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NOT撲殺その14  洋食屋のダンジョン食材料理 謎肉(熊)編

「いらっしゃい、シスター。それが調理してほしい食材?」


「はい。今日はよろしくお願いします」


 久しぶりに穴を攻略した三日後。レベッカは例の洋食屋に謎肉を持ち込んでいた。


 なお、未知の食材を研究しながら調理するという理由で、持ち込みは定休日に行っている。


「ちょっと入手経路が特殊な食材で、その分とても癖が強くて私だとそれほどおいしく調理できなかったんですよ」


「へえ。お爺ちゃん、そういう食材大好きだから張り切るんじゃないかしら?」


「それはとてもありがたいです」


「今は厨房にいるから、食材は直接渡して」


「わかりました」


 店長の孫娘にそう告げられ、素直にうなずいてカウンター席へ向かう。


 店主は、腕を組んで仁王立ちでレベッカを待っていた。


「見せてみな」


「はい。お願いしたいのはこのお肉です」


「……確かに、見たことがない種類の肉だな」


「見てわかるのですか?」


「それぐらいはな」


 店主の言葉に、ものすごく感心してしまうレベッカ。


 レベッカの場合、見ただけで肉の区別がつくのは牛、豚、鶏の三種ぐらいだ。


 欧米でよく食べられている羊はどうなのかというと、生肉を見て識別できるほど調理する機会がなかった。


 というか、日本に来る前だと、レベッカが調理する立場で得られる肉など、一頭二千円ぐらいの一番安い部類の牛か豚、卵を産まなくなって絞めた鶏だけだったので、生肉を見る機会自体少なかったりする。


「調理方針を決めるために、焼いて味見だな」


「あとはお任せします」


「任せておけ。全部で五キロぐらいあるな。これ全部調理となると、相当いろいろ試せるな」


 レベッカに全面的に任され、気合を入れて肉に手を付ける店主。


 まずは開封したパックの肉を小さく切り取り、下味等の下処理を一切せずにフライパンで焼いてそのまま食べる。


「……なるほど。クマの肉に近い味だが、うまみが強い分癖とアクも強いな」


「そうなんですよ。なので、私が自分で調理した場合、食べきれるのはそのパックで五つぐらいが限界でして」


「あんたでもそんなもんか。まあ、この味ならしょうがないな。多分だが、普通の調理方法だと一般人は五十から頑張って百グラムでギブアップするはずだ」


「そんなものですか?」


「そんなものだ」


 そう言いながら、レベッカの知識では何をしているのか分らない作業を始める店主。


「まずは時間がかかる煮込み系を仕込む。その間に手早くできるやつを何品か出すから、もうしばらく待ってくれ」


「分かりました」


「後、悪いが今後のためにうちの孫にも少し食わせたい。一口分ずつぐらい取り分けちまっていいか?」


「どうぞどうぞ。物がものなので他のお客さんに出すというわけにはいきませんが、おいしいものはみんなで楽しむべきです」


「助かる。その分、腕によりをかけよう」


 店主にそう告げられ、わくわくした表情のまま料理を待つレベッカ。


 その間も厨房では店主が八面六臂の活躍を見せる。


「よし。まずは謎肉と野菜のパテだ。ちゃんと火は通ってるから、安心して食ってくれ」


「はい。ではいただきます」


 ようやく出てきた一品目を前に、ついに雑な食膳の祈りすらいただきますだけに省略するレベッカ。


 そのままの勢いで、肉の部分は微妙にミートローフっぽさを感じさせる市松模様のパテを平らげる。


「……ふむ、とても美味しいです。ただ、私の味覚と表現力では、この味をどう表現していいのか分かりませんが」


「安心しな。どうせどう表現しても伝わらねえ類の味だ」


 レベッカの正直な感想に、いかつい笑顔でそう告げる店主。


 そもそも根本的な話として、味なんてものはどれほど言葉を尽くしたところで伝わるものではない。


 が、それを踏まえても甘いや辛いといった大まかな表現すらできないほど、このパテは複雑な味をしていた。


 あえてコメントするならば、このパテは謎肉の癖をしっかり残しながら、いくらでも食べられそうなほどすっきりした味わいに仕上がっているということだけである。


「本当は、冷菜として出すんだったら、たたきみたいなちょっと生っぽいところがあるメニューもやりたいんだがな。ジビエで生は厳禁で、ハムとかみたいな燻製を仕込む時間はさすがにないから、今回はミートローフをベースにしたパテしか作れなかった」


「そうですねえ。さすがにこの肉を生の部分がある状態で食べるのは、いろんな意味で危険そうです」


「だろう? ローストなら一見生っぽく見えてもちゃんと火が通ってるんだが、たたきとかはローストほどきっちり火を通さないからなあ」


「難しい問題ですねえ」


「おんなじ理由で、低温調理もなしだ。未知の寄生虫がいた場合、どの程度の温度で加熱する必要があるか、分からんからな」


「ですか」


「ああ。こういうのは、きっちり火を通さねえと怖い」


 ミンチにした肉をこねながら、そんな説明をする店主。


 店主の説明に、それはそうだろうと納得するしかないレベッカ。


 その間にもどんどん料理は進んでいく。


「次はいきなりメインっぽいが、シンプルにステーキだな。ただ、それだけだと芸がないから、ハンバーグも用意しておいた」


「おお!」


 そういって、ポテトサラダと千切りキャベツを添えた二百グラムぐらいの謎肉ステーキと大判のハンバーグを、どんぶり飯および味噌汁と一緒に出す店主。


 選べるように、ソースは焼き肉のたれ的なものとおろしポン酢、ごまだれっぽいものに塩の四種類が別添えである。


 ステーキなのに付け合わせがグラッセやフライドポテトではなく定食のそれなのは、癖の強さを中和するのにキャベツがとてもいい仕事をするからである。


 それを、猛烈な勢いで平らげていくレベッカ。


 レベッカが焼き物を食べている間に、厨房から揚げ物の音が聞こえてくる。


「次は普通のとメンチの二種類のカツだ。肉の部位が分からんから、ロースともヒレとも言えねえのが厄介だが」


「なんでもいいと思います」


 悩ましそうな表情でそんなことを言う店主に対し、何のこだわりもないレベッカが幸せそうな表情でいい加減な答えを返す。


 なお、カツは癖とアクがこれでもかというほど増幅された結果レベッカの技量では食えるものが作れず、試しに作ったものを無理やり食ってダウンしたことがある。


 なので、ある意味で因縁のメニューと言えよう。


「カツセットだ。ソース類は好きに試してくれ」


 そういって、謎肉のカツとメンチカツをレベッカに出す店主。


 一緒に用意されたソースは、今度はとんかつソースとタルタルソース、おろしポン酢の三種類だった。


 なお、当然のことながら山盛りの千切りキャベツはついている。


「……すごい! 普通にカツにすると私ですら胸焼けするようなえぐい味になるのに、これはちゃんと食べられる味になっています!」


「癖やアクが油とケンカしないように下処理するのは、勘とコツがいるからな。やり方を知ってても、たぶん一発では成功しないだろうさ」


「そうですか……」


「また肉を持ってくれば、代わりにカツにするぐらいはしてやるよ」


「その時はお願いします」


 そういいつつ、山盛りのカツとキャベツとどんぶり飯を平らげるレベッカ。


 それを見計らって、謎肉の煮込みを出す。


「この後最後に一品で、今日は終わりだ。残りの肉は燻製を試してみる」


「お願いします」


 この至福の時間ももうすぐ終わりかと残念に思いつつ、今までとは打って変わったマイルドな味わいの謎肉の煮込みを平らげるレベッカ。


 その間に、店主は何やら麺を茹ではじめる。


「麺ですか?」


「おう。〆と言えば、ラーメンだ。違うか?」


「そうですね」


「ぶっつけ本番だからこんなもんだが、次はもうちょっとちゃんとコースらしい感じで仕上げる」


「これはこれで大好きですし、そもそも私が食べるものなのでそんな上品な感じにしなくてもいいと思うのですが」


「これは、俺のこだわりだ。そもそも、この肉のポテンシャルは多分、こんなもんじゃない」


「ですか」


 そういいながら煮込みを食べきったところで、店主が宣言通り〆のラーメンを出してくる。


「スープは煮込みの途中で出たやつを調整した。チャーシューの代わりにそういう味付けをした謎肉ローストを乗せてある」


「……素晴らしい。何とも言えない絶景です」


 作った分を全部乗せたローストと大量のもやしで山盛りになっているラーメンを見て、感激のため息とともにそんな感想を漏らすレベッカ。


 これまでで、たとえ手ごわい謎肉といえど、店主がまずいものを作るわけがないと確信を持ったが故の反応である。


「それでは、これもいただきます」


 そう宣言して、ラーメンに手を付けるレベッカ。


 洋食屋の癖に、ラーメンも絶品だった。


「……ごちそうさまでした」


「おう」


 いつ食べ終わったのかレベッカ本人にもわからないぐらいの勢いでラーメンを平らげ、満足そうに挨拶をするレベッカ。


 食べるだけならまだまだ余裕で食べられるが、なんとなくメインの食事はこれで終わらせたい気分になっている。


「肉だが、カツと煮込みを多めに作った関係で大体三キロ消費してる。残り二キロはもうちょっと研究に使わせてもらって構わないか?」


「はい、お願いします」


「後、肉はこれで終わりか?」


「いえ。ちょっと古いものも何キロかありますし、新しく手に入ったものも全部は持ってきていません」


「だったら、古い奴は燻製に加工してみるから、傷む前に持ってきてくれ」


「分かりました。この後取りに行きます」


「ああ。それと、研究が終わったら連絡するから、その時は残りの肉も全部持ってきてくれ」


「はい」


 いろんな意味で本気を見せる店主に、期待で胸を躍らせながらそう返事をするレベッカ。


 その期待は裏切られることはなく、三週間後に店主に呼び出されたレベッカは、食べた自覚もないまま幸せな気持ちで五キロ以上の謎肉を平らげることになるのであった。

というわけで、予告通りダンジョン産の謎肉を調理してもらいました。

そのうち鶏肉とか鴨肉とかみたいな肉や、マンドラゴラ的な野菜も調理してもらいたいなあ、と思っています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 五キロ、多いのですが、レベッカ相手だと少なすぎると感じてしまいますねw ステーキ好きですが、ハンバーグはそこそこ、程度です。 料理番組で「ハンバーグを切ると肉汁が溢れ…
[一言] この店主その内神の食材調理できるんでは?
[一言] 謎肉とラーメンで某インスタントヌードルを思い出した。
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