第一章 10 リズカード・オーウェン
その後、幸いにも愛想を尽かしていないエレカの後について宿から出ると、すぐ近くにあったカフェという形態の店に入った。朝食兼方針を決める話し合いのためだ。
「……ルイモンド島は現在、ライゴー私有のリゾートになっていて、ライゴー社員の中でも、特に一部の人だけ立ち入りできるみたいです」
野菜や肉を挟んだパン料理をかじり、スマートデバイスを見ながらエレカは言った。リズカードも同じものをありがたく頂戴し、驚く。異常なうまさだった。
「……では、俺がフルシークレットを盾にトロポスへ入ったところで、結局、ライゴーとの繋がりがなければ、ルイモンド島へ辿り着けない」
「そう、なりますね。ただ、例えば……私がダルタイン=ライゴーから実の娘だと認知されれば、私も関係者としてルイモンド島に出入りができるはずです。そうしたら、リズカードさんも同伴者として上陸できるかも知れません」
「ふむ、それが今のところ、現実的なラインか。いずれにせよライゴーとのコネクションは必須だ。どうにか取り入っていく必要があるが……こんな放浪の身分では厳しいだろうな」
リズカードの言葉にエレカは眉尻を下げる。タイムスリップした中世人と家のない少女には、コネを作る以前に生きていく最低限の基盤もなかった。
「そうですね……この調子だと数日で文無しになっちゃいます。今は仕事と住処を見つけて地に足をつけないと……」
「そんな懐事情でこんな上質なものを食べていいのか……?」
「い、いや、ストラトはオルガン向けの高いお店ばっかなんです。別に、ずっと前からこういうお店で食べてみたかったとか、そういうわけじゃないですっ」
そういうわけだと思っていたが、完全に欲求に任せてこの店を選んだわけではなさそうだ。
「なるほど。では、この辺りに留まるのは得策ではないか」
「そうですね……だから、昨晩ちょっと考えたんですが、ここから少し西へ行ってミクロアという場所に出ましょう。そこはストラトの中でもミクシアンが多くいる場所です」
「ミクロア……ミクシアンが多いのは、名前からなんとなく想像がつくな。そこなら物価も安いのか?」
「いえ、同じストラトなので決して安くはないでしょうけど……そこなら未成年と素性のないオルガンの人でも就けるような仕事も見つけられると思います」
「この世界で最も弱いふたり組にも寛容なのは助かるな」
「ふふ……ですね」
リズカードの軽口にエレカは小さく笑う。名誉では全くないが、賢迅と同じ括りにしてもらえるだけでも嬉しかった。
「それで、この時代の仕事はどうやって探す? 斡旋所のようなものがあるのか?」
「いえ、求人情報をまとめたウェブサイトがあるのでそこで探しましょう」
「ウェブサイトとは」
そう質問すると、エレカは懇切丁寧にインターネットがどういうものか教えてくれた。
その理解に及んだ瞬間、リズカードの中に堆積していた謎が一気に解かれた。ボット・タクシーが迎えに来たのも、エレカの素性がガードに知られたのも、部屋にいながらマザーラのデリバリーを呼べたのも、全てインターネットを初めとする通信技術のたまものなのだ。
「なるほど、それでウェブ、か……この時代にも息づいているとはな」
「中世にも何かあったんですか?」
「今のものに比べればおもちゃみたいなやつがな。それで、仕事は?」
そう促すと、エレカはデバイスに目を落とした。
「あっ、えっと、待ってくださいね──うぅーん?」
そして何故か、悩ましげに眉をひそめてしまう。
「どうかしたか?」
「適当に条件を絞って検索してみたんですが……これ、どう思いますか?」
エレカはそう言って画面を向けてくる。そこにはギラギラした色の字でこう書かれていた。
【急募】人手が足りません、本当に助けて下さい!!!!!!!
みなさまの素敵な出会いを応援する、結婚相談所です!
お客様にぴったりな方を見つけ、マッチングをサポートし、幸せな結婚式の実現をお手伝いしてくれるスタッフを募集します!
◆業務内容:結婚斡旋・ウェディングプランニング及び「雑用」
◆勤務地:ストラト区ミクロア八番街(一番街まで地下鉄で十五分!)
◆勤務時間:九時〜一八時 但し時間外労働それなりに有り(これはごめん)
◆休日:基本週休完全二日制、祝日(基本ですごめん)、年末年始冠婚葬祭の休み
◆待遇:いろいろあり
◆賞与:月給十万八千ネスタ〜(昇給・ボーナス多分あり)、住居提供あり←←←
◆必要資格・学歴・経歴:なし
◆種別:ミクシアンの方大歓迎!!!!!!!
◆超優遇:トロポスへ合法的に入れる方(高望みしてるだけだから気にしないで!)
応募お待ちしております!
担当:フーロ・リズカード・ヴェストローム
「……リズカード?」
概要についてはほとんどわからなかったが、担当者の名前に引っかかった。
「屋号も見てください……」
ページがするするとスクロールして、その結婚相談所の屋号が表示される。それを見てリズカードは目を剥いた。
「結婚相談所『リズカード』……だと?」
「多分、経営者が『賢迅伝説』が大好き、なんじゃないでしょうか……」
「いや、しかし、担当者の名前にまでリズカードと入っているぞ」
「成人なら手数料を払えば好きな名前を戸籍に追加できるらしいんです。全然安くないですけど、特定のキャラクターへの愛を表現するために、タトゥーみたいに入れる人は普通にいます」
そこまで聞いて、どうしてエレカがこの会社の情報を見せてきたのか合点がいった。
「……つまり、それだけ俺のことが大好きなら正体を明かせば雇ってくれるじゃないかと?」
「さすがにそこまで甘い期待はしてないですけど……家つき、経歴不問でこれくらいの条件なら、試しに行ってみる価値はあるんじゃないでしょうか」
エレカがそう言うのなら、リズカードに異論はない。ただ、気になることはあった。
「結婚相談とは何だ? 二つの家の利害を調整したりでもするのか?」
「いや、政略結婚のコーディネートとかじゃなくて……多分、結婚したい人同士を引き合わせて、マッチングしたり、結婚のアドバイスをするんじゃないでしょうか」
あんまりエレカの理解度も深くないように見える。リズカードは腕を組んだ。
「俺は過去、クインティト市政に携わって、やらなければやらないことを相当こなしてきたが、結婚の世話なんてやったことない。そんなのでも応募して問題ないのか」
「うーん、問題はない……というか結婚相談所って建前で、本当の業態は違うと思います」
「何?」
思わず、リズカードは身を乗り出す。エレカは彼の目の前に画面を向けると、さっき見せた概要のある箇所を指さしてみせる。
「ここ、業務内容のとこ、『雑用』ってカッコついてますよね。きっと、この雑用の方が主要な業務になってるんだと思います」
「なるほど、符号になっているのか……こんなの知らないとわからないだろう。それも、育て親譲りの知識か?」
「あ、はい……ばあちゃんはいろんな人と……付き合っていたみたいなので」
エレカは言葉を濁したが、リズカードは了解した。どの時代にも美を武器に権力者の寵愛を受け、社会を上手に渡り歩く女性はいる。彼女の言う「ばあちゃん」がダルタインの婚外子であるエレカの養育を引き受けたのも、どこかで運命のヒモが絡まったがゆえなのだろう。
エレカは続けて言う。
「『雑用』の中身は多分、地下組織の絡むような犯罪スレスレでグレーなものだと思います」
「地下組織とは……盗賊団のようなものか? そんな危険なところに、俺がともかく君が首を突っ込むのは賛成できないが……」
「でも、今の私たちはまっとうな仕事を選べる立場にありません。何もないところからライゴーとコネクションを持つなんて一発逆転を狙うなら、もう、リスクが大きなところへ飛び込んでいくしかないと思います」
「……それが、君の選んだ道なんだな」
リズカードが訊ねると、エレカは不意をつかれたように彼の顔を見た。それから、ぐっと唇を噛み締めると、こくりと頷いてみせる。
「……はい。ばあちゃんは亡くなる直前、本当の父親のことを私に打ち明けてからこう言いました。『どういう未来でどういうひとりぼっちを生きるか、それくらいは自分で決めるんだよ』って。だから、私は実の父親に会って、私がどうしてひとりぼっちになったのかを知ろうと決めました。そのためには何でもします」
「知って、それからどうするんだ」
「わかりません。ただ、そうしていないと……どうにかなってしまうってだけです」
エレカは目を伏せて言う。そうかも知れない、とリズカードは思った。リズカード自身もルイモンド島でネナと会う、という約束だけを頼りにしている。ルイモンドに着いて現実を確かめ、その後はどうする? と問われたら、きっとエレカと同じことを言ったはずだ。
わからない。ただ、そうしていないと、俺はどうにかなってしまうだろう、と。




