いた。ダルタイン=ライゴーに接触する可能性のある今回の件は、大きな足がかりになるかも知れない。
「それに、エレカの父親のこともあるだろう」
リズカードから視線を受けたエレカは「あ……」と声を漏らし、それから意を決したように言う。
「は、はい。わ、私は……自分がダルタイン=ライゴーの娘だって証明したい。できなくても、私がどこから来たのかは知りたい。そのために……もしかしたら、兄弟かも知れないノイスさんと話をするチャンスが欲しいです」
少し声が震えていた。きっと、エンケットのふたりから話を聞いた時から、ずっと考え詰めていたのだろう。怖いんだ。自分の隠された出生の真実に近づいていく恐ろしさは、両親とストラト暮らしを夢見て呑気に暮らしてきたフーロには想像もつかない。
それでも、その心の裡をさらけ出したのは──リズカードが本来の力を使う理由を少しでも重くするため。
フーロも考える。今はフーロにとっても「リズカード」にとっても、ライゴー側と手を結ぶという大事な局面にある。自分が切り開いた道に自分で怖じ気づいてどうする。
フーロはリズカードとエレカの顔を見比べると、ふう、と深く息を吐く。
それから、できる限りいつもの調子を装って言った。
「なるほどね、で、あたしはノイスを見つけた報酬をがっぽりもらってこの会社をでっかくする! うん、まさにここぞって時じゃん!」
「決まりだな」
リズカードはそう言うと、ヴィス・スティックをぐっと握りしめた。




