表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

2話 メイジール

女神と勇者が営む喫茶店で働くことになってから数日後、研修をするから昼頃に店に来て欲しいとの連絡を受けた僕は、喫茶店へ徒歩で向かった。


到着し扉を開け店内に入ると、勇者は店の掃除を、女神はカウンターに座りPCで何やら調べ物をしているようだった。とりあえず挨拶をし、研修と聞いたけど何をするのか質問してみる。


「あぁそれはね、私たちじゃコーヒーを淹れられないので、代わりにマスターとしてコーヒーの入れた方覚えてもらおうと思ったんですよ。」


「えっ、僕がやるんですか!?急に言われても無理ですって!というかなんで淹れられないんですか?」


「苦くて飲めないのですよ、コーヒーが。味がわからない人間が淹れても美味しく作れないでしょう?」


「じゃあ勇者さんが入れればいいじゃいですか」


「俺も苦いの駄目なんだよね、というわけだから頼むよ賢者」


「賢者じゃなくて賢也ですよ。そもそも開店まであと1週間ですよね?間に合わなくないですか?そんな簡単なんですかね、コーヒー淹れるのって?」


「それは問題ないですよ、メイジールがありますから」


それを聞いた瞬間、先日のクソみたいな魔法を思い出して嫌な予感がしたが、もう手遅れだった…勇者が逃げたのを瞳に映したと同時に、明らかに体に異変があった。


「そんな逃げなくても大丈夫ですよ、この前は失敗したけど今回のは大丈夫ですから」


「たしかに一瞬異変を感じただけで、今のところ何もないけど…大丈夫だと言い切る根拠はあるんですか?」


「勘です」


呆れて何も言い返せず、一瞬沈黙が流れたが女神が気にせず魔法の説明を始めた。


「今かけたメイジールは記憶を強化する魔法です、胸に手を当て肝に銘じるイメージを持ちながら学習を行えば、一生忘れない記憶の出来上がりです。あなたの肝臓に文字が刻まれますからね」


「脳じゃなくて肝臓に刻まれんの?沈黙の臓器なのに文字刻むの!?それ体大丈夫なの!?」


「ふふっ、冗談ですよ、刻まれるのは脳ですよ」


冗談に聞こえないから全然笑えないよそれと思ったら、ついため息を吐いてしまったが、お構いなしに女神は続ける


「そんなわけでさっき検索したコーヒーの美味しい淹れ方動画を、早速メイジールを使って記憶してください」


なるほどそれでパソコンで検索してたのか、と納得する。


「では、流しますね!あぁ、広告が出てしまいました少しお待ちを」


待機してる間に、本当に魔法が効いているのか確かめてみようと、肝に銘じる意識をもって胸に手を当てて、カレンダーでも眺めてみた…すると、脳内に一瞬にして日付に曜日、六曜に祝日それにゴミ収集までもが刻まれた。あまりの衝撃に驚愕していると、女神が声をかけてきた。


「言い忘れてましたが、初回のみ衝撃がデカいんですよその魔法。次の動画を記憶する際は大した衝撃はないのでご安心を。

では、再生しますね」


こちらの返事など一切待たずして女神は再生ボタンを押す。空して軽快な音楽とともに動画が流れ始める。慌ててメイジールを発動させ動画を鑑賞する。それは陽気な中年がつまらないダジャレを時折り言いながら、コーヒーの淹れたかたを丁寧に紹介するものだった。


途中難天カードマンの広告が流れ、余計なものまで覚えてしまったが無事動画はコーヒーを入れ終わり終了した。


一通り見終えると、胸から手を離し、一息つく。


「どうですか?全部覚えられましたか」


「はい、バッチリです。余計なギャグと広告まで覚えてしまいましたけどね!次動画暗記させる時は広告流れないよう課金しといてくださいよ!」


「それのやり方がわからないのですよ、パソコンで動画を見れるようになったのも最近なのです」


「なるほど…じゃあしょうがないのか?

まぁそれはそれとして、せっかくコーヒーの淹れ方覚えたんだし、やってみたいんですけど」


「そうですね、ためし…あぁそうでした」


「どうしました?」


「器具などは調べて揃えたんですが、肝心の豆がまだないんですよ」


「豆ないのかよ!?…あ、でもここから徒歩10分もかかならいところにコーヒー豆の専門店ありましたね、確か」


「そうなのですか?購入してきてくれませんか?」


自分で行ってくださいと言おうとしたが、また得体の知れない魔法をかけられたら怖いので行くことにした。


さっそく店を出て、コーヒー豆専門店へ向かう。歩きながらさっき見た動画を思い返してみる。本当に一字一句思い出す事が出来てしまい感動する。


にしても、あのギャグはないよなぁ。

“コーヒーは公費じゃないと買えないので気をつけましょう”

“豆を持つ際は満面の笑みで持ちましょう”

“モカは儲かりますよ~”

だもんなぁ、余計なもん覚えちゃったよ。


なんてことを考えてたら、コーヒーのいい香りがしてきた。どうやら到着したようだ。さっそく店内に入る。


「いらっしゃいませー」


店員さんに会釈し、コーヒー豆を眺める。

目当ての豆はすぐ見つかった。儲かるし買うならモカ一択だよな!そう思い、モカを手に取りレジへ向かう。


「これくださ…あぁしまった、コーヒー買うのに公費忘れちゃったよ」


「なーに冗談いってるんですか、別に公費じゃなくても買えますよ」


あれ?今冗談で言ったつもりはないんだけど…でも確かに言われてみればなんで公費じゃないと払えないなんて思ったんだ?


「それはそうですね、失礼しました。現金でお願いします、袋はいらないです。」


「こちらお釣りとレシートです。ありがとうございましたー」


なんだか腑に落ちないまま、店を出て喫茶店への帰路につく。歩いてるとひとつのことに気がついた。


最初は気のせいかと思ったが、すれ違った人々が毎回僕を見ているのだ。なんか顔についてるかなぁと思い、ふとガラスに写ったじぶんの顔を覗いてみると…


満面の笑みの自分の顔が!


なるほど…メイジールを使った時はただ暗記しただけかと思ってたが認識が甘かったか…行動にまで影響するのかあれ…相変わらず欠陥魔法じゃないか!そりゃ勇者も一目散に逃走するわけだ。


これつまりコーヒー買おうとしたら公費じゃ買えないと思い込むし、豆を手にすると満面になるってことか、モカについてはあんま害はないか…いやでもクソ魔法すぎるな、なんてことを心の中で呟きながら歩いていたら喫茶店に着いていた。


店内に入るとまず女神にさっきの珍道中を語り、そして苦情をいれる。


「というかこれ解除出来ないんですから?一生豆持つたび満面になるの嫌すぎるんですが」


豆を持ち満面の笑みで苦情を入れる、その時に笑い声が聞こえたので振り向いてみると勇者がいつのまにか戻ってきていた。


「大丈夫ですよ、賢者よ。解除することは可能です、それよりコーヒーを淹れて確かめてみましょう」


「そうそう、まずはコーヒーでも飲んで落ち着きなよ」


そう言うと、勇者は大爆笑した。あまりにも笑っているので怒る気力も失せてしまい、2人の言う通りにしてコーヒーを淹れることにした。


器具を動画のように並べ準備する。そして動画の映像を思い出し、手順通りに淹れ始めようとしたその瞬間!体が勝手に動き出し、動画のおじさんと同じセリフまで勝手に僕の口が話し出したのだ。


唖然としている最中も体は勝手に動くしトークも止まらない。なんとかして止めようと抵抗してみるものの無駄だった…これじゃおじさんに体を乗っ取られているのと同じじゃないか…


終わるまで待つしかないと悟り、爆笑してる勇者とごまかし笑いをしている女神を見ながらおじさんに身を委ねながらヤケクソ気味に今晩のメニューでも考えていると、体が解放された!


「あれ?まだ動画は、難点カードマーン!」


言いかけた途端、今度は広告の再現が始まった。なるほど、やっぱりクソ魔法じゃねぇか!!!


コーヒーが淹れ終わり、解放されるとどっと疲れた。


「味の方はどうです?」


女神がそういうので飲んでみる。


「美味しい…苦労には見合ってないけど」


またまた勇者が笑う。


「とりあえず魔法の方は不完全ですね、調整したいので協力してくださいね」


「え?まだやるんですか?いやに決まってるじゃないですか!」


当然逃げられるわけもなく、メイジールをかけられて、何十回とかけられた後に、ようやく体を支配されずに技術だけが身につき、プロ並みのコーヒーを淹れられる状態になった。


僕が世界一を決めるバリスタ大会で優勝するのはのちの話である…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ