11月6日 篠木七海
黒板に書かれている図形は、どこか曲がっているように見えた。数学の授業は退屈だ。この時期は、ほとんど問題を解いて解説の繰り返しだった。初めて習う単元は、ない。受験に向けての授業ばかりだった。勉強を本気でしてはいないけど、それなりに問題は解けた。
先生は、黒板を使いながら、必死に問題を解説している様子だった。俺は、先生の解説が口パクのように見えて仕方がなかった。まぁ、それだけきちんと聞いていないということなんだけど。俺は、窓を見ながら、家の隣に住んでいる篠木のことが頭に浮かんだのだった。
篠木七海。昔からの幼馴染。今は、聖徳高校に通っていた。俺が覚えている彼女との最初の記憶は、小学校1年生の頃だった。俺がバスケットボールで遊んでいると、後ろから一緒に遊びたいと直訴してきたのだった。
俺は、中学から海美学園に行ったから、彼女とは徐々に会わなくなってきた。しかし、篠木のお母さんが亡くなった時は、葬式に行った。あの時は、とても印象的だった。悲しいはずの篠木は、涙いっさい見せずに満面の笑みで参拝者にお辞儀をしていたのだった。苦しみを見せない強さなのだろうけど、俺には、絶対マネすることができなかった。
俺の親が出て行き、新しい親が来た頃には、もう何もかもがどうでもよくなっていた。名前も、長谷川という名字から変わってしまった。こんなあっけなく変わってしまう社会のシステムでいいのかという疑問があった。
お母さんが出て行ったのだから、本来名字は、変わらないはずだけど、お父さんがこの名字を変えたいという謎の理由で再婚した相手の名字に変わってしまうというよくわからないことが起きていた。"親の心、子知らず"とはよく言ったものだけど、俺の家では完全に逆転していた。
お父さんには、申し訳ないけど、俺のことは全く理解できていなかった。というか、知ろうとすらしていない。別に悪い人じゃない。それなりに稼いで、それなりに性格もいい。それなりになんでもできるからこそ、子どもにも興味が持てないんだろうと思っていた。お母さんと別れてから、半年ほどで付き合い始めて、1年で再婚したのだった。
当時、俺に再婚の話をしてくれたけど、反対する余地すらなかった。お父さんの再婚相手は、不思議な人だった。高校生の俺には、まったく良さがわからない。お母さんとはずっと呼べず、名前の菜美子さんと家では呼んでいた。