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4. 彼なりの愛

 結局あの後、私は超超ご機嫌なディスエルグ様に連れられ、「魔物の出現場所巡り」ということで彼が魔物を殺して回るのを見学させられた。


 あっちの森で大きな魔物を斬り捨て、こっちの荒れ地で群れを成す魔物を死骸の山に変え、それはもう筆舌に尽くし難い光景だった。なんかもう、目の奥にまで血の色がこびりついた感じがする……。


 初めてお会いした時みたいな血みどろ状態になったディスエルグ様は、日が暮れる頃にようやく満足し、屋敷へと帰還した。ちなみに間近で殺戮を見せられていた私も血みどろだった。


 メイドさんたちの手を借りつつお風呂に入って血を洗い流し、汚れていない服に着替え、ぐったりした私は私室に戻ろうとした、が、そういうわけにもいかず。


 ニコニコ笑顔のディスエルグ様に引きずられ、彼と共に食堂で夕食をとることとなった。


「アリアンナ」


「はいっ!」


 私を呼ぶ声で我に返り、私はパッと顔を上げる。

 途端に目に飛び込んで来るのは、テーブルの向かいに座るディスエルグ様。清潔で上等な白いシャツに身を包んだ彼は、こうして見ると普通の貴族様みたいだ。ノリノリで魔物を殺しまくっていた人には思えない。……思えなくても、事実はそうなんだけど。


「口に合わなかったか? そうなら作り直させるが」


 怒涛の半日を思い返して上の空だった私の様子を、料理が気に入らないのだと推測したのだろう。ディスエルグ様は気遣いの言葉をかけてくださる。「作り直させるが」っていう言い回しが若干怖いのだけれど。


「い、いえ! とても美味、ですわ」


「そうか!」


 少々わざとらしく、お肉料理を口に運んで「美味しい」の表情を見せれば、ディスエルグ様は満面の笑みで頷いた。

 もちろん、料理が美味しいというのは本音だ。村では絶対に食べられなかった高級で複雑な味の数々、慣れなくはあるが不味いわけがない。叶うならば村のみんなのところに持って行って、一緒に食べたいくらいだ。


 そんなことを考えながら何となく視線を前にやっていると、私はふと気付く。


 ――ディスエルグ様、意外と行儀が良い。


 というか普通に貴族っぽい、上品な所作だ。


 これまでの彼の粗雑さからすると食事も、こう、お肉を切らずにそのままかじりついたり、スープを一気飲みしたり、ワインをボトルから直接飲んだりしそうだけれど。実際の――目の前のディスエルグ様は、カトラリーを丁寧かつ適切に使い、口を大きく開けることも無く、暴飲暴食とは対極の雰囲気で、食事をしている。


 何なら、アリアンナ様の記憶を頼りにぎこちなく手を動かす私の方が、下品まである。


 これは、あれだろうか。魔物が絡まない時と場所で、好感度もそこそこな相手には、それなりに落ち着いた振る舞いをしてくれる、みたいな。


 ……今ならちゃんと、お話ができる気がする。

 私はにわかに膨らんできた期待と自信のままに、口を開いた。


「あのう、ディスエルグ様」


「ディズでいい。敬称も別に要らねえ」


「さ、さすがに呼び捨ては……ええと、ディズ様。魔物討伐の件なのですが」


「ああ!」


 ディスエルグ様、改めディズ様は、ただでさえ上機嫌そのものだった表情を更に明るくする。失礼極まりない例えだが、さながら散歩に行く時の大型犬のようだ。


「どうした、今すぐにでも行きたいか? 俺はいつでも出られるぜ」


「そうではなくて……恐縮なのですが、ちょっと、しばらくはお供できないかなあと……」


 勇気を振り絞って、私は言葉を紡ぐ。彼の反応が芳しくなかった時のことを考えるととても恐ろしいが、それ以上に、魔物討伐に連れ回されるのが嫌なのだ。だって私は元村娘の現貴族令嬢。身も心も戦いには向いていない。

 邪法だって、ディズ様は高く評価してくださっているけど護身術程度にしか使えないし。


 ていうかディズ様が怖い! そこが一番やだ!


「なんでだ? 邪法の都合か?」


「まあ……そんなところです」


「そりゃあ残念だな。わかった、お前と戦うのは後の楽しみにしておく」


 あれ、けっこう素直に受け入れてもらえた。やっぱりタイミングと好感度さえ良ければ、わりと話の通じる人なのかも。とは言え、今の私の言い分だと時間稼ぎにしかならない。どうにかして、永続的に戦闘をお断りする言い訳を考えておかないと。


「さあもっと食え! 飲め! 邪法っつっても体が資本だろ!」


 豪快に笑い、ディズ様は私に食事を勧める。貴族らしいんだか、らしくないんだか、よくわからない。



***



 私室の扉を後ろ手に閉め、私は小さく息を吐いた。服を脱ぎ、畳んで、手触りの良い寝衣に着替える。

 ようやく長い一日が終わる……いや、その前に邪法の勉強の続きをしておこう。


 私は机の上に邪法の書を広げ、難解な文章たちと向き合う。ディズ様に気に入られた今、当分は殺される心配が無いだろうから、戦いではなく別の方面で役立つものを習得したいところだ。


 それによくよく考えると、戦う術を身につければつけるほど魔物討伐に連れて行かれる可能性が高まってしまう。戦える=危険に近付く、それが今の状況なのだ。


 「破解の法」の解読はひとまず中断、個人的に使う気の無い「魂魄移しの法」は除外するとして……と吟味していると、突如、部屋の扉が蹴り開けられた。


「ひょわあっ!?」


 不意を突かれた私は、情けない声と共に跳び上がる。部屋に入って来たのは、言うまでも無くディズ様。ああそういえば、今朝も同じことがあったな。ていうかディズ様、扉を蹴り開けるのは通常通りなんだ……。


「い、いかがなさいまして?」


 さりげなく邪法の書を閉じつつ、私は問いかける。ディズ様は寝衣を身に纏っており、少なくとも今から外に連れ出されるようなことは無さそうだ。しかし、では何の用で? と怪訝に思う私を余所に、彼はあっけらかんと言い放った。


「寝るぞ! 同衾だ!」


「ど、ど、同衾!? ですか!?」


 急速に顔が熱くなる。同衾。一緒に寝る。同じベッドで。細切れのフレーズが頭の中に浮かんではどこかへ飛んで行った。けれどそんな私の内心を知るはずもないディズ様は、私の腕を引っ掴んでベッドへと連れていく。


「夫婦なんだから当然だろ。ほら早く」


 半ば投げ飛ばされるようにベッドに転がされ、私は成すすべなく横たわった。次いで、ディズ様もその長身を横たえる。大きなベッドは、私たちを難なく抱え込んだ。


 アリアンナ様の体は女性にしてもやや小柄で、私はディズ様の腕の中にすっぽりと収められる。

 薄い寝衣越しに彼の体温が伝わってきて、正直気が気じゃない。異性とこんなに密着するなんて初めてだ。私は半分無意識に身を強張らせる。


「アリアンナ、悪かったな」


 ふわり、とディズ様の手が私の頭に触れた。思わずビクリと肩を揺らしてしまうが、暴力的なやつではないと認識し、ホッと密かに安堵する。


 それにしても、悪かった、とは。不思議に思い、返す言葉も見つからず沈黙する私に、ディズ様は続けた。


「お前のことを見くびってた。まさかお前が邪法を使って戦えるなんて、思いもよらなかった」


 なるほどそういう話か、と納得すると共に、私はなぜだか呆けたような気分になる。部屋が暗いからか、夜特有の静かな空気のせいか、わからないけれど。ディズ様の声が、とても――優しく聞こえるのだ。


「俺は強い奴が好きだ。だからお前のことも好きになった。これから一生、ずっと手放さない。ずっと、俺と一緒に戦ってくれ」


 直接的で、誤魔化しも偽りも無い言葉。ディズ様はぎゅっと私を抱き締める。彼の体温と、それから鼓動が肌で感じられた。

 顔は見えない。でも、きっと彼は、穏やかな表情をしているのだろう。疑いなくそう思えるくらい、暖かかった。


「は……はい……」


 気付けば私はそう返していた。戦いは嫌なはずなのに。保身のための嘘、にしては訂正する気や罪悪感が湧かない。もしかして私は、ディズ様と戦っても良いと、心のどこかで思っているのだろうか。自然と出た言葉ひとつに、悶々とする。


「……ありがとう」


 ディズ様は小さく、呟くように言った。その声には優しさや喜びだけではない、物悲しげな感情も混ざっているように聞こえて……けれども私は、曖昧に首を傾げることしかできなかった。

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