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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢の中

夢の中

作者: 神薙神楽

 そう、いつかの春の日だった。多分、五年以上前のこと。家の近くの土手で深雪と誰かと一緒に白詰草の冠を作っている。あのとき、下手な冠を贈りあった柔らかい笑みを浮かべたあの子は誰だったのだろう。


たまにあの頃を思い出しても、それだけが思い出せない。


 手に持った包丁が肉を切った。血は思ったより流れたが、不思議なことに自分の手には付かない。しっかりとペットボトルに回収し、空気が入らないようにする。気持ち悪いし悪趣味だと自分でも思う。しかし、必要なのだ。ペットボトルをカバンに入れる。視線を死体のほうにやる。

そこには…死体がなかった。


 「 っ 」

 心臓がバクバクと鳴る。今日の夢は悪夢だった。人を殺す夢。顔は見えなかったが、きっと妹の牧原柚希。何故か妙に私は確信していた。

 柚希は私にとって一年程前何も前触れもなく突然できた妹だ。それまで私の妹は、深雪だけだったのに、親からの説明もなく家族に勝手に加わった。気味の悪い異物。それが柚希だ。私は今日一日今日の夢について考えていて、塾の合間に夢占いも調べた。さすがに妹を殺す夢を見る人はいないようで成果はなかったけれど。友人に話せば、うまい推理小説扱いだ。


 私にとってあの夢は悪夢で片付ける以上の意味があった。柚希は私とは正反対だった。物覚えがよく、運動もできるし人当たりもいい。対して私は、不器用で怠惰な性格、運動は無駄に大きい身長を持て余しチームの足を引っ張り、人に対する愛想なんて欠片もない。私の持っていないものを柚希はすべて持っていた。柚希は私の欠けたところを見せる鏡なのだ。


 私は思った。あの夢は、きっと天啓なのだ、と。


 そして、それならば、あの夢のとおりに柚希を殺さなければいけない、とも。


 それから四ヶ月はずっとずっと殺す準備をしていた。雪の日にカバンに雪を詰め、ペットボトルを用意した。勿論足を切る用の刃物も。全部。

 そして決行の夜。柚希の口を封じ、手を縄で結び、洗面所に持っていく。そして、足の腱を切り、血を集めてカバンに死体を詰める。思ったより簡単だった。家の庭にカバンを隠しておく。この時はまだ、柚希は死んで、もう私は柚希に邪魔されないと、思っていた。


 ピピピピ ピピピピ ピ

 目覚ましの緊張感のない音が部屋に響く。冬なのに着ている服は半袖だ。それなのに全く寒くない。どうしてだろう。そんな疑いが浮かんだが、すぐに消えた。

 階段をくだり、顔を洗い、リビングに行く。ただそれだけなのになにかが、違う。

 リビングに入って、あ、なるほどと、思った。カレンダーを見ると、十月。柚希を殺したのは二月。私の意識は四か月も時を遡ったのだ、私に罪だけを残して。


 それから柚希を殺した。何度も、何度も何度も。たまに殺せなかったりもした。

それでも絶対に二月のあの大雪の日の夜より先の世界は見えない。戻る度に、もう、柚希を超えて、柚希を排除することは諦めろと、世界から否定されたようだった。


 何度目かも分からない大雪の日だった。いつの間にか家の庭にいた。疲れた。肉体的な疲労もあるが、同じ世界を永遠にまわり続けたことに飽きた。

 どうしてこうなったのだろう。

 柚希を初めて殺したとき、あの夢を見た翌日、準備をしていたとき、それとも―、


 私が柚希を勝手に妬ましく思わずに身の程をわきまえていれば、こんなことにならなかったのだろうか。


 真っ白な雪だ。まだ降った量が少ないのと、下の芝生が合わさって白詰草のようだ。

「琴葉お姉ちゃん」

 後ろからマフラーをかけられる。誰なのかすぐに分かった。柚希だ。なら、このマフラーは私を絞殺するための物だろうか。あんなに殺したのだから、当然の報いだ。


 何故かあの春の日の光景とかさなった。


 ああ、思い出した。そうだ、


 あの誰かは、柚希だ。


 目の前が白と黒でチカチカする。またあの夢を見た日に戻るのだろう。でも、妹を殺すような大罪人の罰には軽すぎる。もうそれでいい。大丈夫。

 最後、辛うじて見えた景色には小さな白詰草が水に濡れていた。


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