NOT撲殺その15 とあるパーティにて
「シスターのお眼鏡にかなう料理はあった?」
「どれも普通に美味しいです」
「そっか、ならよかった」
九月の祝日。レベッカはなぜか、美優に誘われてどこぞの企業のパーティに出席していた。
「割とどうでもいいことなのですが、修道服でもドレスコードに引っかからないのですねえ」
「いろんな人呼んでるから、あんまり厳しくできないってのはありそうだね」
レベッカの感想に、芸能人が集まっているテーブルを示しながら言う美優。
彼らの中には、トレードマークとなる衣装で参加している人物も少なからずいるようだ。
恐らく、招待されたときに衣装も指定されたのだろう。
さすがに全裸やパンイチが売りの芸人はいないが、普通パーティに参加するような服装ではないのは間違いない。
「それで、なぜ私を?」
「予定してた人がちょっとした事故で入院しちゃってね。予定が合いそうな人でぱっと顔が思い浮かんだのが、シスターだったんだ」
「なるほど」
「立場上一人で参加するのはあんまり好ましくないし、かといって理事長みたいに下手に立場がある人はそれはそれで誘いにくいしね」
「そういうものですか?」
「うん。特に今回は、ここの社長や会長とは別の人に対する義理で参加してるようなものだからね。あんまり、特別扱いしてると取られるような人選はねえ」
「小川社長の立場だと、やはりそういうのがありますか」
「ありまくり」
そういって、手元のウーロン茶で軽く喉を潤す美優。
どうやら、今日は禁酒の予定らしい。
「そういや、シスターもそろそろお酒飲んでいい年だと思うんだけど、飲まないの?」
「あまり興味はありませんねえ……」
「そっか。やっぱりご飯のほうがいい?」
「はい。お酒と合わせると美味しくなる料理はあるんでしょうけど、そこまでしてという感じですね」
「なるほどね。ビールに枝豆とか餃子とか、あれはあれで幸せな味なんだけどねえ」
飲酒についての意向を聞き、そんなものかと納得する美優。
なお、レベッカが全く飲酒経験がないかというとそんなことはなく、日本に来る前は水代わりに供されたワインなどは普通に飲んでいる。
世界には、いまだに水ではなく酒のほうが飲料として安価で安全な国はいくらでもあるのだ。
もっとも、水代わりのアルコールしか飲んでこなかったから、酒に対して興味が出なかったのも事実ではあるが。
「やあ、美優ちゃん」
「あっ、岩ちゃん。こんにちは。約束通り、シスターを連れてきたよ」
特に主催者に挨拶に行くでもなくそんな風にダラダラしてると、一人の老紳士が声をかけてくる。
「ほう。そちらの女性が近頃話題の爆食シスターで、美優ちゃんが半ば囲い込んでいるエクソシストかね?」
「うん。A級エクソシストのシスター・レベッカ。シスター、この人は日本の経済界のドンの一人、元商社マンの岩田光也さん」
「はじめまして、レベッカ・グレイスです」
「初めまして、岩田光也です。気軽に岩ちゃんって呼んでくれたまえ」
「分かりました」
やたら圧と押しが強い感じの岩ちゃんに、サクッと白旗を上げるレベッカ。
この場で岩ちゃん呼びが大丈夫なのかどうかはともかくとして、今後クライアントとなる可能性が高い相手なのだし、この程度の要望に応えるのに大きな問題はない。
「それにしても、パーティ料理というのは、案外どこに行っても代り映えしないものなのですねえ……」
「まあ、使う会場が似たり寄ったりだからねえ。それに、この種の立食パーティだと、取り分けやすさとか食べやすさも考えたら、出せる料理って決まってくるし」
「うむうむ。むしろ、こんなところで大盛りのカレーうどんやボロボロ崩れまくって持ち上げるのも苦労するような凝ったサラダなんて出されても、困るだろう?」
レベッカの正直な感想に、苦笑しながらそんなことを言う美優と岩ちゃん。
その言葉に、それもそうかと納得するレベッカ。
レベッカなら大盛りのカレーうどんでも困らないが、普通の人は立ったまま、場合によってはテーブルに丼を置きもせずに大盛りのカレーうどんはかなり難易度が高いだろう。
さらに言えば、パーティである以上普通はそれなりの格好をしてくるわけで、そこに汁が飛びまくる宿命を抱えるカレーうどんなんて、結末が目に見えている。
崩れまくって持ち上げるのすら苦労する料理についても同じことで、そもそも立食形式でこぼれやすかったり汁がはねやすかったりするものを出すこと自体が間違いである。
そうやって絞っていくと、全般的には似たり寄ったりの料理になってしまうのも当然であろう。
「それはそれとして、何とも不穏な空気が漂っていて、時々何とも言い難い怪しい挙動をしている人がいるのですが、何かあるのでしょうか?」
「へえ、どの人?」
「あちらにいるご老人と、その隣の若い女性ですね」
「ああ。……これはちょっと、いろいろ注意しておいたほうがいいかも?」
「そんな感じですか?」
「うん。まあ、アニメじゃあるまいし、こんなパーティのさなかに何か事件を起こしたりはしないと思うけどね」
レベッカが指摘した相手を確認し、そんなことを言う美優。
美優の言葉にそれはそうだろうと頷きつつ、それってフラグなのではと思わなくもないレベッカ。
「まあ、トリックを考えて実行したとして、名探偵なんぞいなくてもあっさり逮捕されるだろうがね」
「そうなのですか?」
「ああ。ああいうトリックというのは、捜査する側からすればかえって調べやすいそうだからね。むしろ、人目のないところで衝動的に撲殺でもして、そのまま姿をくらませたとかのほうが捕まえにくいと聞いているよ」
「それは、ありそうですね」
岩ちゃんの言葉に同意しつつ、現実は甘くないのだななどと思いながらテーブルの上に残っている料理を平らげにかかるレベッカ。
その間にも先ほどレベッカが注目した老人が呼ばれて壇上に上がり、何やらスピーチをする。
それを聞き流しながら会場に残る料理を物色していると、イベントの流れらしく一度照明が落ち、ドラムロールが流れる。
スポットライトが舞台の上をくるくると回り、舞台奥から何やら降りてくるのに合わせて、主催者の男性がなぜか浮かび上がる。
「ふむ」
何やら納得するようにうなずいたレベッカが、男性の体が完全に宙に浮いたあたりで軽くパンチを一発放つ。
レベッカが放ったパンチは真空刃となって、男性のネクタイを引っ掛かけ吊り下げていた細く透明なワイヤーを切断する。
完全に宙に浮いていた男性が、どさりと尻から落ちて大きくむせる。
「なんか、アニメで見たようなトリックだね……」
「小川社長の先ほどの言葉、見事にフラグでしたねえ……」
「というか、この岩ちゃんも長く生きてきていろんなパーティとかに参加しているけど、アニメで見たようなトリックで殺人事件を起こそうとした現場に居合わせたのは初めてだよ」
レベッカがしれっと防いだ殺人事件を前に、そんなのんきな話をする一行。
この後は当然のことながら大騒ぎになったものの、もともと義理で参加していただけのレベッカ達は簡単な事情聴取だけで解放される。
「やっぱり、犯人があっさり捕まりましたねえ……」
「あれでどうしてうまくいくと思ったのか、不思議でしょうがないよ……」
なお、事件そのものはレベッカ達が事情聴取を受けている間に犯人逮捕に至ったため、世間で大いに話題になった割にはレベッカ達へは大した影響がなく終わるのであった。
なんとなくコ〇ン君を見てて思いついたネタを書いてみる。
警察官やってる義兄いわく、実際ああいうトリック使ってる犯罪ほど犯人特定は簡単なんだそうで。
一番てこずるのは行きずりの通り魔、次が犯行起こした後証拠隠滅とか一切せずに一目散に逃げるタイプだとか。




