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第一章 12 フーロ・リズカード・ヴェストローム

「エレカ・ヤヒメです。本日はよろしくお願いします……」


 テーブルを挟んで対面に座り、ぺこっと頭を下げた少女をフーロはじろじろと見つめた。

 アップにまとめた髪は羨ましいほど艶やかで、綺麗な鼻立ちが特徴的な顔には緊張にも優って落ち着きを感じる。フーロみたいな薬剤をバチバチに費やした髪の派手さで、子どもっぽい容貌を誤魔化すだけの手合いとは対称的だった。


 なんだ? こんな子、この街の一体どこから湧いたんだ? どう見てもカタギだし、そんでもってかわいいし、何ならオルガンの子女みたいな品すら感じる。それでも、その場で確認した身元データには、はっきりとミクシアンと記されているし、家族なし・高校中退・住所不定という身の上、我が社が受け入れるのにぴったりの典型的な『彷徨えるミクシアン』だった。

 ここまで上玉な子、よそへやるわけにはいかない。フーロは即決した。


「はい、採用っ!」

「えっ……」

『オイオイオイ』


 エレカは目を丸くし、隣で記録をとっていたスナウが口を挟んでくる。


『まだ何も聞いてないだろ! ふざけてんのかテメーは!』

「うるさいな。あたしにはもうイメージがついてるんだよ。へとへとに疲れたあたしに『お疲れさまです』ってキンキンに冷えたビールを注いでくれるエレカちゃんの姿がね!」

『未成年に酌さすな』

「あの……本当に良いんですか……?」


 エレカはおずおずと訊いてくる。フーロは安心させるように笑顔を見せてうなずいた。


「うん、全然良い。なんてたって弊社、信じられないくらい人手不足なもんでね、こんな黒ヒヨコの羽も借りるような有様だから」

『人が来ないのはお前の出す求人広告がチャラチャラしてるからだろ……』

「うっさいなぁ。それに、エレカちゃんみたいな、容姿に化学薬品使ってないような自然派な子はいろいろと需要あるからー。っつーわけで採用ね」

「えっと……あ、ありがとうございます! 頑張ります!」


 まだ事態を飲み込めていないようだが、それでもまたぺこっと頭を下げてくれる。ああ、いろいろなものに高い金払っておいて良かった、とフーロは思った。


「あい、それじゃあ、このタブレットで、労働契約書となんかの誓約書とその他うんぬんかんぬん、サインしといてね。不明点あったらこの黒ヒヨコに訊いて」

「は、はいっ」

「うん、よろしくー。で、えーっと、そいで……『リズカード』、さん?」

「はい」


 フーロは嫌々、その隣に目を向ける。

 リズカード・オーウェンと名乗るその男は、エクソスの末端も末端からやって来たようなよれよれの服装に、堅物そうな顔つき目つき、ツンツンの短髪をしている。こちらは見た目からしてド直球の『彷徨えるミクシアン』なのに、何故かオルガンで、しかも厚かましくフルシークレットと来ている。なんでだよ、初めて見たよ、最初ビビっちゃったよ。なんでそんなオルガン様がうちなんかを志望してるんだ、と文句が尽きることはない。


 まあ、オルガンも全員がエリートというわけでは決してなく、トロポスで問題を起こしてストラト、ひいてはエクソスに流れるような落伍者もざらにいる。

 フーロが中学校を卒業した後、数年間働いたエクソスの職場の工場長もそうだった。こういう権力の振い方だけを習熟した能なしは基本的に最悪で、ロクに工数管理も出来ないのに工員の男の子なら顔に、女の子なら尻に手を出しまくっていた。フーロもその毒牙にかかりかけたが、同じ工場で働く両親に守られて助かった。娘に手を出したら、工員全員を抱き込んでストライキをすると脅しをかけたらしい。父は母とともにその工場の大ベテランで、ふたりが号令すれば逆らうような従業員はいなかった。

 それだけ聞けばいい話なのだが、パワハラセクハラ以外にも長時間労働だとかの労働争議に出るだけの要素は盛りだくさんだったわけだから、結局、立場ある父母でさえ娘のフーロひとり守るだけで精一杯だった、というのはなんとも悲しい話だ。


 リズカード・オーウェンの顔つきを見ていたら、フーロはそんな嫌なことを思い出してしまった。いやいや、今はあの頃とは違うだろ。両親の代から堅実にやってきたお陰でスワードの後ろ盾を得るだけのまとまったお金が手に入り、完璧な使いっ走りとはいえ、こうしてストラトに会社を持てるようになったんだ。


 ──パパ、ママ、あたしはきっと夢を叶えて金持ちになってやる。そうしたら、こっちで一緒に楽しく暮らそうね……。


 こほん、とわざとらしく咳払いをしてみせてから、フーロは口を開く。


「……リズカードさんは、名前含めて身元情報全てにマスクをかけたオルガンの方のようですが、どのような経緯で弊社を志望したか、うかがってもいいですか?」


 まあ、どうせ小細工してフルシークレットを演出しているだけのハッタリくんだろう。

 そうナメてかかっていたら、「リズカード」はとんでもないことを喋り出した。


「はい。私はおおよそ千二百年前の眠りを経て、中世の時代からやってきました。右も左もわからないでいたところを彼女と出会い、今後生き延びるための身銭を稼ぐため、こちらの仕事先を紹介してもらいました。以上です」

「……えーーーーーーっと」


 絶叫しないためにフーロはかなり労力を使った。ほんの少ししか話を聞いていないはずなのに、汗びっしょりになる。どこまで本気で言ってるんだ。なんと返すべきか迷っていると、エレカが慌てたように立ち上がり、机を回り込むとフーロに耳打ちをしてきた。


「あの、信じられないかも知れないですが、その話は事実です。この人は本物の……リズカード・オーウェンなんです」

「なるほど」


 フーロはかろうじてそう返したが、内心では心臓がすごい勢いで鼓動していた。


 ──マジで?


 もちろん、エレカの言葉だとしても鵜呑みにはしなかったが、鵜呑みにしたくてたまらない気持ちもあった。


 実はリズカードに関わる史実ではっきりしているのは、大学都市で学べる全ての学問を修了し、クインティト市政に参加してからの数年程度だけで、生まれも死に方もはっきりとしない。『賢迅伝説』にある、ヴィス結晶を肉体に埋め込んで敵の軍に突貫したような、華々しい最期を遂げたのならば、絶対史実にも記録が残されているはずだし、墓も残されていないことから、架空の人物であるという見方もあったりする。それと関係して、世にはびこる俗説の中には「生存説」というものもあった。ほとんど都市伝説のキワモノなのだが、ヴィス結晶による再生能力を使って生き残り、そして、今も尚生き続けている、という類の話だ。


 万が一、目の前にいる男がそうして生き延びたリズカードなら──彼はミクシアン以前に生まれているのだから、オルガンなのも、フルシークレットなのもうなずける。


 いやいやいや、待て待て待て。

 普通に考えて騙しに来てるに決まってる。このふたりは、あたしが賢迅大好きなことを利用してまんまと会社に入り、法人格を乗っ取ろうとしているんだ。ミクロアは小綺麗な地域じゃない。それくらいのドロドロした応酬は普通にある。

 でもでもでも──ちょっとくらい夢を見たい。

 そんな希望がフーロを動かした。


「えーっと、では……その、あなたが本当にリズカード・オーウェンであるという証拠を見せられますか?」


 自分で言っててバカバカしいと思えるような質問に、「リズカード」は予想でもしていたようにあっさりうなずいてみせる。


「はい。伝説によると、リズカード・オーウェンはヴィス結晶を体内に埋め込んだそうですが、これをお見せできます」

「へっ……入ってるの?」

「入っています。お見せするために、服をまくりますがよろしいですか?」


 フーロは思わずスナウを見た。スナウは嘘みたいに押し黙っている。


「ど、どうぞ……」


 仕方なく、何の許可だよ、と思いながら返す。


「はい。それでは……」


 そう言うと「リズカード」は服をまくって、腹部を見せた。

 それを見た瞬間、フーロの息が止まった。そこには、確かに大きな結晶が埋め込まれていた。室内の照明に反応してきらきらと煌めいている。


「……マジで?」


 今度ははっきりと口に出てしまった。


「マジです」「ホントです……」


「リズカード」とエレカが同時にうなずく。

 フーロは大きく息を吸って、じっくりと時間をかけて吐き、さっきから静かなスナウに視線を向ける。スナウはくりくりの瞳でフーロを見返すと、ふわっと浮き上がって少し寂しそうな声音で言った。


『ちょっと外で爆発してくる』

「ああああーっ! 待って待って待って!」


 フーロは悲鳴をあげて、その丸いボディをむんずと掴む。


「やめてー! スナウ、自爆しないで!」

『でも、約束しちまったからさ……』

「AIだからってプログラムに忠実になるなー! お前の運用には高い金払ってるんだから勘弁してよ!」

『いや、結局金かい!』

「そうだよ、あたしってこういう奴って知ってるだろ!」

「え、えっと……」


 言い合いを始めたフーロとスナウに、エレカは困ったように立ち尽くしてしまう。その姿はフーロの目に入っていたものの、スナウとの下らないやり取りもやめることはできなかった。

 賢迅リズカードがうちに来る!

 こんなありえないこと、どうしようもないほどいつも通りな何かで薄めてやらないと、あんまりにもあんまりなことでショック死してしまいそうだった。


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