【大富豪】下民嘲笑う行末は
テーブルに鎮座する四人の決闘者。決闘者とは、魂を賭し、誇りを持ち、運命に身を委ねる勝負師……いや、彼らはそう呼ばれることを嫌う。
自分たちは、ただの遊び人だと、そう称されるのを好む。
今宵も人知れずテーブルにつく四人の男ども。
遊び人達の戦い、ここに開幕。
「ダイヤの3」
一番手に名乗りを上げるかのように皆にカードを提示した、彼の名はスプリング。この一言が今回の勝負、いや遊び、『大富豪』が始まりの合図となった。
大富豪、又の名を大貧民ともいう。基本的には場のカードより強いカードを出し合い先に手札をなくした者の勝ちという単純なゲームだが、地域規則が数多く存在しその遊びの拡張性は計り知れない。
今回のゲームでは、ジョーカーを一枚採用、そして『スペ3返し』『7渡し』『8切り』『11バック』『12ボンバー』『革命』『階段』というローカルルールを採用する。
ダイヤの3を持っている、それが表すのはすなわち、一番手が自分であるということ。
「ダイヤの7」
にやりと笑いながら、スプリングが最初に場に出されたのは7のピン。一枚の7が『7渡し』を発動した。
『7渡し』効果:次の番の人にカードを渡す。複数枚出された場合、その枚数分好きなカードを渡す。
「っち、めんどくせぇことしやがって」次番手、サムアに一枚のカードが渡った。
「じゃあこうだな」サムアがそう言って場に出したのはハートの8。いきなり『8切り』発動である。
『8切り』効果:強制的に場を流す。もう一度自分のターンとなり、好きな様にカードが出せる。
その場にいた全員、四人の視線が、サムアに釘付けになる。
全員が思った、「どうしてここで『8切り』を使ったのか」
『8切り』は非常に貴重な札だ。勝負を分ける、重要な札。勝負を決める札だ。しかしトランプの性質上入っているのは四枚である。
それを、開始2ターン目で早々に一枚消費する、まさに愚行───しかし、サムアにはどうしてもやっておきたいことがあった。そんな愚行を最大のリターンに変える、否、もはや勝負を決めにかかるそんな策があった。
「スペードと、ハートと、ダイヤのQ」
サムアの手から放たれた一撃、いや惨劇。
『12ボンバー(又はQボンバー)』効果:好きな数字を宣言し、宣言された数字は全プレイヤーの手札から抹消する
「K,A,2」サムアは、大富豪のルールに抵触した。カードの強さの上限は、今ここでQまでとなった。
サムアから二枚、スプリングから四枚、フォールから五枚、ウィンタから一枚のカードが消える。
サムアは最後に、7渡しによってスプリングから渡されたクローバーの4を出し、ターンを終了した。
開始3ターンで出されたカードと合計すれば、早くも18枚ものカードが消え去った。
そして訪れた、フォールのターン。
「とんでもないことをしてやられましたね……僕のターンですか、では、ここは堅実に、スペードの6」
そのままウィンタにターンがわたり、ウィンタは無言でクローバーの10を出した。
《手札残り枚数》
スプリング:8
サムア:7
フォール:7
ウィンタ:11
「たったの一巡で20枚もカードが消え去るなんて……やってくれたな」言葉とは裏腹にスプリングの口角はあがっている、これはいつものことだ。
「はて、なんのことやら」サムアの口角も上がる。
「12ボンバー、本当やってくれましたね、まあ、"面白いので"いいですが───いえ、"私が勝つ"のでいいですが」
ウィンタは何も言わないが、表情もあまり変わらないが、ニヤリと小さく笑う。
皆が皆、「面白くなってきた」とでも言う様に不的な笑みを浮かべている。
「さてと、俺のターンか、それじゃあハートのJで」笑みを崩さぬままスプリングがカードを出す。
『11バック』効果:場が流されるまで革命状態(カードの強さが反転した状態)となる
「イレブンバックか、ちょうどいいな、ハートの3だ」
サムアが、強さが逆転した時の最強札を出す。最弱が、最強。いや、最強とは言えないのかも知れない。
「じゃあ私は、"ジョーカー"です」
真の最強札、普遍的で、最も強い切り札、これに勝るものは、ない。
いや、それも違う、最強ではあるが、最強であることは確かだが
『スペ3返し』効果:ジョーカーに、スペードの3が勝つ
銀の弾丸。強い毒には、最強の敵には、特効薬が付き物だ。ウィンタが、スペ3返しを発動させた。もちろん無言のままだったが、しかし、もう表情は隠しきれない、ゾクゾクと背筋が凍る様な笑み。人の策略謀略をぶち壊す快楽に脳を焼かれた恍惚とした顔。楽しかろう、顔にそう書いてある。
「まあ、スペ3返しが来ることは予想できてましたよ。しかしスペ3返しがきたらそのまま続くのです、だからここから新たな策を───て、なんですかその顔」
ウィンタの顔は、もうぐちゃぐちゃ。恍惚で優艶で、またも、全てをぶち壊す快楽に呑まれた表情。さぞ楽しかろう、顔にそう書いてある。
「何か忘れてないか?お前」
スプリングが指摘する、そう、フォールは忘れていたのだ、この場の状況を、まだ流されていないという事実を。
簡易的に起きていた逆転を、革命を、『イレブンバック』を。
「!」
フォールは、全てに気づいた。しかしそれは遅すぎた。できることはせいぜい感嘆符を発することのみ。
場は流される。今は3が最強札であり、切り札すら、存在しない。
「してやられたな」フォール以外の口角があがる。してやられたのは、全員同じのはずなのに。下唇を血が出んばかりに噛んでいたフォールは、堪えきれず、声を荒げる。
「まじで……ウィンタァ!お前は!」
それを、敗者の嘆きを満足そうに見つめるウィンタ。蜜の味は知らないが、他人の不幸の味は美味。
スプリング、サムア、勝者ではないが、敗者でもない彼らもまたフォールの叫びを嗤っていた。
しかしまだ、決着はついていない。勝負はこれからだ。
次にウィンタの出した札はスペードの10
「10か、くそ、パス」スプリングはパス。
もうカードの強さ基準は普通の大富豪と乖離している。2,A,Kがないし、Qもあと1枚。それにQもJも特殊能力があってなかなかパッとは出しづらい。
「パス」サムアはパス
「パスです」フォールもパス
それを聞き、ウィンタはスペードとハートの4を出す。4のダブル、二枚出しには二枚出しで対応しなければならない。
「じゃ、ハートとスペード、7のダブルだ」
スプリングによる、7渡しの発動だ。二枚のカードがサムアに渡される
「っち、またかよ。じゃ、クローバーとスペードの9だ」
「9ですか、では、Jを二枚」ダイアとクローバーのJだ。さっきしてやられた、フォールから、11バックが発動される。
ウィンタは無言のまま、クローバーとダイヤの5を出す。
「いきなり5か、俺はパスだ」スプリングはパス。
「お、じゃあおれは」3を二枚、ダイヤとクローバーのダブルだ。
最強札である、全員パスだ。いや、これに勝るものがないのだから、強制的に場が流される。
《残り手札枚数》
スプリング:3
サムア:4
フォール:4
ウィンタ:5
サムアのターン、ラストターンになる可能性が十分にある。
「散々してやられたからな、俺も仕返しだ!」そう言ってサムアはクローバーの7を出した。7渡しの発動だ。
「仕返しって、べつに私が何かしたわけではないのに───まあ、甘んじて受け入れますよ」
7渡しは次の番の人にカードを渡す。さんざん渡してきたスプリングに、サムアが仕返しをすることはできない。
「しかし、私にこれを渡したのは愚策でしたね」
フォールはダイヤの6を掲げた。そして
「『クイーン・ボンバー』です」
クローバーの女王を降臨させた。
最後の女王にして、最強の爆弾。もうこの場に、太刀打ちできる札はない。
「6」発言と共に手札が捨て去られる。
クローバー、ハート、ダイヤの三枚。それが手札から抹消された。
もう一度言おう。もうこの場に、女王に太刀打ちできる札はない。
場は、流される。
番は、終わらない。
三枚のカードが粉砕され、手札に唯一残ったそのカードも、今この瞬間、放たれた。
「ダイヤの4」
大富豪、君臨。
《手札残り枚数》
スプリング:3
サムア:2
フォール:0
ウィンタ:5
「ちくしょう、いやまだだ!富豪になればまだチャンスがある!」
スプリングが叫ぶ、大富豪は勝った者が勝ち続ける様にできている。だから一ラウンド目で勝つことはかなり重要だ。
しかし、富豪になることさえ、簡単なことではない。
ストンと音を立てて場に置かれるダイヤの8。
8切りによって強制的に場が流され、ウィンタのターン。
勝ち誇った様に、スペードとハートの5、二枚出し。
残りの手札の量が一番多いウィンタだが、その分ダブルが出しやすい。枚数が少なくなると、どうしても二枚出しなどはできなくなってしまうものだ。
だから、ウィンタは勝ちを確信していた。奴らに二枚出しはもうできないと。
しかし
「その程度で勝ちを確信しない方がいいぜ?」
スプリングは持っていた。運を、いや、ダイヤとハートの9を!
力強く場に放たれた二枚のカード。スプリングはいつにも増して笑っていた。これが勝利の笑みだ。スプリングの手札は残り一枚。
富豪、決定。
「その程度で勝ちを確信しないほうがいいよ」
冷酷で、冷淡な声。ウィンタが初めて口を開いた。声とは裏腹に、顔は笑っている。確信した勝利をぶち壊すのは、さぞかし楽しかっただろう。顔に、そう書いてある。
スプリングが置いた9のダブルに重ねるよう放たれたのは、ハートとダイヤの10。
富豪、決定。
《残り手札枚数》
スプリング:1
サムア:2
フォール:0
ウィンタ0
「はは、勝った気しねえや」ウィンタがあがったことで、ターンはスプリングのものとなった。
最後に出したのはスペードのJ
貧民、堕落。
「そりゃ勝った気しねえよ、負けたんだから」
サムアはクローバーとダイヤの8を机に放った。
大貧民、終了。
決闘者、勝負師、いや、ただの遊び人たちの戦いはこれにて幕を閉じる。
幕が閉じようとも、テーブルに鎮座した彼らの熱は冷めることはなく、第二ラウンドが、もうすでに始まろうとしていた。
遊び人達の戦いは、これにて閉幕。