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1話

 衝撃だった。私ってこんなふうに笑えるんだって。

 

 初めてライトノベル──ラノベに出会ったのは小学五年の新学期。それまではまとまった活字なんて、学校で配られた教科書の他に読んだことがなかった。

 

 きっかけはお父さんにスマートフォンを買ってもらったこと。塾の帰り、鈍行列車を待ちぼうけている間に気まぐれで開いた小説投稿サイト。わけもわからずタップした総合ランキングトップのタイトル。砕けた文体で紡がれた物語は、バカな私でもちゃんと理解できて。今まで高尚で、厳かで、自分みたいな人間が近づいてはいけない代物だと思っていたそれは、私の手を優しく引っ張って見たことのない世界にたくさん連れて行ってくれた。

 

 あの時の感動が忘れられなくて、将来の夢はラノベ作家。でもまだ誰にも言ったことはない。両親さえも知らない、私だけの秘密。


 一学期の期末テストが終わった週の日曜日、私は地元でそこそこ栄えている街に繰り出していた。もちろん、一人で。お目当ては新しい洋服でも、流行りのコスメでもない。昨日の晩、ブランケットを頭から被りながら調べた場所へスマホを頼りに足を運ぶ。大勢の人だかりに戸惑いながら、背の高い雑居ビルへ辿り着いた。中に入ると、空調のひんやりとした空気が出迎えてくれる。立っているだけで体中から汗が噴き出てくる今日、出不精な私がわざわざおでかけを敢行した理由がエスカレーターを三回乗り継いだ先にある。

 

「わあぁ………………!」

 

 この辺りでは珍しい、とても大きい本屋さん。ワンフロア丸々陣取っていて、コーヒーショップにも雑貨屋にも支配されていない。小さな家族経営の書店は軒並みシャッターを下ろしてしまったので、新書から便箋まで取り揃えているこのお店には足を向けて寝られない。紙本の妖婉な香に包まれる感覚に、胸の高鳴りが抑えられない。さっそく目的のコーナー…………の前に。とりあえず小一時間、市場調査も兼ねて店内を散策してみる。

 

 私がすっぽり隠れられるぐらいのブックシェルフに、手垢のついていない紙の本がこれでもかと並べられている。レシピ本に、裁縫の指南書。どうやら実用書の持ち場らしい。まだまだわからないことばかり。これだけ使えそうなネタがそこかしこに転がっていれば、生きているうちは書きたいこと探しに困らなさそう。

 

「おぉ、」

 

 思わず声が漏れる。他のお客さんからしたらただの不審者かもしれない。念のためモノクロのシンプルな服装といつもの太枠メガネで真っ当な人間に擬態しているつもり。それでも我慢できなかった。まず手に取っている帯の売り文句が斬新で驚いた。カバーも派手で目立っている。海外の小説は訳語が難解でところどころ飛ばし読みしてしまう時もあるけれど、日本のものとはまた違った視点で物語が進むから面白い。炎上しながらソ連邦のBRDMとかいう装甲車が爆走するお話らしい。何が何だかさっぱり理解はできないが、直感で面白そうだなと思った。いい年してミリオタを拗らせているお父さんの影響だろうか。私が石油王の息女だったら即買い物カゴ行き。だけど今回は予算にあまり余裕がないので泣く泣くリリース。よく見たら下巻みたいだし。ごめんね。

 

 ふと携帯で時刻を確認したら入店から約一刻が経過していた。いつも本屋さんでは無意識に長居をしてしまう。私は体力に自信がないし、動きっぱなしで疲れてきたからいい加減に本来の目標を完遂しようと思う。でも最後に一箇所だけ。

 

 テナントの角の列。ここだけ異質な雰囲気を放っている。アニメ調のキャラクターのイラストがセンターを飾っている表紙。不必要に長ったらしい説明的な題名。

 

 私はこの空間が大好きだ。地球上で実家を除けばトップに君臨する。目の前に広がる、紙媒体に綴られた幾多のラノベたち。この絶景には神戸の六甲山から見下ろす社畜の(ともしび)も叶わない。この棚に陳列されているということは、出版社のお眼鏡にかなったということ。日に四桁の作品が更新されるシビアな業界で、抜きん出た才能と実力を認められた精鋭集団。業界のアスリートと表現しても良いかもしれない。

 

 未来の私に、想いを馳せる。自分もこの本棚に名を連ねるような文筆家になれるだろうか。手始めに有名なレーベルの新人賞で大賞に入選。紙媒体で書籍化を果たす。その後も順調にコミカライズの打診が来て、私が創った作品が原作のアニメ化も決定。地上波に乗った秀麗な作画と優れた脚本が織りなす冒険譚でたくさんの視聴者の心をガッチリ鷲掴みして無事に第二クールの制作も決定。円盤や関連グッズが飛ぶように売れて舞台化に実写化で人気俳優を大勢キャスチィングしてSNSでもトレンドを席巻。待ちに待った劇場版が興行収入ビリオン越えして………………。

 

「なんて、ね」

 

 わかってる。そんなこと、できっこないってことぐらい。

 

 ウェブ小説は氾濫している。特にファンタジーやラブコメディーのようなメジャージャンルは歴戦の猛者が蔓延るレッドオーシャン。私のメインはハイファンタジーだから、賞レースに出したところで無数の類似した作品に埋もれてしまう。オリジナリティーを全開にするにしても力量が足りない。ラノベのストーリーや舞台装置にはかなり具体的なテンプレートがある。既にある種のシェアワールドが構築されているので、お決まりを外して独自の設定を盛り込むのは至難の業。なおかつ読み手にストレスなく設定を伝えるのはもっと難しい。マーケット自体の規模もそれ以外の出版物と比べたらお世辞にも立派なものであるとは言えない。読者と作者の距離が著しく近いのも特徴の一つで、コメント欄では罵詈雑言が飛び交う。酷いところはスラムのようになっていて、通り魔の如く創作者の人格を完膚なきまで攻撃する。集団いじめと何ら変わらない。精神を病んで筆を折る前に書籍化できれば万々歳。メディアミックスなんて高嶺の花。遥か遠くの雲の上。

 

 でも。それでも。

 

 諦められない。諦めたくない。

 

 憧れの感情は止まらないし、止められない。

 

 もう一回だけ、あの景色が見たくって。

 

 たとえ何年、何十年かかったとしても。

 

 私が導く番になってやるんだ。

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