五、びっくり
興奮と恐怖。
「よし君、それじゃとれないぜ。もう一本作ってきたから、これをつかいなよ」
と、まさ君はぼくにつりざおをかしてくれた。
「ありがとう」
ぼくは、ぎゅっと、つりざおをにぎりしめた。
「まずは、いりこをつけるんだ。一匹とれたら、こんどはザリガニのしっぽをつかう」
「ザリガニのしっぽ!」
ぼくは目を丸くして聞き直した。
「そうだよ。ザリガニのしっぽは、よく食いつくんだ」
(それって、自分のなかまを食べるってことだよなあ・・・とも食いかあ)
と思いながら、ぼくはいりこをひもにむすびつけると、さおをふって投げ入れた。
水面にすーっとエサをめあてにザリガニがよって来る。
しばらくすると、ぐいっと糸を引くかんしょくが、ぼくの手につたわった。
そおっと、さおをあげてみる。
いりこをつかむ赤いはさみが見えた。
(やった!ザリガニだ!)
ぼくは、うれしくて思いっきりさおをあげた。
ぶんとつりあげられたザリガニは、びっくりしてはさみを外し、向うがわにとんでいって、ぽちゃんと水しぶきをあげた。
「よし君、強すぎ。おっ、おれにも来たぞ!」
まさ君は、なれた手つきで、しんちょうにゆっくりと、一匹目をつりあげた。
かれは右手でザリガニのどう体を持つと、ぼくにむかって見せてくれた。
ザリガニはきょうぼうなはさみを、いっしょうけんめいにふりまわし、足をジタバタさせている。
「よく見ていてね」
まさ君は、左手でしっぽをつかむと、かんたんにギュっとねじって、ザリガニのしっぽをとった。
そして、どう体はぬまへと投げた。
「また生えて来るから。あとはエビの皮むきといっしょ」
しっぽのからを手ぎわよくむしりとって、おすしのあまエビのようにすると糸をくくりつけ、ぬまへ投げ入れた。
「これに変えると、どんどんつれるんだ」
まさ君の言う通り、次々と彼のさおにザリガニがとれていく。
ぼくは、しばらく見とれていたけど、つりざおに集中して、ザリガニのかかるのをまった。
やがて、ぐいっと糸がひっぱられる。
今度はしんちょうに用心してつりあげた。
近くで見るザリガニはこわい、しっかりと片手のはさみでいりこをつかみ、もう片方のはさみをブンブンふりまわしている。
ぼくは木の上につりざおをおくと、あばれるザリガニをおそるおそるつかまえようと手をのばした。
「いたいっ!」
はさみが、ぼくの人差し指をはさんだ。
よしこやゆみちゃんが、ぼくと同じようなしかめっ面をしてくれたのが見えた。
ブンと手をふるとザリガニは、またポトリとぬまに落ちた。
「だめだよ。おなかを一気につかむんだ」
まさ君のアドバイスも、ザリガニの目がぼくをにらんでいるようで、大きく見え、とてもつかめるとは思えなかった。
「そんなこと言ったって・・・」
ぼくは、ザリガニがおそろしい生き物であることを、今日はじめて知った。
(ずかんにはカッコよくのっていたんだけど・・・あんなにきょうぼうだとは・・・)
「まぁ、なれだな」
と、落ちこんでいるぼくの耳に、聞きなれない男の子の声がした。
見ると、野球ぼうをかぶった背の高い男の子がいて、そのとなりにえり子ちゃんがいた。
「お兄ちゃんも来ちゃった」
そう言って、わらいながら2人は、信じられないことにぬまに入っていった。
(しかも、はだしで・・・)
2人は平気な顔をしながら、にごったぬまの中を進んでいくと、木のかげなどに手をのばし、次々にザリガニをつかまえていった。
「お兄ちゃん、ニホンザリガニどうする?」
えり子ちゃんが、青白いザリガニを見せる。
「別にいらないよ。ちっちゃいから・・・あっ、こいつ、だっぴしたばっかりだな、ぶよぶよだよ」
お兄ちゃんは、自分の持つザリガニを投げすて、ほかのザリガニを探す。
「そう」
えり子ちゃんは、手に持ったニホンザリガニをなげようとした。
「ちょっと」
ぼくは思わず言った。
えり子ちゃんと目が合う。
「いる?」
ぼくはコクリとうなずいた。
「はい」
えり子ちゃんは、ぼくの手の平にそっとニホンザリガニをおいてくれた。
たしかに、ニホンザリガニはアメリカザリガニより、2分の1ぐらいの大きさでちっちゃかった。
でも、かっこいいし、レア感がある。それに、はさみもちっちゃかったので、ザリガニをつかむ練習にもなった。
ぼくらが、さおでつりをしているうちに、2人はあっという間にバケツの中を、ザリガニでいっぱいにした。
「・・・・・・」
ぼくは、あぜんとなった。
バケツからはザリガニがあふれでている。
「よし、えり子、帰るぞ」
「うん、兄ちゃん」
2人はゆうゆうとぬまからあがる。
「じゃあな」
「バイバイ」
まるで、あらしがさったようだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ぼくとまさ君は、おたがいの顔をみあわせるとうなずいて決意した。
つりざおをおいて、ぼくはくつとくつしたをぬぎ、まさ君はサンダルをぬいだ。
そうして、ぬまの中へ入って行く。
深いところで、ひざこぞうがかくれるくらいだった。
さっきの2人を見て、とり方は近くで見たので分かっている。
はじめは手こずったけど、一度コツをつかんだらドンドンと、おもしろいようにザリガニがとれていった。
しばらくすると、よしこやゆみちゃんまで、ぬまに入ってきた。
いっしょうけんめいに、ザリガニをとっていたけど、だれかがぬまの水をひっかけたことで、どろ水のかけあいになってしまった。
家に帰ると、お母さんにしかられたっけ・・・。
でも、いっぱいとれたザリガニの山には、びっくりしたなあ。
思いきって。