第二章 5 フーロ・リズカード・ヴェストローム
スワードのミッションから数日経った、結婚相談所「リズカード」の事務所内。
リズカードとスナウは仕事で不在。がらんとした部屋を横切るように、エレカが洗濯物を干している。その様子を名ばかりの社長椅子に座ったフーロはぼけっと眺めていた。
……何でうちの会社に、こんな中世みたいな光景が?
理由はふたつあった。ひとつは洗濯、乾燥から畳みまで徹底して行うコンビウォッシャーの故障。ひとつは買い換えも洗濯サービスに依頼することも叶わないほどの金欠だった。
というわけで、洗濯物はシャワー室で手洗いの日々だった。
「ごめんねえ、エレカちゃん……」
「ううん、大丈夫」
エレカはなんてことのないように言ってくれるけど、本心はどう思っているかわからない。
先日はミッション成功とあぶく銭に浮かれて派手な宴会をやってしまったが──結婚相談所「リズカード」の経営はいつだってピンチだった。
これはふたりを雇って初めて知ったことなのだが、スワードの仕事は数をこなしたところで割り当てが増えるわけでもないらしい。だから、稼ぎはもろもろの支払いで全部消えてしまう。本業の結婚相談は当たり前のようにゼロ件。そもそも割り当てられた事業形態に収まっただけでノウハウもモチベーションもなく、行政の打ち出すマッチングAI政策が強すぎて市場の需要だって皆無に等しい。
一応、フーロにとってこういうピンチは初めてではなく、何度か乗り越えてきた事態だった。今は落ち目だけどそのうち上向いていく。うまく波に乗ることができれば、何もかもうまくいく。そうすれば両親の期待にも応えられる。そんな楽観思考で電気を止められた時も一日一食の日も乗り越えてきた。
でも──今は違う。
エレカと賢迅を養わねばならない。というか、このふたりを向こう見ずに雇ったばかりにこんな事態になっているとも言える。
経営者としては会社のためにふたりをクビにするべきだ。
でも──好みどストライクの女の子と賢迅だぞ。そんなことできるはずがない。
どうにかしないと、と強い危機感を持って、フーロはインターネットを放浪しているが。
「……簡単に見つかったら苦労しないんだな」
結局、どの案件もカッコつきの「雑用」にあたってしまう。ストラトにおいて、稼げる仕事はライゴーが独占し、誰でもできる仕事はスワードが裏にいる。なんてひどい街だ。フーロは頭を抱えてデスクに突っ伏す。
「あれ? つか今日、委託ミッションの報酬が払い込まれる日か……」
それが頼りの綱だった。そこからせめて、ふたりの給料は払わなければ。そう思って残高を確認したフーロは……何が起こっているのかよくわからなかった。
「……十万ネスタ? え? は? ん?」
いちじゅうひゃくせん、と桁を何度数え直しても間違いなかった。
想定の十分の一程度しかなかった。
お給料払えません! と思わずデカい声が出そうになったが、何も知らずにフーロのクタクタなパーカーをせっせと干しているエレカを見て、なんとか留まった。
考えないと……どうにか……。
その時になってフーロは、何故、どう見ても詐欺でしかない投資案件に、エクソス上がりの経営者が次々とハマってしまうのかを理解した。一発逆転しなければならない、という焦燥と願望に目が眩んで、正常に判断力が機能しないのだ。そして、フーロ自身が正直馬鹿にしていたそういう人たちと同じくらい、自分が甘い見込みで生きてきたことに驚いてしまう。
そう、どうしようもなく甘かった。ストラトに会社を持てれば勝ち組だ、なんて。両親からバトンを受け継いで、ようやく手にしたこの場所はただのスタートラインだった。
じわ、と目元が熱くなった。フーロは慌てて目を覆う。ダメだ、泣き虫が出そうになってる。名前と社名に刻んだリズカードが嗤うぞ。実物のリズカードも失望するだろう。エレカだって……何か、何かないんだろうか──。
「ね、ねえ、フーロさん」
頭を抱え込んでいると、エレカに肩を揺すられた。フーロはピンと背筋を伸ばす。
「えっ! な、なに? 辞表なら受け取らないよ!」
「えっ、いや、違うって。ベル鳴ってるよ」
エレカはぶんぶんと手を振って、扉の方を指さす。
「ベル?」
耳を向けると、確かにぱんぽーんと音が鳴った。フーロはエレカの顔を見る。
「エレカちゃん、マザーラ呼んだ?」
「え? 呼んでないけど……」
「じゃあ……この世界の誰が、こんなとこに用があるの?」
「……結婚願望ある人とか」
「……ありえねー」
本当は怖くてめちゃくちゃ行きたくないけど、エレカに行かせるわけにもいかず、フーロは勇気をふるって椅子から立ち上がり、ドアホンを覗き込む。
扉の前にはスーツを着た男女が立っていた。男は髪をパリっと固めた典型的なビジネスマン、女は化粧っ気の濃いおっさん受けする美人。念のため高い金払って導入しているセキュリティシステムのスキャンをかけたが、ふたりともオルガンで身元はわからなかった。
「はい、結婚相談所『リズカード』ですけど……」
仕方なくそう応答すると、男の方が懐から社員IDらしきものをカメラに突きつけた。
「こんにちは。われわれは株式会社『エンケット』の者です。現在、とある調査を行っておりまして、協力していただきたいのですが」
「調査……?」
そのIDをスキャンすると、確かに目の前の男の言うことと一致する。彼の名前はローズレック・ハダン、二十八歳、エントック所属の調査員。
フーロがエレカの方を振り向くと、何か言う前に彼女はデバイスに目を走らせていた。
「『エンケット』はライゴー傘下の調査会社だって」
「げ、ライゴーか……」
スワードとライゴーは水と油だ。スワードはライゴー体制の隙を突いて最大限の蜜を吸うし、ライゴーもそれを食い止めるために度々スワード構成員の取り締まりを行う。スワードの世話になっているフーロとしては、関わり合いになりたくない連中だった。
「何の調査でしょう? 特に心当たりはないんですけど……」
やんわりとした口調でそう告げる。相手は確信の籠もった口調でこう言った。
「そちらに身元不明のオルガンがいるという情報が確かな筋から入っておりまして、真偽のほどを確認させてもらいたいのですが」
フーロの脳裏にリズカードの顔が浮かぶ。めっちゃいる、身元不明のオルガン……。
「え、そ、それは──」
まずい。言葉に詰まってしまった。こんなの心当たりがあると告白しているのと一緒だ。
いや、転んでもただでは起きぬと、フーロは頭をフル回転して言葉を繋ぐ。リズカードはリズカードだ。ライゴーが引っ張れるようなやましいところなどひとつもない。
「確かにうちにいますけど、今は不在です」
「不在……それでは、中で待たせていただいても?」
待つとかいいつつ室内を捜索するつもりだろう。なんとか断れないか慎重に言葉を選ぶ。
「えっと……洗濯物干してるんですけど」
「構いません」
即答するな。そこは構ってくれ。プライベートだぞ。
結局、少し迷ったが、フーロは彼らを入れることにした。スワードと関わりはあるが足の出るようなものはないので無限にガサ入れしてもらっても平気だし、とっとと目的を果たして出て行ってもらうのが無難だ。最悪、リズカードが帰ってくれば全てがなんとでもなる、はず。
エレカにはせっかく干した洗濯物をシャワー室の方へ引っ込めてもらって、フーロはエンケットの二人を招き入れた。案の定、ローズレックは「失礼します」を免罪符のようにかざしながら、連れの女と一緒に事務所の中をうろうろと見て回り、トイレやエレカのクローゼットも遠慮なく覗いて、エレカに嫌な顔をされていた。
「誰か探してるんですか?」
フーロは社長椅子に腰掛けながら訊ねる。まるで誰かが隠れる場所がないか、探しているような様子だったからだ。ローズレックが答える。
「申し訳ないですが、お話ししかねます」
「例えば、オルガンの偉い人が行方不明とか」
「それは、ノーコメントで」
フーロは驚いた。口では否定しても図星なのは態度で丸わかりだ。ローズレックはびっくりするほど隠し事が下手だった。それかアテが外れて、隠す気もなくなったのだろうか。
どっちにしても、もしかして──この人たち利用できる?
「ま、じきにうちの『フルシークレット』の従業員も戻ってくるんで」
試しにフーロが言うと、ローズレックはぎょっとした表情をした後、腕時計を見る。
「フルシークレット……ど、どれくらいで?」
「三十分かな……」
そう告げると、ローズレックと連れの女はこそこそ喋り始める。「フルシークレットだってよ、本当かな」「こんなトコにいるわけないし、本当でも無関係なら意味ないでしょ」「でも、もし関係があったら……」とあんまり思わしくなさそうな会話が聞こえた。こんなトコで悪かったな、とフーロは気分を害する。
会話に聞き耳を立ててみてわかったが、このふたり、あんまり利発な方ではないらしい。なんだか、行き当たりばったりでここまでやってきたような雰囲気がある。頭で考えるよりか、足で稼ぐようなタイプだ。そんな命中率の低そうな人たちに、行方不明になったオルガンの偉い人探しを託すのは、少しピンと来ない気がする。
だとしたら、逆か。
それくらい多くの人員が今回の件に割かれているのだ。人数をばら撒けば誰かしらが何かに引っかかる。その分、コストがかさむわけだが、それでも良いと思っているのか、なりふり構ってられないのか。いずれにせよ大きな金の動く気配がある。
──どうにかこの状況、乗っかりたい。
フーロは考え込む。経営が行き詰まった時は新たな方策を採るのが鉄則だ。この事務所の場合、それはライゴーともコネクションを築くことなのではないだろうか。
そう思い至った瞬間、フーロはぴりぴりと首筋に痺れを感じた。それは初めて、この事務所の鍵を開いた時にも覚えた感覚で──ありていに言うとビビっていた。
スワードとライゴーは水と油。その境界に立ってどちらも相手にするなんて、はっきりいって怖すぎる。スワードを出し抜こうとしたキースみたいに、いつの日かどうにかされてしまうかも知れない。
でも──部屋の隅っこで不安そうに様子を見守るエレカを見て、腹を決める。
あたしたちが生き残るにはこうするしかない。
フーロは意を決して言った。
「……もし良かったら、その、人捜し、うちで協力してあげてもいいですけど」
エンケットのふたりは怪訝そうな表情でフーロを見た。
「あの、失礼ですが……」
「いやいや聞いてくださいって。うちにいるオルガンはフルシークレット、つまりワケありのオルガンで……まあ、その、言いにくいですけど、結婚相談所っていうのを隠れ蓑にしていろいろと手広くやってるんですよ。現に彼は今も、そのスジのヤマで出かけてて」
何に手広くて何のスジのヤマか知らないが、無駄に自信たっぷりのフーロの台詞から、ふたりは何かを勝手に察したようだった。
「提案はありがたいですが……第三者に情報を開示するわけにはいきませんので」
ローズレックが逃げるように言ったが歯切れは悪い。惹かれてるのバレバレですぜ、とフーロは内心でほくそ笑みながら続けた。
「その件、懸賞金出てますよね。あなたたちで見つけられそうなんですか?」
懸賞金、という単語は当て勘で出したものだが、たくさんの人員が割かれるほど緊急度の高い仕事なら、解決時に会社から何か特別報酬が出るに決まっている。一攫千金を狙う野心がこの調査員たちを「こんなトコ」に駆り立てたに違いなかった。
「……」
図星なのか、エンケットのふたりは顔を見合わせる。フーロは重ねて言った。
「じゃあ、こうしましょう。情報を提供した場合でも、あなたたち自身で目的の人物を発見した時には報酬はあなたたちが独占して構いません。で、もしこちらで対象を見つけた場合、身柄と引き換えにそちらが受け取った報酬のうち半分をこちらに渡す。これでどうです?」
折半は大きく出過ぎたように思えるが、こちらにはリズカードがいる。賢迅の力を貸すわけだから、こちらが弱気になるわけにもいかない。勝負どころだった。
「……ねえ、頼っちゃおうよ」
先にそう言ったのは、女の方だった。
「ここでドカンと成果を出して他の連中と差をつけておかないと、私たち一生末端だよ」
「……でもなぁ」
一方、ローズレックは優柔不断な声を漏らす。
すると、相手は焦れたように声を大きくしてまくし立てた。
「でもなぁ、じゃない! 使えるものはなんでも使ってかないと、一生使われっぱなしでしょ! そんなのミクシアンと変わらないじゃない! 情けないと思わないの!」
フーロは呆れる。オルガンの一般的な感覚はそうなのだろうが、当たり前に癪だった。
そんな具合で、ふたりはこちらの目も憚らず会話を続けた後、ローズレックが結論を告げた。
「『フルシークレット』の方と会ってから判断させてください」
「ええ、どうぞ」
まあ、そうするのが丸いだろうな、と思いつつ、フーロは敢えて偉そうに答えた。早くリズ様、帰ってきてくれ……と心の中で念じながら。




