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5. 観念する時

 初めて邪法を行使し、ディズ様に気に入られ(てしまっ)た日から二週間ほどが経過した。


 私は「破解の法」に次ぐ新しい邪法の解読を進めている。アリアンナ様の記憶を引き出すのにも小慣れてきたからか、幸いにもその作業は順調だ。あと数日もあれば、解読は完了かというところまで来ている。

 が、問題がひとつ。


 それは私が、ディズ様から逃げ回り続けていることだ。


「すみません、匿ってください!」


「えっ?」


 穏やかな昼下がり。私は廊下で掃除をしていたメイドのルゼリアさんに話しかけるや、彼女の背後に位置する部屋に飛び込んだ。

 室内に誰も居ないことを確認し、素早く扉を閉め、しゃがんで息を殺す。


 じっと耳を澄ませれば、扉の外から荒っぽい足音と声が聞こえてきた。


「ルゼリアか。アリアンナを見なかったか」


 言うに及ばず、声の主はディズ様だ。愛想の欠片もない威圧的な調子で、彼はルゼリアさんに問いかける。


 お願いしますルゼリアさん、私は居ないと言ってください……!


「い、いえ。昼食の後は、一度も」


 私の祈りが通じたのか、彼女はぎこちないながらも否定の言葉で返してくれた。

 普通ならば声の震えで嘘がバレるところだろうが、ここの使用人さんたちは、ディズ様相手には常に怯えながら接しているため一周回って通常運転。少なくとも私が聞いた感じだと、いつも通りの感じになっているから、大丈夫なはず。


「……仕方ねえ。一人で行くか」


 しばしの沈黙を挟み、ディズ様はひとりごちる。ルゼリアさんの言葉を信じてくれたみたいだ。


「夕暮れには戻る」


「はっ、はい。行ってらっしゃいませ!」


 ルゼリアさんの声の後、荒々しい足音が次第に遠ざかっていく。その残響すらも消えてから、さらに十数秒待ち、私は恐る恐る部屋の扉を開けた。廊下にはルゼリアさん一人だけ。ディズ様は無事、去って行ったようだった。


 私はゆっくりと部屋から出て、いまだ撥ねる心臓を落ち着かせるように息を吐く。危機一髪だ。

 先ほど私室に居たらディズ様の足音が聞こえて、嫌な予感がしたから咄嗟に逃げたわけだけど。逃げたその先にルゼリアさんが居てくれてよかった。


「ごめんなさい、ルゼリアさ……」


 と、言いかけて口をつぐむ。


 いけない、素の口調が出るところだった。私はあくまでアリアンナ・トゥーラ。それ相応の言葉遣いをしなくては。


「こほん。ルゼリア、手間をかけさせてしまいましたわね」


 何事も無かったかのように言い直せば、ルゼリアさんは「いえ、そんな……」と返してくれる。けれどもその顔は、明らかに迷惑そうだ。

 恐ろしい主人を相手に、吐きたくもないであろう嘘を吐かされたのだから、当たり前の反応である。文句や嫌味を言わないだけで十二分に優しい。


「そ……それでは、失礼いたしますわ」


 一気に申し訳なさが込み上げてきて、私はそそくさと場を後にする。向かうは私室だ。私室は三階で、ここは二階。ディズ様はあのまま出て行かれるみたいだったから、すなわち彼が移動する先は一階の玄関となる。鉢合わせる心配は無いだろう。


「はあ、私って嫌な人間……」


 やがて私室の前までやって来た私は、扉の取っ手に手を掛けつつ、思わずぽつりと呟いた。


 この二週間、私は今みたいなふうに、魔物討伐に誘おうとしてくるディズ様を避け続けている。


 不調だ何だと言い訳をするのは最初の三日くらいで既にもう限界っぽかったのだが、しかし新たな言い訳も思いつかず、この有り様だ。曲がりなりにも好意で話しかけてくださるディズ様から逃げ、しかも逃げるために使用人さんたちに迷惑をかけてしまっている。


 ディズ様にハッキリと「魔物討伐はしたくありません」と言えれば良いのだが、また最初の頃みたいな好感度ゼロの態度に戻られるのとか、「じゃあ要らない」と処分されるのとかが怖くてできない。


 ああ、私の意気地なし。お間抜け。こんなんじゃ、いずれアリアンナ様の名前にも傷が付いてしまう。でも怖い。私はいったい、どうすれば――。


「お、居た」


「ギャア!」


 突然、背後から話しかけられ私は品性を忘れた悲鳴を上げる。振り向けばそこには、もちろん。


「ディ、ディズ様……!」


「探しに戻った甲斐があったな。行くぞアリアンナ、魔物狩りだ!」


「あ、あのちょっ……うわああ!?」


 ディズ様は私を軽々と持ち上げ、横抱き……いわゆるお姫様抱っこをする。

 私はジタバタもがいてみるが、当然ながら敵わない。体が密着し、ディズ様の顔が近くに見えてドキドキするが、このドキドキは好意的な緊張半分、本能からの危険信号半分といったところだろう。

 状況的に、後者の意味合いの方が強いかもしれない。


「あああのディズ様! 私まだその、戦いに出るのは……!」


「もう二週間経ってんだから行けんだろ。大丈夫だ、お前ならできる! 駄目でも俺が助けてやるから、やってみろ!」


 どうやらディズ様は、私が自信不足によって魔物討伐を拒んでいるのだと踏んでいるらしい。私のことを信じて、そして慮って発してくださる言葉が、胸にチクチクと刺さる。


 本当は、私はただ臆病なだけなのに。

 私はどこまでも、中途半端で矮小な人間だ。


 そんなふうに私が自己嫌悪に蝕まれている間にも、ディズ様は迷わず足を動かす。玄関の扉をやはり足で蹴り開け、馬に私を乗せてお屋敷の門をくぐり、広い平原へと駆け出していく。

 こんな時でも、吹き抜けて行く風は気持ち良い。


 ややあって到着したのは、ひび割れた地面が広がる荒れ地だった。昔は村があったのだろう、あちこちに塀や建物の残骸がある。


 ……魔物に襲われて、滅びたのかな。住んでた人たち、避難して新天地で平和に暮らしてたらいいな。


 なんて感傷に浸っていると、残骸の影から小型で四足歩行の魔物たちが、のそりのそりと現れてくる。彼らはここを棲み処としているようだ。人気のないこの荒れ地で伸び伸びと繁殖し生活してきたのだと思われるが、それも今日までになるだろう。


 ディズ様は馬から降りるや、剣を抜いて魔物の群れに突っ込んでいった。


「ギャハハハ!! もっと気合い入れてかかってこい魔物ども!!」


 開始十秒で、辺りは血の海。三十は下らない魔物たちが、次々と物言わぬ肉塊にされていく。『血みどろ辺境伯』は絶好調だ。


「ひええ……」


 私はディズ様の狂気的な笑顔と、場に充満する鉄の匂いに怖気づく。だが状況は私がここから逃亡することを許してくれない。


 ディズ様は剣を振るう合間に私の方に視線を送ってくる。

 彼の今までの言動からしてそれは期待に満ちた視線なのだろうが、正直「次はお前だ」と区別が付かない。実際、この期に及んで私が戦闘を拒めば、痺れを切らしたディズ様に肉塊の仲間入りをさせられる可能性も、ある。


「も、もうなるようになれっ……!」


 私は二週間前のあの時の感覚を、記憶の中から引っ張り出す。解読が不完全でも発動できたということは、邪法も多少は習うより慣れよ的なところがあるのだろう。


 一度できたことは、二度目もできるはず。一番近くに居た魔物に向かって両手を突き出し、お腹に力を入れ、私は叫んだ。


「破解の法っ!」


 バンッ、という生理的に嫌な音と共に、魔物は破裂する。成功だ。返り血がガッツリかかって、気分としてはわりと負寄りだけど。


「クク、ほら見ろできたじゃねえか! この調子でガンガン行くぜ!」


 私が無事邪法で魔物を仕留めたのを見て、ディズ様はいっそう機嫌を良くする。こうなったら破れかぶれだ。油が撥ねた服は開き直って汚れ作業用にしてしまえ理論だ。

 私は後ずさりしそうな足を無理やり前に出し、戦いの中に飛び込んで行った。



***



 空が橙色に染まり始める頃、荒れ地を占領していた魔物たちは全て息絶え、従って争いの音も止み、周囲には静寂が戻った。


「はー、もうこの辺りは狩り尽くしちまったかな」


 ぐぐっと伸びをしながら、ディズ様は言う。


「じゃ、じゃあ……!」


 私はにわかに湧いた希望のままに口を開く。狩り尽くしたってことはもう、とりあえず当分は、魔物討伐をしなくてもいいってことだろうか!


「安心しろ! 魔物どもは毎日、山脈の向こうからいくらでも来やがるからな! お前も遠慮せず暴れまくっていいぜ」


「……はい……」


 儚い希望だった。そりゃあそうだ。戦い好きのディズ様が連日討伐に出ているんだから、魔物もそれ相応に出現しているに決まっている。


 そう考えると辺境伯って物凄く大変だなあ。

 というか、ディズ様以外の戦力ってどんなもんなんだろ。嫁いできてから、ほとんど部屋で邪法の解読をするか、ディズ様から逃げるかしかしてなかったせいで、何も知らないや。


 ……もっと辺境伯夫人としての自覚を持たないと駄目だな。トゥーラ家のためにも、ディズ様のためにも!


「っし、帰って飯だ! 明日はどこ行くか考えとけ。どこへでも連れてってやるからよ」


 再び私を馬に乗せながら、心底嬉しそうに、楽しそうに、ディズ様は言う。無邪気で、そしてどこか清々しい。そんな彼の笑顔に……感覚がおかしくなりでもしたのだろうか、私はちょっぴり、胸が温かくなった。

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