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6. 煌びやかな訪問者

「アリアンナ! 魔物狩りに行くぞ!」


 バンッ! と勢いの良い音と共に扉を蹴り開け、ディズ様が部屋に入ってくる。

 慣れとは恐ろしいもので、私はもう最初の頃ほど大袈裟に驚くことはなくなっていた。


「は、はい!」


 そしてこれまた慣れとは以下略、観念して魔物討伐に参加してからというもの、ディズ様の誘いへの抵抗感は日に日に薄れていっている。……いやこれ、慣れっていうより諦めに近いかもしれないな。


 魔物の発生場所へと駆ける馬の背中に揺られながら、私は頬を撫でる風に目を細める。こうしてディズ様と共に魔物討伐に向かう回数は、そろそろ二桁に突入しそうだ。


 現場についたら馬から降りて、先陣を切るディズ様の後に続きペチペチと邪法を行使する。「破解の法」もいい加減、手に馴染んできた感があるけど、飛び散る血肉には相変わらずげんなりした気分になってしまう。


 ディズ様の暴れ散らかすお姿を視界に捉えながら戦うことしばらく、周囲の魔物を殲滅し終える頃にはいつも通りの血の海だ。夫婦の共同作業で出来上がるのがこれだと思うと、なんだか夢が壊れる気がする。


 ディズ様がそういうのに興味無いからだろうけど、結婚式もしてないままだし、私たちは世間一般の「夫婦」とはあまりにかけ離れていると思う。


「お」


 何やかんやと私が考えていると、不意にディズ様がこちらを見、大股で歩いてくる。あっと言う間に距離を詰め、ほとんど密着と言っていいほど近くまできた彼は、おもむろに私の髪をサラリと撫でた。


 思わず、ドキリとする。優しい手付きだった。そう、ディズ様は普段あんな感じなのに、時々びっくりするほど優しく触れてくるのだ。


 例えばそう、初めての同衾の時みたいに。触れ合ったその部分から好意がじんじんと伝わってくるようで、これがまた心臓に悪い。戦闘中の様子とはまた別方向で、私の心を揺らしてくる。


 乱暴で怖くて、でも柔らかなところも見せる彼に、私は翻弄されてばかりだ。少し顔に熱を集めながら息を呑む私に、ディズ様はにこ、と笑って言う。


「肉片、付いてたぜ」


「あ……ありがとうございます」


 ……ほんと私って翻弄されてばっかり!



***



 そんなこんなで、ディズ様の元へ嫁いできてから二ヵ月が経とうかというある日。

 朝食を摂っている最中、ふと思い出したかのようにディズ様は口を開いた。


「そうだ、アリアンナ。悪いが今日は魔物狩りは休みだ」


「えっ? どうしたのですか?」


 喜びより先に疑問が出た。彼は隙あらば私を魔物討伐に連れ出しており、私が「邪法の勉強をしたいので」と言って断る日も、自分は一人でも出かけていく。彼が魔物討伐に向かうのはほぼ毎日と言って差し支えない。

 それなのに、「休み」と宣言するとはいったい何事だろうか。いっそ心配になってくる。


 そわそわと回答を待つ私に、ディズ様は溜め息混じりに答えた。


「客が来る。面倒くせえ、政治の話をしにな」


「お客様!?」


 やば、大声出ちゃった。でも予想外すぎる。だってこの二ヶ月間、誰かがお屋敷に訪ねてくることは一度も無かったんだから。

 ディズ様が実はけっこうちゃんと政務をしているのは知ってるけど、そっか、お客様が来ることもあるんだ。


「ったく、俺とアリアンナの時間を邪魔しやがって……。ま、そういうわけだから今日は適当に暇潰しててくれ」


「わかりました」


 苛立たしげに顔をしかめるディズ様に、私は苦笑する。遊びたいのに農作業を手伝えって言われた時の子どもみたいだ。尤も、魔物の討伐は遊びではなく、れっきとした辺境伯の仕事のひとつなのだが。


 とにかく、ディズ様には申し訳ないが私としては思わぬ休日ができた形だ。朝食を終え食堂を後にした私は、ディズ様と別れて階段を上へと昇る。

 しばらくきょろきょろとしながら廊下を歩いて行けば、窓ふきをしているルゼリアさんが目に入った。


「ふう……」


 彼女は雑巾を片手に、手の甲で額の汗を拭う。朝からこんなに働いてもらっていて、頭が上がらない。私は小走りで彼女に近付き、声をかける。


「ルゼリア」


 疲れていて私の気配に気付いていなかったのか、ルゼリアさんは目を丸くしてこちらを振り向いた。驚かせてしまって申し訳ない……という気持ちを抱えつつ、私は姿勢を正して「アリアンナ」らしい表情を作った。


「何か手伝うことはありませんか?」


「え……何か、と言われましても……」


「あ、無理にとは言いませ……言わなくってよ! その、私、夫人らしいこと何もできてないので。お仕事が無いと落ち着きませんし」


 私は最近、こうやって使用人の皆さんに積極的に話しかけている。暇そうにしていたら雑談を試み、今のルゼリアさんみたいに忙しそうにしていたら手伝いを申し出る、という形で。

 ディズ様の仕事ぶりを知ったのも、使用人の方との会話からだ。


 夫人という立場上、こちらは気さくに努めても、どうしても多少のプレッシャーを与えてしまうことは自覚している。だがそれでも、私は辺境伯夫人として、できる限りお屋敷の人たちとは向き合っておきたいのだ。


 さて、ルゼリアさんにお手伝いを伺うのは初めてだけれど、どう反応されるかな。ちなみに、迷惑がられたら素直に撤退するつもりだ。あくまで目的は、役に立つことと仲良くなること。引き際は弁えておかなきゃいけない。


 ドキドキしながら返答と待っていると、ルゼリアさんは少し考えたのち、微笑んだ。


「では、庭の手入れ具合を確認してくださいますか。奥様直々に巧拙を指摘していただけると、私どもとしましても助かります」


 笑顔、ということは好感触! それどころか彼女の柔らかい表情は初めて見たかもしれない。ちょっぴり心を開いてもらえた、って思ってもいいかな。ついつい頬が緩んでしまう。


「お庭ですね! わかりました!」


 私は意気揚々と踵を返し、速足で庭へと向かう。玄関とはまた違う出口から外に出、庭に足を踏み入れると、ふかっとした芝が真っ先に出迎えてくれた。


 よし、言われた通りに見て回るぞ! 正直巧拙とかさっぱりだけど、素敵なところを観察して使用人さんたちに伝えよう!


 ぎゅっと拳を握り、私は気合いを入れて庭を散策し始める。すると生垣の近くに、誰かが立っている……いや、剪定作業をしているのが見えた。


「ごきげんよう」


 すかさず私は話しかける。ここで黙って去る、なんて選択肢は無いだろう。


「お、奥様! いかがなさいましたか」


 作業をしていたのは茶髪の若い女性だった。彼女は枝を刈る手を止め、照れまじりの笑顔を私に向ける。初めて会う人だけど、親しみ満点で話しやすそうな雰囲気だ。


「お庭をじっくり拝見しに来ましたの。作業がひと段落ついたら、案内してくださる?」


「もちろんです! いえもう、今すぐにでも!」


 ぱたぱたと忙しない動きで、彼女は道具を足元の籠に仕舞う。


「あ、申し遅れました。私は庭師のケイリーです。二週間ほど前から、こちらに住み込みで働かせていただいてます。どうぞお見知りおきを」


「ケイリーさん、ですわね。よろしくお願いしますわ」


 住み込の庭師さんが居るのって、まさに貴族って感じですごい。っていうかディズ様、新しく雇った方がいるなら紹介してくださいよ!


 うーん、私からディズ様に申し上げた方がいいのかなあ。「もっと使用人の方々と仲良くしましょう! 交流しましょう!」って。いやでもディズ様、私以外とは明らかに仲良くする気ないよね……。ひとまずこの案は、保留にしとこう。


「旦那様はシンプルな装飾を好まれますので、庭園も花はあまり植えておりません。その代わり、生垣や樹は念入りに整え、すっきりとした景色を意識して作り上げています」


 私と一緒に庭を歩きながら、ケイリーさんは心なしか早口で説明をしてくれる。その言葉を聞いて改めて庭を見渡せば、なるほど彼女の言う通りの造形が広がっていた。


 この感じが貴族庭園のデフォじゃなかったんだ、と平民丸出しの無知な認識を改めたのは秘密だ。


「確かに、煌びやかっていうより爽やかな感じがしますね!」


 うんうんと頷くが、そこではたと思い当たる。


「あれ……でもお屋敷の中って、けっこう沢山の調度品がありますわよね? ディズ様の好みじゃないのでは……?」


「ああ、それらは元々あったものが半分、贈り物が半分といった感じですね。旦那様は、滅多なことが無い限り贈られた物は捨てずに、相応の場所に設置されるのです」


「へえ……! 意外と大勢の方から好かれているのですね」


 ド失礼にも「意外と」とか言ってしまったが、まあ正直な感想ではある。巷に流れる噂は散々だし、同じ貴族のアリアンナ様からの評価も「結婚? 死ぬほど嫌」だし、実際あんな感じだし。

 でもディズ様を好く人が沢山いるというのは良いことだ。人望が厚いならそれに越したことは無い。


 と、私が勝手に満足に思っていると、ケイリーさんは少し声を落として言った。


「……実はですね、旦那様の代になって以降、贈り物をされているのはお一人だけなんです」


「一人だけ?」


「ええ。どういう方かと言いますと……あっ」


 彼女は控えめに手で示す。その方向に視線をずらしていけば、遠くの方、お屋敷の玄関の前に一人の男性が立っていた。


「あちらにおられる方です」


 遠くからでも、男性の金髪が陽の光に反射してキラキラしているのがわかる。佇まいからも、気品が満ち溢れているようだ。なんかこう、オーラがある。この距離で伝わるレベルのオーラが。


 気付かれていないのを良いことにまじまじと彼を見る私に、ケイリーさんは付け加えるように言った。


「彼はエルヴィス・スフィリア様。スフィリア侯爵のご子息です」

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