撲殺その44 心眼の聖者リチャード・グレイス
「急な来日ですが、そんな厄介な仕事なのですか?」
九月初頭のある日。聖心協会。
唐突に来日した同僚を迎え入れたレベッカは、お茶を出しながら渋い顔でそう問いかける。
彼の来日についてレベッカが聞かされたのは、昨日寝る直前のことだった。
「厄介と言えば厄介だ。私でなければ相手を特定できず、そのくせ私ではダメージを与えることができないのだから」
レベッカの問いに、真面目な顔でそう答える男性。
それを聞いて、心底面倒くさいという気持ちを隠そうともせずにため息をつくレベッカ。
危険な存在がごろごろしているこの潮見で、そんな厄介な相手と戦うのなんて、正直本気でごめんこうむりたい。
「それで、リチャード。心眼の聖者が出張ってこなければいけないターゲットというのは、いったい何なのですか?」
目の前の同僚、心眼の聖者リチャード・グレイスに、詳細について確認をするレベッカ。
リチャードはレベッカやシルヴィア同様、聖痕を授かった人物だ。
特にリチャードの場合、レベッカと違って聖痕の機能は特化ぎみではあるがいわゆる正統派のエクソシストのもので、ある一点の特殊性を除いてA級エクソシストのお手本と言ってもいい能力を持っている。
見た目も真面目で慕われる神父と言えばこういう人物、というそのままの姿をしており、信仰心も厚い。
聖職者としては、ありとあらゆる意味でレベッカとは対照的な男だ。
そんな彼がわざわざレベッカに会いに来るような仕事なのだから、どれほどの厄ネタなのか考えたくもない。
「ある種の寄生生物だ。シルヴィアの預言でもこの街に逃げ込んだことしか分からず、放置しておくといろんな意味で壊滅的な被害が出ると確定しているために、大慌てで私の派遣が決まったのだ」
「壊滅的な被害ということは、女子寮のあの方とか、新神の女神様とかが動いてしまうということでしょうか?」
「恐らくそうなるだろう」
リチャードの説明に、思わず遠い目をするレベッカ。
そのあたりが動くということは、間違いなく壊滅的な被害が出るのは潮見以外の、というより日本以外の地域だ。
特に女神のほうが動いてしまうと、どこにどんな形でどれほどの規模の被害が出るか予想もつかない。
「寄生生物だから、探査や看破に特化した聖痕を持つあなたが派遣されたのは分りました。ですが、ダメージを与えられないというのは?」
「シルヴィアの預言によると、そいつは悪魔も浄化できるほどの神気がこもった素手での打撃以外ダメージが通らないらしい。私の打撃はそこまでではなく、投げ技は地面に叩きつけることでダメージを与えるからか、素手での打撃とはみなされないらしい」
「なんですか、そのピンポイントで私を指定しているような条件は……」
「それはみんな思っている。というより、何を思って潮見のような天敵があふれかえっている土地に来たのかと言いたい……」
あまりにあまりな話にうめいてしまうレベッカに、渋い顔で同意するリチャード。
ちなみに、以前レベッカがちらっと口にした、戦車を投げ技で破壊した人物というのはリチャードのことだ。
彼は、触れることさえできれば大概のものを投げ技の餌食にすることができる、人類最高峰の投げ技の達人である。
先ほど触れた、お手本にできない一点の特殊性というのは、この投げ技の技量のことなのは言うまでもない。
「そういうわけだから、悪いが手を貸してくれ」
「最初から断るつもりはありませんでしたよ」
「そうか、助かる」
要請を快諾したレベッカに、心の底から礼を言うリチャード。
こうして、四年ぶりぐらいになる最高峰の探査役とアタッカーのコンビが、世界の危機を阻止すべく潮見で活動を開始するのであった。
「それでレベッカ。カロリーは大丈夫か?」
「最近は大物狩りをしていないので、余裕はあります」
「そうか。だが、それとは別に、昼食はとらねばな」
「そうですね」
ターゲットの捜査を開始してすぐ。繁華街に到着して真っ先にリチャードが確認したのは、レベッカの腹具合であった。
「昼となると、何がいいかだが……」
「安くて早いのはどこのチェーンかに関係なく牛丼ですが、お嫌いですか?」
「いや、悪くないな」
「少し値段が上がって時間もかかるようになりますが、カツカレーという選択肢もあります」
「ふむ、カツカレーか。発祥の国、日本のカツカレーとは、実にいい」
「では、そうしますか」
リチャードが食いついたので、昼食はカツカレーになる。
「しかし、リチャードがカツカレーに食いつくとは思いませんでした」
「ヨーロッパでは今、カツカレーがブームでな」
「そうなのですか? ですが、そもそも日本のカレーは、日本に持ち込んだイギリスのものとも発祥であるインドのものとも全くの別物なのですが、一応イギリス人であるあなたとしてはそのあたりはどうなのですか?」
「原型は残っているから気にはならんな。こういうのを日本では、『ゴッド〇ーズより原形をとどめているから大丈夫』というのだろう?」
「その言い回しは初耳です」
意外と日本のサブカルチャーに詳しいことに内心で驚きつつ、とりあえずそう突っ込んでおくレベッカ。
なお、元は「原型をとどめている」ではなく「原作に近い」なのだが、外国人の言うことだし意味や使い方としてそれほどずれていないので、これぐらいは良しとしておいても問題ないだろう。
「まあ、そこまで期待しているのであれば、チェーン店系ではなくこだわりのあるお店に行きましょうか」
リチャードの反応を踏まえ、自身のデータベースの中で最もカツとルーの組み合わせにこだわりを持つ店を選んで連れていくことにする。
チェーン店はチェーン店で良さがあるのだが、たまにしか来る機会がない、それもものすごく期待している人間を連れて行くにはちょっと物足りないところがあるのも事実だ。
そういう理由でレベッカが選んだのは、なんとステーキハウスであった。
「ここは、ステーキの店ではないのか?」
「ステーキがメインでそれもまた絶品ですが、使うお肉とその調理にこだわりがあるため、とても美味しいカツカレーを提供してくれるのですよ」
「ほう?」
「教会の近くだと一押しの洋食屋さんがあるのですが、カレー関係の場合、繁華街だとカツカレーに限定するならここが一番ですね」
「カツカレーに限定ということは、そうではないカレーはほかにいい店があるということか?」
「はい。いろいろあります。それこそカレーチェーンの店だって、手軽でクオリティの高いカレーを出してくれますしね。丼チェーンのものも、牛丼との相盛りで頼めば牛丼のダシが混ざるので、あれはあれでいいものです」
「なるほどな」
レベッカの力のこもった解説に、生真面目な表情を崩さずに目を輝かせるリチャード。
聖職者としての在り方だけを見ると水と油、という感じの二人だが、なんだかんだで仲は良いようだ。
もっとも、これに関しては信仰心が篤くて真面目なリチャードだからこそ、聖痕を授かったレベッカの在り方を否定せずうまく付き合っていけるという面が大きいのだが。
「ちなみに、トンカツの店を選ばなかったのは?」
「ルーの問題ですね。おいしいのですが、ここに比べると、という感じです」
「なるほど」
「そういう訳ですので、今日のお昼はここでカツカレーです」
レベッカの説明に納得し、期待に胸を膨らませるリチャード。
このまま食事に入れればよかったのだが、そうは問屋が卸さないのがレベッカの身の回りである。
さあ、店の中へ、というタイミングで、リチャードが忌々しそうな表情を浮かべる。
「レベッカ。君は持っているのか持っていないのか分からないな」
「……もしかして?」
「ああ。ターゲットが近くにいる。具体的には、この店を取り囲む路地のどこかだ」
リチャードの言葉に、渋い顔をするレベッカ。
リチャードとは比較にもならないとはいえ、半径五百メートルぐらいならよほどのことがない限り、レベッカでも大概の超常的な隠蔽は発見できる。
そんなレベッカが何一つ察知できないあたり、リチャードでないと発見できないというのは大げさでも何でもないようだ。
その間に、リチャードがいろいろと取り出して何やら術を発動させる。
「ターゲットに逃げられないように、この場所を隔離した。存在している普通の生き物が、ターゲットに寄生されている」
「分かりました」
リチャードの言葉にうなずき、周囲をじっくり観察するレベッカ。
すぐに対象の生物を発見する。
「あのカラスですね」
「そのようだな」
「鳥とはまた、面倒な……」
「だからこそ、捕捉に苦労したのだろう」
「先ほどの説明を聞く限り、聖痕をフルパワーで解放しないと寄生生物にダメージを与えることは難しそうなのですが……」
「分かっている。逃がさないようにホーリーネットで捕縛する」
レベッカの問題提起に対し、そう解決策を提示するリチャード。
リチャードの聖痕は神気の出力と保有量こそレベッカの足元にも及ばないが、その手の搦手が豊富にある。
そもそもの話、神気の出力及び保有量に関してはレベッカが過剰すぎるのであって、リチャードの出力と保有量でも本来は十分なのだ。
「ホーリーネット、射出」
「カア!?」
「捕縛成功。やれ、レベッカ」
「はい。主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
リチャードの合図に合わせ、胸の前で手を組んで祈りの言葉を口にするレベッカ。
その祈りの言葉と同時に周囲が夜の平原に代わって空に見事な満月が浮かび上がり、辺りに吸血鬼が主人公の作品のライバル神父が暴れるときのBGMが鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
光がレベッカの修道服をモーフィング変形させ、やたら背徳的なデザインのサリーへと変える。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放される。
放出された神気で雑魚をすべて殲滅したあたりで、レベッカの変身が完了する。
「では、互いの罪を清算しましょう」
いつの間にかごっついガントレットに包まれた両拳をピーカブースタイルに構え、いつものようにアルカイックスマイルでそう宣言するレベッカ。
その状況にあわてて、カラスが巨大化してホーリーネットを振りほどこうとする。
が、そこは聖痕の機能で作られたネットだ。
レベッカがばらまいた神気を吸収し、必要以上に強固な網となってがっつりカラスをからめとる。
哀れな声を上げてもがくカラスに向かって突進し、食事の邪魔をされた恨みも込めてラッシュを叩き込むレベッカ。
下手に巨大化したせいで、殴られる面積とダメージが増えているのが哀れである。
「ふむ。そろそろとどめを刺してやれ」
カラスの状態を確認していたリチャードが、レベッカに対してそう指示を出す。
リチャードの指示を受け、とどめのコークスクリューを叩き込む。
派手なカットインとともにフィニッシュブローのコークスクリューが、カラスの体に炸裂する。
いつものようにこぶしから飛び出した祈りのポーズの天使がカラスの体を縦方向に貫通し、羽根を散らしながら天高く舞い上がる。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
それに合わせて相手に背を向け、お約束のまったく心のこもっていない雑な祈りの言葉とともに、胸の前で十字を切るレベッカ。
レベッカの祈りに合わせてまき散らされた羽根を覆いつくすように浄化の光が広がり、柱となって天地を貫く。
光の柱が消えると同時に周囲の光景が真昼の路地裏に戻り、レベッカの服が普段の修道服に変わって、どこに飛んでいたのか最初に吹き飛ばされたベールがレベッカの頭にふわりとかぶさる。
ベールがかぶさったところで強引にBGMが切り上げられ、今回の戦闘が終了する。
後には、何も分からないまま寄生されてラッシュを叩き込まれた哀れなカラスが残されていた。
「寄生生物の死亡を確認。残骸の回収完了。これで本件は終了だな」
「それは良かった。まだランチタイムは終わっていませんので、迅速に店に入りましょう」
「そうだな。これでカレーが品切れとか言われたら、しばらく立ち直れん」
レベッカに言われ、大慌てで隔離結界を解いて店の前に戻るリチャード。
その後に真顔で続くレベッカ。
店に入った直後に、顔見知りの店員が声をかけてくる。
「なかなか入ってこないから、どうしたのかと思いましたよ」
「ちょっと割り込みの用事が入りまして。まだカレーは残っていますか?」
「そんな予感がしたので、多めに取り置きしておきました」
「それは助かります。海外から来た知人にカツカレーをごちそうすることになりましたので、空振りにならなくて良かったです」
「まあ、今回の支払いは頼んだ仕事の報酬の一部として私が払うのだがな」
「なるほど。お客様はシスターほどお食べには……」
「日本人の平均よりは食べる自覚があるが、さすがにレベッカほど食えんよ。私の分は、せいぜい二人前もあれば十分だ」
店員に問われ、正直に答えるリチャード。
彼はアラフォーではあるが、基本的に武闘派で体を動かしまくる上霊力や神気も大量に消費するため、カロリー的には日本人基準の二人前ぐらいでちょうど良かったりする。
「では、お席にご案内します。シスターはカツカレーだけでは足りないでしょうから、ステーキピラフも用意しますね」
「お願いします」
「それもうまそうだな。カツカレーを食べてまだいけそうであれば、私もステーキピラフをお願いしよう」
レベッカにつられ、うまそうなメニューに食いつくリチャード。
こうして、緊急来日する羽目になったリチャードは、なんだかんだで平穏無事にカツカレーとステーキピラフを堪能することができたのだが……
「ハンバーグカレーなどという恐ろしいメニューもあったのか……。これを見逃したとは、不覚……!」
「リチャード、あなたそんなにカレーに執着していましたっけ?」
「最近目覚めた」
なんだかんだで、妙なところでレベッカの同類であることを証明してしまうリチャードであった。
現在設定がある最後の聖痕持ちがついに登場しました。
人間カテゴリーに収まる範囲で言えば、間違いなく投げ技最強はこの人になります。
ちなみに、ダイアズマーサイズでも投げ飛ばせる模様。どうやってかは聞いてはいけない。
なお、カツカレーに反応させたのは、最近イギリスでカツカレーが大ブームを通り越して国民食レベルで定着しつつあると小耳にはさんだから。
とはいえ、どこぞの型月世界の普段伊達メガネの執行者なシスターほどは行きついていませんが。




