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9. 守るための戦闘

 散漫な思考に囚われ、私室付近の廊下を彷徨っていた私の元へディズ様がやって来たのは、エルヴィス様が去ってからもういくらか日が傾いたころだった。


「アリアンナ! どこ行ってたんだ」


 ディズ様は私の腕を掴むと、そのままズカズカと歩き始める。どこへ行かれるのだろうか、エルヴィス様はもう帰られたのだろうか、なんて考えが纏まりなく浮かんでは消えていった。


「ええと、エルヴィス様と少し談話を」


「……ふうん」


 あれ、と思うと同時に、ディズ様は立ち止まる。急に停止されるものだから、私は勢い余って彼にぶつかりそうになった。危ないところだった。


 いやそれよりも、ディズ様の反応だ。てっきり「そうだったのか」みたいに軽く返されると思っていたのだが、「ふうん」とは、やけに物言いたげな感じである。


「あの、何か?」


 おっかなびっくり私が尋ねれば、ディズ様は少しの間を置き、呻るような声で呟いた。


「エルヴィスのやつ、まさかお前に気があるんじゃねえだろうな……」


 まさか、嫉妬されている!? 私は目をまん丸にして驚いた。自らエルヴィス様に私のことを話したり、「自慢の嫁だ」と言ったりするくらいだから、そういうことは気にしないのだとばかり……。意外も意外だ。


 正直、今の私にはエルヴィス様にあまり良い印象が無いが、かと言って無為に彼の評判を落とすことはするまい。ここは妙なことを考えず、素直に弁明しておこう。


「いえ、全くそういう感じではありませんでした! 本当にただ、世間話をしただけです」


 後半は嘘だが、この際仕方がない……なんて、自己弁護。しかし私の言葉はディズ様の心を宥めるに足りたようで、彼はパッと顔を明るくすると、ガバリと私と肩を組んだ。

 ディズ様はわりと、こうやって嬉しさとか喜びを表わしがちだ。ちなみに私は圧迫されてちょっと苦しい。


「クク、安心したぜ。ま、誰がお前のことを好きだろうと、お前は俺の嫁だ。んで俺はお前の旦那。そうだろ?」


 私はむぎゅっと彼と密着したまま、こくこくと頷く。するとディズ様は更に機嫌を良くしたらしく、私を捕らえる腕の力が増した。


「好きだ、アリアンナ! ずーっと一緒に、魔物どもをぶち殺しながら楽しく生きようぜ! 邪魔する奴らも全員ぶっ飛ばしてな!」


 心から楽しげに、嬉しげに、ディズ様は言う。中途半端な私と違い、彼はこんなにも、私を一途に愛してくださっている。


 でも――ディズ様は私が邪法で戦えるから、私のことが好きなのだ。


 そう思うと、やはり、私は彼と別れるべきかもしれないという気が湧いてくる。

 だって私は戦いなんて好きじゃないし、邪法が使えるのだってアリアンナ様の体のおかげ。本当の私には、ディズ様が好まれるところなんて無いのだから。



***



「アリアンナ、居るか!?」


 翌朝、朝食もまだ摂らないうちに、ディズ様が私の部屋に飛び込んできた。また魔物討伐かな、と予想するが、彼の様子がどうもおかしい。いつもなら遊びに行く子どものようにご機嫌なのに、今の彼はなんだか、ちょっとピリついている。


「今日は急ぎだ」


「? はい」


 何にせよもうこの通り捕捉されてしまったし、断れそうにない。昨日ルゼリアさんにああ言ってもらったところだけど、今回は大人しく彼に従うことにしよう。


 私はいつにもまして大股で歩くディズ様の後を小走りで追いかけ、一緒に馬に乗って出発する。が、辿ったのは初めて行く道だった。魔物は大抵、森や荒野、廃村なんかに群れて現れる。だから私たちは都度そこへ向かって討伐を行うのだが、今日の行き先は。


「村……?」


 遠方に見えてきた景色に、私は呟く。そう、どうやら私たちがやって来たのは村のようだった。それも、恐らく廃村ではない。近付くにつれ、人や牛の姿がぽつぽつと視認できてくる。


 視察にも来たのだろうか。でも「急ぎ」って……? と首を捻っていると、村の中でひときわ大きな影がいくつか動くのが見えた。

 魔物だ。そして村の人々は、よくよく見れば、その魔物たちから逃げているようだった。


「っ!」


 私は息を呑む。同時にディズ様の行動の意図を理解し、気を引き締めた。


「行くぜ!」


 村の入り口に着くや、ディズ様は馬から飛び降り、剣を抜いて走っていく。私も追って地面に降り立ち、村の中へと駆け込んだ。

 幸い、魔物が襲来してからそう時間は経っていないらしく、家も人もさして被害を受けていない。しかし遠方から見た感じ、魔物は複数体居た。急いで対処しなくてはならないだろう。


 私は周囲を見回しながら、魔物を探して走る。と、緩い坂道を登った上で、四足の魔物がのしのしと闊歩していた。


「破解の法っ!」


 走る速度を上げ、その魔物が射程圏内に入った瞬間、すかさず邪法を放つ。不意を突かれた魔物は、確かに破裂して死んだ。

 それを見届け、私は次の標的を探すべくまた走る。


「きゃあああッ!」


 甲高い悲鳴にハッとしてそちらを向くと、若い女性が家屋の前で魔物に襲われそうになっていた。たぶん、家に隠れていて、出て来たところを鉢合わせてしまったのだろう。


 助けなきゃ。でも、この距離じゃ間に合わないかもしれない。魔物は今にも女性に飛び掛からんとしている。

 私は一秒にも満たない思考の末、右手を前に突き出した。


「――停肢の法!」


 直後、魔物がカチリと固まる。体の軸から毛の一本一本まで、丸っきり静止した。


 『停肢の法』。

 最近私が習得した、二つ目の邪法だ。効果は単純、対象の動きを止めるだけだが、『破解の法』よりも遠距離から仕掛けられる。故に、ここからでも魔物に当てることができたのだ。


「今のうちに!」


 私は女性に呼びかける。少なくとも今の私には、平行して二つの邪法を使うことはできない。先に彼女に避難してもらうのが吉だ。


「ひっ……!」


 女性は恐怖で混乱し足をもつれさせながら、どこかへと逃げて行く。私は彼女の背中が見えなくなってから、『停肢の法』を解除し、すかさず『破解の法』で魔物を仕留めた。


「ふう……」


 遅れて頬を伝う冷や汗を拭い、また魔物を探し始める。そういえば、村の人たちはどこかに集まってるのかな。だとしたらそこを防衛する感じで戦った方がいいのかも……。


 次の一体、また一体と魔物を倒しながら、村を巡回していく。私が来る前にディズ様が通ったのだろう、道中には既に肉塊となった魔物が数体転がっていた。


 魔物を邪法で倒し、逃げ遅れと思しき村人を助け、そうしてもうじき村を一周しようかという頃。


「ギャハハハハ!!」


 聞き慣れた笑い声が飛んで来た。音の具合からして、少し遠くからだ。

 私は道を横切り、角をいくつか曲がって声の方へと足を運ぶ。ややあって到着したその場では、ディズ様がいつも通りの御様子で暴れていた。


 彼の後方には、村の中でも頭一つ抜けて頑丈そうな建物。窓を見ると、中では老若男女の村人たちが身を寄せ合っていた。


 反して、前方には十何体かの魔物たち。ディズ様ならお一人でも対処できそうな数だが、敢えて加勢しない理由は無い。

 私は迷わず戦闘に飛び込んでいった。



***



「はあ、はあ……」


 しばらくの時間を費やし、私達は魔物を全て倒し終えた。

 ディズ様はいつも通りの血みどろでピンピンしていらっしゃるが、私は疲労困憊だ。ここに来るまでに村中を走り回っていたのもあるが、一番の要因は背後の村人たちを気にしながら戦っていたことだろう。


 今まで経験してきた戦闘と違い、魔物が私をすり抜けて村人を襲いに行かないように阻止しつつ戦うのは、体力も精神力もかなり持っていかれた。


 何かを守りながら戦うって、こんなに疲れるんだ……。


「片付いたみてえだな」


 いつの間にか隣に来ていたディズ様に肩を叩かれ、私はパッと顔を上げる。

 顔は汗と返り血でぐちゃぐちゃだし、髪も荒れ放題――そんな私を、ディズ様は剣を持っていない方の腕でぎゅっと抱き寄せた。こうやって労われる(たぶん)のは、素直に嬉しい。


「よし、帰るぞ。片付けは後の奴らにやらせる」


「わかりました」


 私はディズ様に続き、馬を待たせている場所へと戻ろうとする。けれど、その時ふと気付いた。

 頑丈な建物や、その他の家屋に隠れていた村の人たちが、外に出てきていること……そして、彼らが怯えた目で私とディズ様を見ていることに。


 初めて向けられる「恐怖」と「忌避」に、私はぎくりとする。これが「血みどろ辺境伯」に向けられてきた目なのだと、嫌でも理解できた。


「アリアンナ」


「は、はい」


 助けた相手に怯えられているのに、ディズ様は何ら気にした様子が無い。私に早く来るよう促し、軽い足取りで村を出て行く。


「あの……どうしてこの村に、魔物が襲って来てるってわかったんですか?」


 馬に乗りながら、私は疑問に思ったことを問うてみた。するとディズ様は、あっけらかんと笑って答えた。


「あ? ああ、いつも兵を巡回させてんだよ。いつどこで魔物どもが湧いても、すぐぶち殺しに行けるようにな!」


 魔物狩りを楽しみたいから、と聞こえるような回答。でも私には、それ以外の意味が垣間見える。


 だってディズ様は、戦っている時、明らかに村人たちを守る立ち回りをしていたのだ。


 私が四苦八苦している横で、彼は魔物が後ろに行かないよう動いていた。それが慣れた、無駄のない動きだと、素人の私にもわかった。

 ディズ様は単なる戦闘好きじゃない。そう気付いた今、血に塗れた彼の姿は、いやに美しく見えた。

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