第二章 6 フーロ・リズカード・ヴェストローム
二十分後、リズカードはスナウと共に帰ってきた。
「今、戻った。……ふむ、あなたたちが『エンケット』の?」
室内を見渡し、落ち着いた様子で言う。来客とその事情については、スナウを通してあらかじめ伝えてあった。事務所内では、フーロとエレカの向かいに、ローズレックともうひとり、ヘレナと名乗った女の調査員が机を挟んで座り、彼のことを待っていた。
リズカードの顔を見るや、調査員ふたりは腰を上げてそれぞれIDを提示してみせる。
「はい、われわれは調査会社『エンケット』の調査員です。とある調査の一環でここに身元不明のオルガンの方がいると情報が入りまして、不躾で大変恐縮ですが身元確認の方、協力いただけないでしょうか?」
「……どうぞ」
リズカードはふたりを吟味するように見つめた後、大人しく指を出す。指紋は最も簡潔で、その分情報レベルも低く収める生体認証だが、リズカードの場合はこれで十分だ。ローズレックが認証機を通しても、彼の持つディスプレイには氏名すら表示されなかった。
「フ、フルシークレットだ……ありがとうございます。ちなみになんとお呼びすれば?」
「リズカードと」
「リズカード? って……賢迅の?」
困惑するローズレックに「社名でしょ」とヘレナが呆れたように耳打ちする。
「ああ、なるほどですね……わかりました。ちなみに──公表できる範囲でいいのですが、どうしてフルシークレットなのかうかがっても?」
「隠しときたい厄介な身の上でね」
リズカードは慣れっこだ、という風にそう告げると、エレカの隣に腰を下ろした。平然と嘘を吐くのもサマになっていてカッコイイ……とフーロは恍惚としかけ、慌てて気を取り直す。
本番はここからだ。
「それで、うちのリズカードはあなた方の探していた人物でしたか?」
「いえ、指紋も人相も一致しません。われわれの見当違いでした、お詫びします」
「そうですか。身元不明のオルガン、という情報自体は間違ってなかったみたいですけど、どこから仕入れてきたんですか?」
一応、訊いておく。リズカードの存在は諸刃の剣だと思ってるからフーロは決しておおっぴらにはしていない。だからこそ、この情報に希望を感じてこのふたりがやってきたわけだ。
その問いにローズレックが答える。
「た、大したとこではないんです。先週、私の甥がミクシアンたちに暴行を受けて入院しておりまして、昨日お見舞いに行ったら『リズカード』という結婚相談所に、正体不明のオルガンがいるとか何とか話してくれまして……」
……なんじゃそりゃ。
いろいろと脈略がなさ過ぎてフーロは一瞬、言葉を失ってしまう。
「ええと、そんな話を真に受けてうちまで?」
「他に手がかりもなくて、そうですね」
大穴狙いなのはわかるが、それであっさりリズカードまで辿り着いているのも気味が悪い。
固まるフーロに、隣のリズカードが耳打ちしてくる。
「ボス、その話なら俺に心当たりがある」
「えっ、そうなの?」
「ああ。後で言い訳する」
真相として、祝宴を上げた夜にリズカードの助けたオルガンの少年が、このローズレックの甥であり、今回のエンケット訪問に繋がったとわかるのだが、それはまた後の話だ。
今のフーロは気持ち悪さを抱えたまま、話を進めるしかない。
「そ、それでどうでしょう? このリズカードが捜索をお手伝いすると言ったら」
「あの確認なんですが、貴社に本当にそれだけの能力があるんですか?」
そう質問で返してきたのはヘレナだった。
「エンケットがストラト中に何十人も調査員をばら撒いて、全く成果が上がっていないんです。その全員を出し抜いてミッションを達成できる見込みがなければ、内部情報の譲渡なんてできません。バレた時のペナルティだってクビで済めば軽い方です」
「もちろん見込みはあります」
フーロは即答した。そのあまりの早さに挑戦的だったヘレナも目を丸くする。
「ええっ? その根拠はどこに?」
根拠? それは当然、リズカードという存在だ。でも、そんなこと言うわけにもいかないので、フーロは早口でまくし立てた。
「この手の話に根拠なんて出せませんよ。どんなカフェの新作だって、食べてみなければ味はわからない。どんなマンガだって読んでみなければ、面白いかどうかはわからない。ただ信頼してもらうしかなく、こちらはそのための情報を既に出しています。後に必要なのはあなたたちの判断だけです! さあ、どうですか!」
自分で言っててもめちゃくちゃな理論だな、と思いつつ、虚仮威しなのがバレないように真顔で圧をかける。手練れ相手ならともかく、やさぐれ調査員ふたり相手ならこれくらいがちょうどいいプレッシャーになったようだった。
「……協議させてください」
なんともいえない表情をしたローズレックはそう言って、ヘレナを伴って部屋の隅へと向かった。何度目かの内緒話を始める。
その隙をついて、フーロはふたりにバレないよう大きな溜め息を吐いた。
「大した度胸だな」
リズカードがフーロにしか聞こえない声量で言う。賢迅に褒められたことが嬉しくて、フーロはにへへ、と笑ってみせる。
「やればできるもんだ」
やがて、エンケットのふたりが深刻な顔をして戻ってきた。ゆっくりと椅子に腰を下ろしてから、ローズレックが切り出す。
「わかりました。協力をお願いいたします」
フーロは笑みを浮かべると、それっぽく頷いてみせた。
「それはどうも。そんじゃ……スナウ」
『はいよ』
スナウに命じると、互いの出した条件のまとまった、締結用の文書を一瞬で作成してくれた。こういう時は本当に高い金払って汎用的なAIシステムを持っておいて良かったと思う。文書はそれぞれのデバイスで共有し、読み合わせを行った上で電子署名をしてもらった。
そのやり取りが済んだ後、「リズカード」と「エンケット」の面々は改まった顔で向かい合う。口火を切ったのは、ローズレックだった。
「フーロさんがおっしゃった通り、われわれは行方不明者の捜索を依頼されています」
「依頼者してきたのは」
「セア・ダルタイン=ライゴー。行方不明者の妻にあたる方です」
ダルタイン=ライゴー──その名前に、隣に座るエレカが反応したことにフーロは気がつく。エレカの実父はダルタイン=ライゴー当主だという話だった。
フーロはセアの名前をスマートデバイスで検索しつつ言う。
「ということは、行方不明になってるのはその夫で……ノイス・ダルタイン=ライゴー」
「その通りです」
公表されているデータに目を走らせる。ノイス・ダルタイン=ライゴー、男、三十六歳。ダルタイン=ライゴーの三男。主な役職は投資金融会社『アクヴァイタ』の取締役専務。純資産は十三兆ネスタ。そして、もしかするとエレカの腹違いの兄にあたるかも知れない人物……。
「先日、ノイスさんはトロポス区オーエンにて、ライゴー本社役員とのミーティングを済ませた後、妻子との会食に向かう車へ乗り込み、そのまま連絡が取れなくなりました」
「車……もちろん自動運転じゃないですよね」
「それが普段は運転手つきのところを、この日だけは正規の者が急用で入れず、代わりの自動運転車が派遣されていたようです。ノイスさんはプライベートな移動だからと容認したとか」
運転手は半分ガードのようなもので、要人が用いるのは安全確保の側面が大きい。その隙をまんまと突かれたようだった。
「配車周辺の業者はとっくに洗ってるんですよね」
フーロの質問に、ローズレックはうんざりとした様子で肩をすくめる。
「それはもう、社内で誰も手をつけてないところを見つけられないほどに。結果、外部からのシステム侵入とデータ改竄の形跡を発見でき、運転手不在を狙った計画的なものとはわかっていますが、ノイスさんの発見と確保には至っていません」
「へえ……それで困り果てて『こんなトコ』まで来てるわけですね」
フーロは皮肉を込めたつもりだったのに、相手はどちらも神妙な顔でうなずいている。オルガンは道徳の授業受けないのかよ、と心の中で皮肉の上塗りをしておいた。
「えーと……トロポスで車に乗ったノイスさんを、エンケットさんがストラトで探しているということは、ゲートの出場記録があったんですね」
改めて訊ねると、ローズレックが資料を見ながらうなずく。
「はい。同日にノイスさんの通過が確認されています。この時点では事件性がなかったため、何事もなく通しています」
「単に家族とのディナーに嫌気が差しだだけかも知れないから」
「車はゲートを通り三十分ほど走行、ストラト区コート西でノイスさんを降ろし、その後まっすぐ車庫に戻ったと記録されています。コート西の監視映像や付近を走行していた車のドライブレコーダーは一通り、AIでも人間の目でも確認しましたが、降車後のノイスさんを捉えた映像はなく目撃者はいません」
「霧みたいに消えちゃった……と」
車の通ったルートも共有してもらったが、その経路周辺もエンケットの調査員が歩道のタイルの隙間まで調べ尽くした後だろう。
「警察に共同調査は依頼してないんですね」
「ええ、特に身代の請求もなく、奥さんもことを荒立てたくないと」
「ダルタインの三男坊が消えたと知れれば、市場も荒れるでしょうしね」
よくデータを見ると、妻のセアも同社の取締役に名を連ねている。家族の安否が知れない中、そんな判断ができるあたり、やはりライゴー帝国の連中はどこかネジが外れている。
「状況はわかりました。それで、ノイスさんが行方不明になる要因というか、動機というか、そういうものをおふたりはどうお考えですか?」
早い話が「誘拐の目的」をフーロが訊くと、ローズレックとヘレナは目線を交わし、ヘレナの方が口を開いた。
「ミクシアンの方々なら、いくらでもあるんじゃないでしょうか。ノイスさんはオルガン主義者で『オルガン優生会』のメンバーですし、ミクシアンを軽視した発言も取り沙汰されます」
そういう感じの奴か、とフーロはげんなりする。できたら行方不明のままでいてほしいが、金のためには彼を見つけてやらなければならない。
「……つまり、過激なミクシアンがオルガンを牽制するため、と?」
「あるいは、ノイスさんが考えを改めて、ミクシアンを擁護する発言をすれば、目下話題の『オルガン・ミクシアン関係調整法』も撤回されうる。ミクシアンの活動は過激になってきてますから、そんなことを考える団体があってもおかしくないと思います」
エンケットはミクシアン過激派が絡んでいると見ているらしい。確かに、最近の情勢を見ていると、ヘレナの言った通りのことが起こってもおかしくないように思えた。
「とすれば、うちと提携したのは良い判断でしたね」
フーロがしたり顔で言うと、ローズレックは目をしばたたかせた。
「というと」
「ミクシアンがオルガンの調査員へ情報を素直に渡すわけがない。その点、うちの従業員ならミクシアンの情報網を軽々辿っていくことができますからね」
「……期待してますよ。私たち、人生賭けたんですからね」
ヘレナが強い眼差しを向けてくる。フーロは力強くうなずいた。
「どうぞ任せてください」




