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♪かわいい後半

 エギリオール邸に花束も飾りつけられた箱もないシンプルな手紙のみが届いた。差出人はコンスタンティンで、宛先がハウケアだったために開封する際には兄が同席した。

 ハウケアが読み終わればアマウリーも読みたいと言うので、そのまま横流しした。


 要約すれば『遠慮は要らない。魔術を解きたければぜひ僕を頼ってくれ。またアマウリー殿の魔術を解いて勉強したい、魔法陣がなくて困るのなら同じものを僕がかけ直すこともできるから。』ということだ。本音も明け透けに表明していた。


 おかげで兄は対抗意識に燃え上がっている。


「ははん、これはオレに対する挑戦状なのだな? よかろう。

 あいつがどこまでやれるかみてやろうじゃないか」


「いいえ、手紙は私宛てでしたし、勝負だなんて一言も書かれてません」


「だがオレの魔術をとくだの、同じものをかけ直すだの簡単に言ってくれるじゃないか」


「私が困らないようにだと書いてあります」


「ハンッ。そんなにオレの魔術を解明したいならするがいい。いまかけてある魔術を改良してやるさ」


 指を鳴らす兄をよそに、返信の手紙では申し出への感謝とよろしくお願いします、と日程の提示をしておいた。




 次に受け取った手紙には淡い色の花が添えられていた。女性に送る手紙に花も添えないのは非常識だと兄に叱られたと正直に書いてくるあたり、彼の思惑ではなかっただろう。けれど花はコンスタンティンが選んだもので、万一男から一方的にものを贈られるのが不愉快でなければいいが、と気遣いを見せた。

 今回のことがなければ家族以外からも花をもらえることは嬉しいことなのだ、と知るよしもなかった。実際贈られなければ知り得ぬ感情を味わっている。


 予定した日には、逢瀬ではなく面会といった雰囲気でコンスタンティンの研究室に通された。


「花など余計だと兄にも言ったのだが、僕は常識を知らないからと貶されてな。不快ではなかっただろうか」


 会ったときに改めて花を贈ったことについて訊かれて「嬉しかったです」と答えた。微笑みは声音に乗っただろうか。


「好みに合ったのなら良かった。僕だったら好きでもないものを押し付けられても迷惑なだけだが」


 コンスタンティンは嘘を吐かないところは好感が持てる。言い方には難があるものの。


「もしや嫌な思い出でもおありですか……?」


「昔のことだ。学校に入学してから妙なことが続いてな。学校で庭に出ればやれ花を摘んでくれ、図書室に行けば本を取ってくれ、呼び出されて買い物に付き合えば物を買って欲しいとねだられる。誰も彼もあれをして欲しいこれが欲しいとうるさい」


「それは……、困りますね」


「困った。中庭には庭師がいたし、そうでなくても欲しいのなら庭師に尋ねて自分の手で花を摘めばいいだろう。怪我しているわけでもあるまいし。庭師に話しかけるのを恥ずかしがるくらいなら欲しがるべきではない」


 文句はこればかりにとどまらず。


「図書室には踏み台が絶対に用意されているのにどうして女ばかりが都合よく僕を使おうとするんだ。断れば化け物を見るかのような目をする。中には泣く女生徒もいた」


 乙女心ありき、気になる人から構われたい、好きな人から贈り物をもらいたいという思いだったのだろうが、コンスタンティンにはこれっぽっちも伝わっていなかった。


「かと思えば菓子や使いもしない筆記用具やら小物を押し付けてくる。なんなんだあれは。理解しかねる」


 使っていたペンを机の上に置いて席を立ったりするとよく失くしていたので助かったといえば助かったのか……と険しい顔になる。


「興味のないことに関心を向けるには人生は短すぎる」


 昔ではなく、別の方角で遠くを見据えていた。

 彼の目指すところは兄とよく似ている。親近感を覚えてハウケアは自然と頬をゆるめていた。


「つまらない話はここまでだ。魔術を見せてもらう」


 本題の前に緊張を解くための雑談だった。コンスタンティンにしては頑張ってもてなしたのだろう。おそらくはプラネウスの入れ知恵。

 しかし過去の一部に触れることで、彼を形成するものを知れた気がした。


 率直を通すのは、言い換えれば誠実。コンスタンティンの場合は愚直。でも目標にはがむしゃらで達成するまで音を上げない。自分が努力する過程で愚痴を言わないなど、一本気でかっこいいのではないか。







 ハウケアを媒介にしてアマウリーとコンスタンティンの非公式魔術バトルが勃発してしまってから数ヶ月。ハウケアは存外に楽しんでいる。魔法陣を調べて解明していくコンスタンティンとの、わずかながら発生する対話を。


「これはすでに鎧だ」


 解いても解いても出てくる魔術を、コンスタンティンはそう呼んだ。

 十回二十回と魔法陣解読の日にちを重ねて、癖の強い魔法陣の解読に手こずりだした。

 魔術を挟んで睨めっこしていると、ハウケアの指が一点を指す。あちら側からは影になってどこを指したかは見えるはずだ。


「おそらく、ここからひとつ飛ばした隣の魔法陣が(つい)となっているはずです。直隣(じかどなり)は擬似の飾りでーーコスタさまから見て右側に進んでください」


「あ、ああ……これか」


 発光後に魔法陣が三つ同時に消える。ハウケアの助言は大いに役立った。


「もう解いてしまわれるなんて」


「待て、きみは以前魔術は自分では解けないと言っていたじゃないか。それが眺めているだけで魔法陣の構成を理解したというのか?」


「最近、兄から魔術について教わっているのです。せっかく優秀な教師が身近にいるのですもの、習うのは無益ではありませんでしょう」


 かといって成果は微々たるもの。兄の発想は突飛すぎるし、複雑で解説はあちこちを飛ぶのでハウケアは十分の一も理解した気にもなれずにいた。

 それでも兄に張り付いて質問を続けた。


「コスタさまを捕らえているものの魅力を理解したかったのです」


 魔術を解くことと兼ねて、コンスタンティンと肩を並べ助手のようなことを始めた。誰に請われても研究の同席を拒絶していたコンスタンティンは、ハウケアの存在を認めてくれているのだと思う。


 誰とも相入れず日々を過ごす彼はそれなりに逸脱している自覚がありそうだった。人へ絡んだり理解を求めないところだとか。彼が理解されないのは、これまでの出会いが悪かったにすぎない。だってハウケアとはこんなにも楽しく作業ができる。

 紙の破片を集めるにしても、整理方法に迷わなくてすむことがありがたかった。


「コスタさまのメモ書きはわかりやすいです。兄は字が汚くて、王宮に文書を提出するときには私が清書することもあります。読めるのも私しかおりませんし」


「アマウリー殿は秀才だ。頭の回転が速いと手記が追いつかないという。それだろう」


「コスタさまも並外れた魔術師ではありませんか?」


 だというのにこの字の違い。


「僕は、地頭がいいわけではない。持てる全てを魔術のための時間に使っているだけだ。それでもアマウリー殿の足元にも及ばない」


「そうでしょうか?」


「既に人が完成させたものを読み解くのと、ゼロから組み立てるのでは難易度が桁違いだ。僕がひとつ新しい魔術を考える間に、アマウリー殿は十も二十も実用的な魔術を生み出しているだろう」


 首を傾げたハウケアを、コンスタンティンが見ることは叶わない。まだ魔術の壁は分厚い。


「僕が本格的に魔術に嵌ったのは、王宮に設置されたアマウリー殿の魔術をこの目で見てからだ。幼いながら、僕とそうそう変わらない歳の少年が作ったという魔術に感銘を受けて、アマウリー殿の作った魔術を片っ端から解読した」


 顔を背けて、遠い目をする。


「まだ僕はあの人を追いかけるだけなんだ」


 静かに魔術の解読に戻った。




「コスタさまの書いてらっしゃることを読んで、いまさら兄の魔術語りに得心がいきました」


 兄の説明では理解できずにいたことが、コンスタンティンと過ごすうちに得た知識がパズルのように当てはまり「あれはこのことを指していたのか」と気づくことが多かった。


「稀代の魔術師、先駆けと呼ばれているのは、コスタさまも同じですよ」


 困惑している。呼び名を嫌っているのか、ただ単に照れているのか。


「兄の魔法陣を完璧に解読できるのは、十七年一緒にいる私でもなく、コスタさまなのです。誇ってください」


 励ましは効いたようで、彼の自信の一部にはなれたようだった。






 魔術の解術の日、ハウケアはいつものように研究室に案内された。扉をノックしても反応がない。案内してくれたメイドに向き合うと、入室するように促された。


「集中してお返事なさらないときもままございます。部屋にお入りになれば気づかれますので」


「まぁ。よいのかしら」


「どうぞ。本日のお約束は我々も伺っておりました」


 研究室の中では、机から落ちたのか紙が床に散らばっている。ぼやけた視界でコンスタンティンは机の上で背を丸めているのがわかった。転がっているペン先のインクはまだ濡れているので、ほんのさっきまで起きていたのかもしれない。

 ペンをそっと拾い上げてペン立てに戻す。




「お茶をお持ちしました」


 使用人の声でコンスタンティンは目を覚ました。


「……予定は今日だったか」


 背伸びをすると、凝り固まった体が関節を鳴らす音を立てた。


「お疲れのようですね。出直して参ります。またお手紙でお知らせくださいますか?」


「いや、いいんだ。ここにいてくれ。失礼をした」




 間もなく消えゆく魔法陣がひとつ、ふたつ、みっつ。

 周囲の人間に危害を加えるような魔術を消して、コンスタンティンの集中力もついでに切れた。


「すまない。今日はこれで限界だ」


 無理して続けたために、失敗して変な影響を残してしまうのもハウケアに悪いと、早めに作業を切り上げた。

 ふらふらとソファに座り込む。背面には毛布がぞんざいに掛けられていた。彼はよくここで夜を明かしているらしい。


「お疲れのところありがとうございました」


 うつらうつらと首を縦にして、毛布に包まった。


「ではまた次回……」


 語尾はあくびとなって伸びていく。

 はい、と背を向けたところで床に散乱した紙がどうしても気になったハウケアは、簡単に片付けることにした。

 机の上の本にもしおりを挟んで、気持ち並べておく。

 コンスタンティンは身じろぎもしない。


「もうお眠りになってしまわれましたか?」


 返事はない。求めていたわけではなかったけれど。構わず独り言を紡いだ。


「兄さまはその昔、私に対してとっても意地悪だったんですよ。と言ったら、信じてくださるかしら?」


 アマウリーは少年時代から魔術にのめり込んでいて、学校に通う前からも魔術の本を読むか魔術を試しているかしていた。机の上にこうして山のように本を重ねて、背中を見せていたころを思い出す。


「私は兄さまのことが大好きでした。兄は魔術の邪魔をしてしつこく後をついてくる子どもが煩わしかったのですって。わざとキツい物言いをしたり、小突いて突き放したり、撒いて身を隠したりしたそうです。とはいっても、私も詳しく覚えてなくて両親から聞いた話がほとんどです。たくさんかくれんぼに付き合ってくれたと思ってたんですけど、あれは私から逃げてたんですね」


 魔術に守られた結界の中で、ハウケアは手遊びをする。寝ている人間相手でも、過去の話をするのは落ち着かない。

 まるで罪の告白のよう。


「ところがある日、家に遊びに来た兄さまの同級生が私の見た目を気に入ったらしくて。

 絶対に婚約者にすると言って聞かなくて、連日来ては私を怯えさせて泣かせていたとか。兄さまはその少年を追い払って、私のことを守ってくれました。だから現状はその延長線上といいますか」


 この、四方八方どこを見ても魔術がある状態になってしまった。数えるのも面倒になるほどの重なり。


「やっぱりこの量の魔術は過剰だとは思うんですけど……」


 妹は守るべき存在だと自覚したアマウリーは態度を豹変させた。ハウケアは素直で、優しく構ってくれる兄にさらに懐き、兄の心をめろめろとろとろに溶かした。


「兄さまがああなったのも、兄さまだけの責任ではありません。私もどこかで止めるべきだったのでしょう。でも兄さまが向き合ってくれるのが嬉しくて。兄さまが生き生きと魔術を開発する姿を見ていたくてこうなってしまいました」


 魔術の防壁にかかっていては、彼が寝ていてくれているのか、寝息を確認することもできない。諦めて立ち上がる。


「コスタさまには私たち兄妹の不始末をさせてしまって、申し訳なく思っています。でも、楽しそうに兄さまの魔術を解くコスタさまのこと、私は、す、……素晴らしい、魔術師だと感じています」


 顔がみられなくてこれほど安心したこともなかろう。独り言に混じってとんでもないことを口走ろうとしていた。


「お休み中に変な話をしてしまってすみません。悪い夢を見ないといいのですが」


 小さな足音が遠ざかってからやっと、コンスタンティンは瞼を押し上げた。


「……目が冴えてしまった……」


 仕方なしに起き上がり、机に向かう。






 堅実にハウケアの魔術の鎧は剥がされていっている。毎度妹のためリザルデ家へ付き添うアマウリーは苛立っていた。

 彼が妹を待っている間、相手をするのはプラネウスだ。


「あんな奴なんかに……!」


 その「あんな奴」の兄の目の前で言うものだから、あんな奴でもかわいい弟なのだが、と返したいのを我慢して質問する。


「なんでそんな妹大好きなんだ?」


 プラネウスがアマウリーと出会ったときにはすでに、揺らぎもしない執着愛が形成されていた。

 じっと黙って、話す気はないのかと思った矢先にぽつりと言葉を落とした。


「学校に入って寮生活を始めるまで、オレは世間を知らなかった」


 俯いて、罪の告白をするかのように。


「ようやく妹から解放されて魔術に専念できるとすら思っていた」


 当時すでに一般常識からズレていたアマウリーは、周囲に受け入れられずいじめの標的となった。


「権力と腕力に負けたオレは、長期休暇の里帰りでハウケアに救われたんだ。しょうもないオレを無条件に好いてくれて帰りを喜んでくれた妹に」


 心からの輝く笑顔で「おかえりなさい、兄さま」と抱きつかれた瞬間に人目もはばからず泣いた。幼かったハウケアが覚えていないのが幸いだ。


「ハウケアはオレの人生の転機で原動力なんだ」


 さらにいじめの加害者がハウケアの存在とその美貌を知り、彼女を利用してアマウリーを絶望のどん底に突き落とそうと計画していると悟ったので、叩き潰した。ご自慢の魔術で、いじめっ子のちんけなプライドが粉塵になるまで。






 コンスタンティンの動きが止まった。作業は終了したようなのだが、「今日はここまで」と区切りをつけない。ハウケアは待ち続けた。


「僕がこういうことを言い出すのはおかしいだろうが」


 言い出したきり、そのまま黙り込む。


「なんでしょうか? おっしゃってください」


 コンスタンティンからは曇りガラスを挟んで対立しているようにぼやけているが、ハウケアが瞬いたのは見えた。


「きみは僕の理想だ。結婚したい」


 ハウケアは息を飲んだ。


「……私の、姿も知らずに、ですか?」


「もとから女性の外見には興味がない。というか、きみに出会うまで女性に関心が湧かなかった。僕の人生には魔術さえあればいいと思っていたんだ」


 ふるり、とコンスタンティンは首を振る。


「それをきみが変えてくれた。隣にいて楽しいと思えた女性ははじめてだ。きみはとても努力家だし、僕のやりたいことに理解を示してくれた。僕もきみのことを理解したい。

 文句ばかりの僕に偏見なく接してくれる優しいきみを」


 ハウケアは微笑んでいるのか、辛そうにしているのか。


「……ありがとうございます。

 魔術を全て解いてくださったときに、お返事いたします。

 よろしいでしょうか?」


「ああ。必ずきみを魔術から解放する。

 きみの兄からも解放する、と言いたいが兄上のことは慕っているんだろう?」


 ふっ、と笑っている空気があった。


「はい。自慢の兄です」


 会話が途切れ、黙々と作業に戻る。

 光に撫でられ、兄の魔術が一つひとつハウケアから離れていく。兄離れしろと言われているかのようだった。


「これが最後の一つだと思う」


 ゆっくり丁寧に確かめているのか、進展もなく時間だけが過ぎていく。

 ようやく陣が崩れていくーー、と思ったら複数の魔法陣が展開して逆に数を増やしていった。

 完璧に解いた、と思ったのに。


「ハウケア嬢……?」


 なによりも魔術を解くことを楽しみとしていたコンスタンティンが、わざわざ魔術をかけることはしない。アマウリーの罠、間際の抵抗だとでもいうのか。


「すみません。なんだか急に、その……」


 ハウケア自らの仕業だったらしい。防御装甲を厚くするハウケアの魔術に対抗してコンスタンティンは再び解読にかかった。

 追いついて、拮抗して、今度は追い越して。

  照れ隠しに張られた陣をとっぱらっていく。再びひとつだけになって、コンスタンティンは手を止めた。


「君の合図でこれを解く」


 判断はハウケアに委ねられた。

 もし彼女が考え直したいというのなら、彼女のありのままの気持ちをコンスタンティンは尊重する、と告げた。求婚をなかったことにしたいのならそれでいい、と。


「……どうぞ、解いてください」


 終わりにしてはあっけなく魔術でできた幕が引き上げられて、ハウケアは口を開いた。


「ようやくお姿を見ることができました、コスタさま」


 やわらかそうであたたかくありながらキラキラと明るい金髪。ゆるやかなアーチ型の細い眉。(こま)やかな光を返すアクアマリンの瞳。この味気ない部屋に春がやってきた。

 体温は急上昇し、ハウケアの声は天上の調べのようにコンスタンティンの耳をくすぐる。


 美しすぎるものを目前にすると人は言葉を失うものだ。

 それとも、全てがコンスタンティンの嗜好にドンピシャだとでも言うのか。女性の好みなど、考えたこともない男の。


 流れ星より美しく輝くバニラ・ブロンド。

 天使の心より澄んだ瞳。

 春の女神の化身。


 まさにーー、と、いまならアマウリーに全面同意する。


 これが血の通う人間なのか。二つの宝石がコンスタンティンを見つめている。あの朱唇で名前をこれまで何度も呼んでくれた。

 天上の雲の上に立っているように心と足が心許ない。

 アマウリーが妹が関わると過剰反応してしまうのも頷ける。これは保護しなければならない宝だ。


「きみの兄さんにきみとの結婚を認めてもらうにはどうすればいい?」


 障壁の除かれたハウケアを目にしてからというもの、陶酔していた彼の第一声にハウケアは目を見開いた。コンスタンティンはその反応を見て口を抑える。


「いま僕は何を口走った? いや、その、違うんだ。違うけど、撤回はしないぞ。少なくともこんな形で訊くつもりではなくて、だな……」


 しどろもどろに顔を赤くするコンスタンティンに、ハウケアは首を傾げた。


「それは、単なる質問ですか? それとも……?」


 息を吸い込んで、自身の胸に片手を置いた。


「いいや。改めてきみに求婚したい。

 ハウケア・エギリオール。好きだ。魔術の研究中にもきみのことを考えずにいられないくらいには、好きだ。これから先、そばにいられるとしたらどれだけ幸運で幸福だろうと思う。きみをいつでも笑顔にしたい。僕が、きみの一番そばで笑顔を見ていたい」


「ありがとう、ございます……」


「ならん!!」


 割り込むのはガチガチと威嚇のように歯を鳴らす低い声。


「認めてたまるか! 魔術の解けたかわいいハウケアの見た目に惚れたのだろう」


 駆け込んできたのは言わずもがな、アマウリーだった。


「外見を好ましく思ったのは認めますが、姿を見る前から求婚すると決めてました」


「どうだかな」


「コスタさまのおっしゃっていることは事実です、兄さま。私が返事を保留にしていたのです」


「なんだと?! いい、家で話をきく。おいでかわいいハウケア」


 パチッ。

 妹に触れようとしたアマウリーの手が弾かれる。ハウケアが拒否したのではない。新たな魔術がかけられていた。


「頭に血が上りすぎですよ、アマウリー殿」


 抑えられない不敵な笑みを浮かべつつ、コンスタンティンはハウケアに手を差し出した。ハウケアは戸惑いつつも、その手を取る。何も起こらなかった。優しく引き寄せて、今度はハウケアの肩を抱く。


「全ての魔術を解いた上で、オレを出し抜いたというのか」


 まだ痺れる腕を握りしめて、コンスタンティンを睨む。


「僕はあなたの魔術の第一のファンで研究者ですから」


「オレからハウケアを奪うのか!」


「いいえ、僕は彼女に寄り添いたいんです。ハウケア嬢は自由です」


「兄さま。コスタさまは兄さまの魔術を解かれました。正当な手順で求婚をなさったのです。兄さまが手を出せるのは魔術が全て解かれる前まで。以降の判断は私のものですよね」


 妹の言い分が正しいことを否定できず、アマウリーはぐっと拳を握るだけだった。


「私はこの求婚をお受けします」


 兄が口にできたのは「ああ……」という脱力の声のみ。






 婚約発表の場には、千切れたハンカチがいくつも落ちていたとか。ことごとくに桃色からオレンジ、赤まで口紅の染みがついており、淑女たちが悔しさから噛みちぎったのだと会場の片付けに当たった使用人は語る。折れた扇子や引きちぎられた飾り羽もそこら中に散らばっていた、とも証言された。

 全てはハウケアの姿に嫉妬したため。

 唯一色のついてないハンカチはアマウリーのものだったとか、参加した誰かの落とし物だったとかいう噂があった。



おしまい。



最後までお付き合いくださりありがとうございます。


総計23「かわいい」を使用しておりました(サブタイトル除く)。

思ったより少ない。

もっと振り切ってギャグにしたいのに、私の作風じゃ難しいですかね。ギャグのときはギャグらしくノリノリでぶっ飛んだ文章書いてみたい憧れです。

魔術っていうのなら陣は魔術陣になるのか?でも魔法陣のほうが音感が良い…などと悩んだりしました。


ヒーロー、主人公っぽい名前で探してコンスタンティン(Konstantine)の愛称たくさんあって良きでした。

(Costel, Konsti, Konsta, Konse, Kosta, Kostya)

ハウケア(Haukea)は「白雪」という意味だそうです。


エギリオール兄妹はシスコンとブラコンをこじらせてるなぁ……。

この後のアマウリーとコンスタンティンは、肘で互いの脇腹を小突きあいながら仲良く(?)研究してます。


連載が上手く書けなくてもがいてますが、またみなさんに別な作品でお会いできますように。


July 2nd, 2023

誤字脱字報告ありがとうございました!


All Rights Reserved. This work is created by 枝の先よんほん(枝野さき). 2023.

Copy and reproduction are prohibited.

I will not accept to make profits through my work without my permission.

Thank you very much for reading my work.


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[良い点] たましいがじょうかされました…ほのぼのかわいいお話でとっても楽しかったです…恋愛にミリも興味なかったヒーローが恋を知るお話って…さいこうですね?!
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