姉が好きすぎる弟
僕にはエーデル・アトワイルと言う姉さんとアレス・アトワイルと言う兄さんがいる。
2人はお父様似で、髪の色も同じ紫色。僕は母様の血を強く受け継いでいるから、カッコいいよりは可愛い系みたい。
金髪に赤い瞳の僕。身長がもう少し欲しいけど、姉さんが可愛いを連呼するからこれで良いかなと迷っている。うぅ、でもやっぱりもう少しだけ身長は欲しいな。
「えへへ、可愛い。レファール、可愛いよー」
僕が生まれて10年が経った。
今日も嬉しそうに僕の頭を撫でる姉さん。日課になっているからか、使用人達は微笑ましく見られている。注意なんて誰もしない。お母様が密かに見ているのも知ってるけどね。
お母様には内緒だよと言い、お菓子を貰う。廊下で渡す時点で隠す気が無いように思えるんだけど、素でやってるから姉さんは気付かないだなって思う。
全部、お母様は気付いている。気付いてて言わないだけだし、見逃している部分が大きい。
お父様は仕事が忙しいけど、兄さんが遅く帰って来るようにと仕向けている。
何も知らないし、バレてないと思ってるのは姉さんだけだ。姉さんに仕えてる執事のレオグルが、何度か言おうとしてたから睨みを効かせて黙らせる、なんてこともしばしば。
兄さんに告げると脅せば、レオグルは結局黙る。そうそう、そのまま大人しくしてくれればいいの。
「レファール。どうしたの、美味しくない?」
「ううん、凄く美味しいよ」
「そう? なんか考え事してたんじゃない」
「それは姉さんの方でしょ。またため息ついてるし」
「うっ」
図星をつかれてしゅんと落ち込んだ姉さん。
何度か迷う素振りをみせたけど、諦めたように事情を話してくれた。
姉さんが好きなのは、執事のレオグル。
黒髪に蒼い瞳の男性。海のように綺麗な瞳だからと、姉さんはもう夢中だ。
だから婚約の話は一切聞きたくない。でも、お父様が勧めてくるし1回だけは会わないといけないんだと愚痴を零した。
へぇ……殺意しか湧かないな。でも、姉さんにバレる訳にはいかないから、何でもない風を装う。
「うぅ。レオグル以外なんて嫌」
「よしよし」
姉さんが褒めてくれる時、頭を撫でられると嬉しい。
だから僕も姉さんに習って真似をしてみた。すると、嬉しそうにしてぎゅっと抱きしめてくれる。
……うん。姉さん、可愛いな。
「お、何してたんだ。俺も混ぜろ混ぜろ」
「え、嫌よ。兄さん」
「良いじゃんか、別に」
気配からして兄さんなのは分かってた。
僕達2人をまとめて抱きしめて「兄さん帰ったぞぉ」と甘えて来た。姉さんはずっと嫌そうにしてたけど、本気で嫌がるなら払いのければ良い訳で……。
それをしないって事は、姉さんはそれなりに寂しいって事だもんね。
「「おかえり、兄さん」」
「おう。今日も忙しがったぜ……。癒しがあるのは良いもんだ」
「はぁ……。私なんて1度は会えってうるさいよ」
「あ?」
気分が下がると言う姉さんに、機嫌が悪くなる兄さん。さっきまで笑顔だったのに、既に殺意を宿した目でレオグルを睨んだ。
その空気に、他の使用人達はサッと逃げていく。これから何が起きるのかを察しているし、巻き込まれたくないからだと分かる。
次の瞬間、無言で魔法を放つ兄さん。
レオグルは予想していたとばかりに防御魔法で防ぎ切る。それを見た兄さんは苛立つ様に舌打ちをし、文句を言い始めた。
「おいっ、そんなの聞いてないぞ!!」
「アレス様には言うな、と。旦那様に言われていたので」
「俺を出し抜こうってか……。全部、潰してやる!!!」
そんな会話をしながら、2人は殴り合ったり魔法の打ち合いを始めた。
密かに僕が防音の魔法をしているので、姉さんは気付いていない。攻撃の余波が来ることはないのは分かっている。
兄さんもレオグルも、姉さんに気付かれたくないからと最小の動きで互いを牽制。
みるみる内に廊下は半壊していき、場所を変える為にと2人は即座に離れた。そして、姉さんが気付いた時には大慌て。
お母様は見ていたのにも関わらず「今日も元気ね」と笑うだけ。
頭を抱えるお父様が面白いらしい。その反応見たさに色々と見逃しているんだなと最近になって気付いた事だ。
レオグルはアトワイル家の外での掃除をしている。
この家に来る魔物やハンター達の処理だ。吸血鬼の国であるバーティス国は結界で守られているが、防壁の意味合いを持っていない。
太陽の光を浴びても大丈夫なようにしているだけ。
ゆえに城の守りや国の門番には、魔法で使役した魔物が配置している。野生も入ってくるが、その度に狩っているのは守りの役割を担っているレオグルのような吸血鬼。
いつものひと騒動を終え、姉さんが兄さんの事を叱る。
大人しくしながらも、レオグルの事を睨むという器用な行動をしているのも同じ。レオグルの方も慣れたのか動じない。
姉さんが好きでしょうがないのはレオグルだと、兄さんは気付いている。だからイライラしてる。僕もほんの少し前までは同じだった。邪魔者扱いするけど、実力は高いし有能なのも事実。
「……姉さん」
「ん?」
「姉さんはレオグルと幸せになりたい?」
「うん、もちろん」
即答。
当然だと言わんばかりに、当たり前の答えだと言う態度に僕は満足した。うん、それを聞いたら叶わない訳にはいかないよね。
兄さんの言う事には逆らうけど、僕は姉さんに幸せになって欲しいからごめんね。
後日、姉さんと会う筈だった婚約者は屋敷に来れなかった。
僕が密かに調べて、兄さんに報告をあげた所為だ。
裏では不審な動きをしている上に、始祖のやり方が気に入らないという思想の持ち主。両親の思考がそうであって、婚約者である彼は違うのかも知れない。でも、そんな事は僕には関係がない。
これにはバーティス国の始祖にして、王子であるラーバル様はげんなりしていた。
おかしいな。成果が上げたのに、何が不満だったのだろう?
「いや、君等さ……。そんなに結婚させたくないんだ」
「当たり前の事を聞くな」
「邪魔者を排除したけど……ダメ?」
首を傾げて聞く僕。兄さんはイライラしたように答えを返すと「弟の育て方、間違えてる」とラーバル様が言った。
兄さんは聞く耳は持たないから、普通に無視している。
「まぁ、仕事の手間は省けたけど。他にも有力候補っていたでしょ」
「よし、レファール。次は殺して良いってさ」
「はーい♪」
「違う違う!!! ぶっ飛び過ぎだよ」
「エーデルに余計な虫を付かせる訳にはいかないからだよ。ラーバルだって対象だからな!!」
「なんて理不尽っ!?」
兄さんを止めるように言うラーバル様は、僕に助けを求めた。答えの代わりにニッコリと笑顔を返す。
この返しに、ラーバル様はサッと顔を青くし「うわー」と疲れた様子だった。
あ、そうだ。一応は釘をさしておこう。
「姉さんに興味を持つのは良いですけど、ラーバル様なら深く関わらないですよね?」
「何でそんな事言うの」
「脅してるんです」
「アレス!! 弟君の事をどうにかしてくれ」
「レファールは優しいな。俺は興味すら持つなって言うけどな」
「あぁ、もう何なのこの兄弟!!!」
理不尽を訴えるラーバル様に、兄さんは慣れた様にかわしている。
僕はその隙に屋敷へと戻った。姉さんの部屋に行けば、甘い香りと紅茶が2人分用意してある。
「ただいま~」
僕の声を聞いて姉さんが出迎える。
姉さん以外に好きなものをあげるなら、お菓子と家族かな。
「レファール様」
「ん?」
姉さんが好きな読書。その邪魔をしないようにと、僕とレオグルは部屋の外で待機していた。
お菓子を食べながらレオグルを見る。
「何故……今回のような事をしたのです」
「どう言う意味、それ」
質問の意図は分かるけど、レオグルからはハッキリと聞きたい。
そんな思いで見つめ返す。観念したように告げたのは、姉さんと会う筈だった婚約者の事。これからも姉さんには縁談が来るだろうというもの。
綺麗な姉さんだもんね。欲しいと思われても仕方ないけど、僕と兄さんが全力で阻止する。
兄さんは認めてないけど、僕はレオグルになら託して良いと思う。本人には言わないけども♪
「僕は姉さんの幸せの為にしか動かないよ。レオグルならこの意味、分かるでしょ?」
「……何の事ですか」
一瞬だけ目を見開いた。でも、すぐにいつもの無表情になる。
僕に本心を突かれたのが堪えたとみて良い。すぐに視線を逸らした事で、この話はおしまいって気持ちが現れている。だから、僕もこれ以上は突っ込まない。
それから5年後。
僕が15歳になり、レオグルの仕事を少しずつ手伝っている。彼はそれを知らないでいるし、隠し通せるから良い。
魔物を狩り、ハンター達を気絶させたり記憶を消したりした。人間を傷付けるのは姉さんが嫌うから、この方法だ。本当なら姉さんを狙う時点で殺してるから、命があるだけでも良かったと思わないと。
「レファール様!!」
焦ったように声を掛けて来たのはレオグル。
その目には何故、手伝っているのか。僕に利はないだろうと、言わんばかりの態度に笑顔で答えた。
「これで姉さんと居る時間は増えたよ? 偉いでしょ」
「っ……。最近、仕事が早すぎるのは貴方の所為でしたか」
後始末はしたから、レオグルがやれる仕事はない。
今頃、姉さんはレオグルと一緒にいられなくて機嫌を損ねているだろう。早く向かえば、機嫌が直るんだから早く行けばいい。
レオグルを振り向かせる為に、僕は姉さんに色々と教えた。
その間、姉さんには縁談が何度か設けられたが成功した事はない。原因が僕と兄さんなのが分かり、お父様と揉めた。何気にお母様は僕達の行動を知ってる節があるから、相談はしないけどね。
姉さんが相談しているからだろうし、レオグルの事を信用しているのだろう。
「さて。降りかかる火の粉は払わないと。前のアトワイル家と違って、僕等が生まれたから潰すスタイルで行くんだけど」
不敵に笑う。
これからも姉さんに気付かれる事はない。だって、僕は姉さんの前では可愛い弟を演じる。
姉さんの幸せの為に動く。それを邪魔してくるものは、何が相手であれ排除する。僕はそれだけにしか力を使わない。
前のアトワイル家はそこまで権力を持ってなかったみたいけどね。
ここまで過激になる原因があるとすれば……僕と兄さんが――姉さんの事を好きって事だろうな。
吸血鬼シリーズ
①「俺の嬢様の奴隷です」
②「恋人が振り向いてくれない!?~弟に助けてもらいつつ、頑張って攻めます~」
⓵の続編。
レファール君はここから絡んでますっ。