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ラノベ作家志望、文化祭の劇で台本書くことになったんだが  作者: 雨水雪


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7/23

7話

 次の日からついに執筆がスタート。私は平日であれば一日に約二千字のスピードが出せる。これがクオリティーを担保できる限界値。でも今回は完全に自分の土俵の外でのチャレンジ。アウェイな環境でどれだけいつもと変わらないパフォーマンスを叩き出せるのか。これが問題だ。字書きは文字数が進捗の指標になる。文化祭の演劇の上映時間は三十分。脚本のページは一分につき四百字詰め一枚進む。計三十枚、空白含め一万と二千。丼勘定で日に三千文字分仕上げれば私の勝ち。残り五日。最終日は推敲で潰すので、この配分になった。

 

「さてと、やるそ、やるそ、やるぞーっ」

 

 己に発破をかけて、万年筆の持ち手をクルクル回して分離する。ペン先の、首の辺りをつまむ。濃藍で満たされたケースを差し込み、合成された血潮をこれでもかと流し込む。しばらく安静にして、何度かチラシ裏にシュイシュイと掠れた「あ」を書いてみれば、四つ目にしてハッキリとした「あ」が作れた。準備完了、役者は揃った。

 

 作品制作において、律儀に冒頭一行目から墨を入れろなどというルールはない。どこで読んだかはさっぱり忘れたが、『ハリーポッターシリーズ』で大成功を収めたジョアン・ローリング先生は、初っ端幕切れからハリーたちの冒険を綴ったらしい。日本で最もノーベル文学賞に近い男──だと私が勝手に思っている──村上春樹先生でさえも、物語の顔ともなる書き出しには頭を悩ませているようなので、私みたいなボンクラがパッと書き出せるはずがない。とにかく時間がないので簡単にできる箇所から攻めていく。ショートショートから人を撲殺できそうなほど重厚な長編まで、最後を固めてから作業に取り掛かる帰納法的な創造をした方が完走しやすい。少なくとも私は。演繹法的に話を組み立てる手法も捨てがたいけど、創造主として経験を伴わない時期にそれをしてしまうのは鬼門だ。広げすぎた風呂敷を自力で畳めない重大事件に発展する恐れがある。作家と作家風ワナビを隔てる分水嶺は、ラストの句点を自分で打てるか打てないか。そこに全てがかかっている。これは自論だけれど、途中棄権した作品は作品ではない。ただのメモ書きと同じ。完成してから初めて独立した作品と名乗る資格ができるはずだ。

 

「なんかすごーい進むー。いっつもグダグダなのに」

 

 当たり前だが、創作は予定通りには進行しない。思っている三、四倍の労力と時間を注ぎ込まなければならない。作業前は基本調子に乗っているから無茶な計画を立てる。すぐに崩壊する。締め切り直前になってラストパートで畳みかけ、やっとこさで成稿する。締め切り様の御力は偉大だ。人類は浅ましいのでデットラインを設けないと際限なく怠ける。大体の場合、最初は気分が乗っているのでガシガシ切り拓くことができるが、私の経験だと二万文字を超えたあたりから一気に熱量と執筆量が低下する。面倒くさくなってくる。書かない。本文を見るのが億劫で気恥ずかしくなってエタる。

 

 この瞬間に踏ん張れるか踏ん張れないか、それが問題だ。

 

 だから私はやる気に頼らない。終業の号令をほどほどに済まして、自宅に直帰するサイクル。朝起きて、学校行って帰って書いて、ご飯を食べる。書いたらお風呂に入って寝る前に書く。ローテーションを事前に組んでしまい、あとはそれに従うだけ。ルーチンワークだ。書いて書いて、ただひたすらに書く。

 

「うーわこの節気色悪い。要修正っと」

 

 推敲作業はある程度まとまった文章ができてから。筆が乗っている時に流れをぶつ切りにするのは得策ではない。いちいち修正に気を散らしていては永遠と本編が締まらない。印だけつけといて未来の自分に押し付けるのだ。

 

「デルタ入場、ここからぁ、どしよ。五、分は使いすぎ? でも見せ場他になしだから」

 

 口と同時並行でペンも動かす。筆記に力を全く入れなくてもスラスラとエリクチュールが生み出される。人馬一体とはまさにこのこと。生成と出力がリンクしている。

「はいバトル突入、ぐぁーわっかんねぇえ」

 

 とある地点でピタリと合金の先が止まる。戦闘シーンだ。正直、台詞よりも遥かに苦手意識が強い。私は極度の運動音痴で、幼稚園の運動会から徒競走はびりっけつ。悲しかったので泥だらけのゴールテープをお腹に当てがってみたらもっと悲しかったのをよく覚えている。この前の体育祭でも走行距離が平均的な生徒の半分だった。こんな有様だから、どれだけ部屋の中でコツコツとレトリックを会得しても身体表現がギクシャクしてしまう。物書きは世間一般と比較してインドア派多めな印象がある。探偵小説の金閣寺、江戸川乱歩先生も体育の時間を地獄と懐古しているぐらいには。だからといって激しい場面の描写から逃げることは許されない。あらゆる展開を意のままに操ることができてこそ一端の表現者。辿々しくても、稚拙でも。着々と、淡々に歩み続ける。これだけが私の知っている、ただ一つの優れたメゾット。

 

「これにてベイカーはすっかり元の陽気な性格をとーりーもーどし、村の中で幸せに暮らしましたとぉ、さ。……よっしゃあああああ! 終わっだあああああ!!」

 

 苦節一週間。六日目にして一区切り! 進捗八割といったところ。ここまで来ればもう安泰だ。

 

 作品を完結させた瞬間の多幸感は計り知れない。法規制した方が健全かもしれない。危険ドラックと同列に語れそう。創作活動全般、国家資格も年齢制限もありゃしない。合法的に精神の高揚を味わえる。これほどまで素晴らしいアクティビティも珍しい。

 

「ユウカ! 静かにしなさい!」

 

 あー、勝利の雄叫びがリビングにも響いていたようで。貧弱な肺活量でも、ウチの壁は違法建築を疑う薄さなので貫通してしまったらしい。

 

「はぁーい」

 

 形だけの謝罪を返して、寝よう。明日の山場に備えることにした。

 

「寝れん」

 

 かれこれ数時間は布団に居座っているのだが、一向に微睡は訪れない。脳汁が大量分泌した結果ハイになってしまい覚醒してしまう。サーガディアンリズムの崩壊は死に直結するのでオールして睡魔をやりくりした。クリエイターに早逝が多いのはこの現象が原因ではなかろうか。作品を締める毎にキマっていたら体がズタボロになっても致し方ない。

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