撲殺その38 竹中牧場感謝祭
大変お待たせしました
「ゴールデンウィーク明けにイベント、ですか」
「うん。竹中牧場感謝祭(仮)っていうテーマでね」
「ふむ」
ゴールデンウィークを翌週に控えたある日、竹中牧場。乳製品や肉類の規格外品を買い込みに来て、ついでに家畜の解体場を浄化したレベッカに対し、若葉がそんな案内をする。
「具体的に、どんなことをするのですか?」
「現時点で決まってるのは、うちの製品の特売とフリーマーケット。後は知り合いの農家さん達に野菜の直売をお願いしてる。ほぼ決まってるけど内容を詰めてる最中なのが、食べ物屋台の類。基本的には、うちの製品を焼いたり茹でたりした奴をばら売りする感じになると思う」
「なるほど。それは魅力的ですね」
食品の特売と食べ物屋台と聞き、レベッカの目がキランと光る。
こういうイベントで食す屋台飯など、美味いに決まっているのだ。
「という訳で、用事がないなら遊びに来てね」
「ええ、是非」
若葉の言葉に、力強くうなずくレベッカ。
この時レベッカは、客以外の形でイベントと関わることになるとは知る由もないのであった。
『レベッカ、あなたに預言よ』
『いつものこととはいえ、また唐突ですね』
教会に戻ってすぐに通信でシルヴィアに呼び出され、いつものように唐突に預言があったことを告げられるレベッカ。
もっとも、タイミングがタイミングなので、どういう預言だったのかは何となく予想がつく。
『それで、竹中牧場のイベントに参加すればいいのか、それとも見送るべきなのかどちらですか?』
『開始前に現地入りする形での参加ね。ボランティアとしてお手伝いしてくれれば、おのずと何を求められているか分かるようよ』
『分かりました。ただ、先方は例の新神様とそれなりに仲がいいのですが、イベントの手伝いとなると普通にかち合うのでは?』
『今回は、やむを得ないという判断のようね。あなたとあの方々が少々仲良くなったところで大した影響はないけれど、放置してあの方々に今回の件を直接対応させるとなると、被害の規模と範囲が跳ね上がりそうなのよ』
『そういう事ですか』
曖昧な内容ながら事情を聴き、それなら仕方がないと納得するレベッカ。
レベッカは詳しい話を聞いていないが、神や悪魔の世界が絡む事態で例の新神達が関わると、そうはならんやろうと突っ込みたくなるような流れで明後日の方向にどんどん被害が拡大するらしい。
そこに巻き込まれるぐらいなら、レベッカと彼らの縁が少々太くなるぐらいは許容範囲であろう。
『実は、当日あなたにボランティア参加してもらうことと、こちらから人員を送ってプリムとともに諸々のアフターフォローを行うことぐらいしか、預言をいただいていないの。だから正直なところ、あなたが何に対処しなければいけないのかとか、なぜあなたなのかとか、そういう話は一切分からないのよね』
『預言というのは、大体そういうものなのでは?』
『そうね。たまに、ものすごく詳細な情報をいただけることもあるけど、それってよほどのことが起こるときだけだしねえ』
大事なことはほぼ何も言っていないに等しい預言に対し、そんな話をするシルヴィアとレベッカ。
こういっては何だが、二人とも別に神を信仰しているわけではなく、聖痕の能力や預言に対しても特に妄信していない。
と言うより、預言はともかく聖痕の能力は基礎となる共通仕様の部分以外はほぼおまけという認識なので、根本的に対して当てにしていないというのが正しい。
『とりあえず、イベントに関しては了解しました。もともと参加する予定でしたので、現地入りする時間が変わるだけですし』
『ありがとう。頼んだわよ』
シルヴィアの要請を軽い調子で承諾するレベッカ。
レベッカがあっさり引き受けてくれたことに、ほっとした様子を見せるシルヴィア。
こうして、レベッカのイベント参加は任務となるのであった。
そして、イベント当日。
「お手伝いに来ました」
「おや、シスター・レベッカ。いらっしゃい」
直売所への搬入やピザの仕込みなどに忙しく動いている竹中牧場に、シルヴィアの指示通りにレベッカが顔を出す。
「手伝ってくれるのは正直すごくありがたいけど、別に十時からお客さんとしてきてくれてもいいのよ?」
出品者でも関係者でもないのに手伝いに来たレベッカに対し、首をかしげながらそう告げる若葉。
ボランティアは大歓迎だが、正直この牧場とレベッカの間にはそこまでの関係性はない。
「あれ? いつぞやのシスターさん?」
「ご無沙汰しております」
そこへ、若葉に救いの手を差し伸べるかのように、レベッカにとっての警戒対象である金髪の美女が通りかかる。
「えっと、美優おばさんから聞いた話だと、いろいろ差しさわりがあるから私達とは知り合いにならない方針だったんだよね?」
「はい。ですが、今回ばかりはちょっと、そうも言っていられない状況でして……」
「というと、何かあるの?」
「はい。こちら側の仕事で、ちょっと」
「うーん、そういう事だったら、私は深く首を突っ込まないほうがいいかな?」
「はい、それでお願いします」
いろんな意味で異質なレベッカの存在に、そう結論を出す美女。
ポリシーや方針を曲げてまで接触してきたのだから、それなりに一大事なのだろうと察してくれたようだ。
「ハルちゃんとシスターは知り合い?」
「知り合いって程でもないけど、道の駅で一度だけ会ったことがあるんだ。その時にちょっといろいろね。若葉さんこそ、知り合いなの?」
「四月ごろに霊障があって、シスターに祓ってもらったの。それから、たまに乳製品とか買いに来てくれる感じ」
「なるほど。で、霊障云々を言っちゃうってことは、シスターのことを大体知ってるんだ?」
「うん。というか、さっきのいろいろあって、って言葉で、ハルちゃんもシスターの事情を知ってるって判断した」
お互い、どういう関係かを確認し合う若葉と女神。
とりあえず、二人ともレベッカが特殊な職業であることは知っているようだ。
「事情は分かったよ。でも、今日は不特定多数の人がかなりの人数出入りするんだけど、霊関係の仕事しても大丈夫なの?」
「気にしてもしょうがないので、成り行きに任せるつもりです」
霊とか超能力が絡む内容は本物の場合、あまり大人数の前で大々的にやってはいけない。
そんな共通認識をもとに、ハルちゃんと呼ばれた警戒対象の女性が質問してくる。
その質問に対し、かなりアバウトなことを言いだすレベッカ。
元々レベッカは、正体バレの類をあまり重く考えていない。
「それでは、手が足りてなさそうなところを手伝いながら、相手が出てくるのを待ちます」
「はーい、お願いね」
若葉に軽くそう告げ、仕事を探してあちらこちらに顔を出すレベッカ。
この手のイベントは人手は足りないが、急に来られてもやってもらえることがないということになりがちだ。
なので、こういう時は誰がやっても変わらないような雑用を見つけて、積極的にそれを肩代わりするように動くのが、当日飛び入り参加でボランティアをするコツである。
そのコツに従い、まずは大量の段ボール箱を運んでは降ろしている従業員に声をかける。
「これを降ろせばいいのですか?」
「はい。この台車の箱、全部ここに降ろしてください」
「分かりました。……恐らくあそこで使うものだと思うので、あちらの作業が邪魔にならない程度に、降ろし終わるときに二箱ぐらい運んでおきましょうか?」
「お願いします」
レベッカの申し出をありがたそうに受け入れ、別の作業のために立ち去る従業員。
それを見送って、テキパキと荷物を台車から降ろし、最後に作業をしている場所に二箱ほど運び込む。
「これ、ここにおいておけばいいですか?」
「あ、ありがとう」
「とりあえず、二箱あればいいですか?」
「もう一箱ぐらいあってもいいかな?」
「分かりました。ついでなので、一番上の箱は開けておきますね」
「助かるわ」
作業中の従業員にいろいろ確認しながら、作業が少しでも楽になるように手伝いを進めていくレベッカ。
何気に教会での炊き出しなどで慣れていることもあり、ことが起こるまで的確に手伝いを続けていくレベッカであった。
そうして、準備や運営を手伝う事二時間ちょっと。
イベントも始まり、予想外にたくさんの来場者によりにぎわいだしたところで、レベッカが仕事としてここに来る羽目になった諸悪の根源がやってくる。
「ここに、凶悪犯の東宏と藤堂春菜が潜伏していると聞いた。すぐに我々に引き渡すように!」
「凶悪犯、ですか……」
周りを威圧しながら入場してきた物々しい一団。
その代表らしい男性の言葉に、思わず首をかしげてしまうレベッカ。
神々の視点ではあながち間違ってもいないようだが、レベッカが見る限り二人とも、凶悪犯罪に巻き込まれることはあっても能動的に起こせるような性格でも能力でもない。
大体、本当にあの二人が凶悪犯であれば、最初からこの男たちの命はない。
なお、一瞬東宏と藤堂春菜が誰のことか出てこず、あまり深く関わりたくない二柱のことだと思い出すのに間が空いたのだが、そのことはレベッカ本人しか知らない。
「凶悪犯というのであれば何か事件を起こしているはずですが、何をしたのですか?」
「いじめられるような生き物はいじめを誘発するだけのゴミだから殺処分すべしという正論を実行すべく少女たちを支援していた兄を、こともあろうにあいつらは警察を洗脳して犯罪者扱いして逮捕させたんだ!」
「はあ。そういえばそんな事件もありましたね」
その言葉に、レベッカが来日した翌年ぐらいに、場留戸という人物がとても理解できない理由で宏と春菜にちょっかいをかけ、現行犯で逮捕されたという事件があったことを思い出す。
その内容を記憶の底から引っ張り出し、正直な感想を告げるレベッカ。
「当事者ではないので知っているのは報道された内容だけですが、聞いたところ、逆恨みと言いがかりだとしか思えないのですが……」
「言いがかり!? あいつらこそ、変な微生物で何人も洗脳した挙句兄さんに言いがかりつけてはめて破滅させたんだろうが!」
「たしか、場留戸さんでしたか? あなたのご家族がどういう経緯で逮捕されたのかは存じませんが、こんなところに押しかけて特に害のないイベントを暴力で妨害しようとしている時点で、どんな主張も通りませんよ」
「うるさいうるさいうるさい! そんなこと言って司法があいつらの味方するから、力づくでやるしか選択肢が無くなるんだよ!」
「そうですか、では……」
どこまでも噛み合わないというか、反論になっていない反論で行動を押し通そうとする場留戸なる人物の相手をするのが面倒になったのか、レベッカが胸の前で祈るように手を組む。
レベッカが祈りのポーズをとった瞬間、まだ昼だというのに周囲を夜の闇が覆いつくして、空に見事な満月が浮かび上がる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りに青い流星がバリアを張って高速飛行しながら体当たりをぶつけあうときのBGMが鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
光がレベッカの修道服をモーフィング変形させ、妙に露出の多いやたらきらびやかな白い司教服へと変える。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放される。
「では、互いの罪を清算しましょう」
いつの間にかごっついガントレットに包まれた両拳をピーカブースタイルに構え、アルカイックスマイルでそう宣言するレベッカ。
その際にばらまかれた浄化光の影響で、場留戸氏を含む全員が地面にうずくまってうめき声を上げる。
いつのまにか場留戸氏の姿がヤギモチーフの悪魔に変わり、一緒に騒いでいた集団から多数の顔を持つ名状しがたい悪霊のようなものが浮かび上がる。
あまりに早い状況の移り変わりと非現実的な光景にざわめくギャラリーを置き去りにし、レベッカが容赦なく集団をボコり始める。
殴るたびに雷鳴がとどろいたり閃光が走ったり、時折妙なカットインが入ったりしながらも、何も語らず黙々と殴り続けるレベッカ。
妙に生々しい鈍い打撃音がとにかくとことん痛そうだ。
気がつけば、場留戸氏以外の悪霊が全て消え去っている。
「くっ! このままただやられるわけには……!」
どうにか数発ブロックすることに成功し、うめきながらそんなことを言って体勢を立て直そうとする場留戸氏。
だが、そんな余裕をレベッカが与えてくれるわけもなく、防御が飽和するほどの密度でラッシュを叩き込むという力業で場留戸氏を叩きのめす。
「くっ! がっ! なっ!?」
何とかして逃げる、もしくは反撃しようとして直撃を受け、意味のない悲鳴を上げる場留戸氏。
そろそろ仕上がってきたと判断したレベッカが、フィニッシュのコークスクリューを叩き込む。
何段階かの派手なカットインとともに場留戸氏に叩き込まれたコークスクリューが彼の顔面を粉砕したところで、いつものように祈りのポーズの天使が相手の体を貫通してから羽根を散らしながら天高く舞い上がる。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
それに合わせて、お約束のまったく心のこもっていない雑な祈りの言葉とともに、胸の前で十字を切るレベッカ。
レベッカの祈りに合わせてまき散らされた羽根を覆いつくすように浄化の光が広がり、柱となって天地を貫く。
その際、光の玉がいくつも枝分かれしてあちらこちらに飛んでいき、さらに多数の光の柱を立てる。
光の柱が消えると同時に周囲の光景が昼間の牧場の広場に戻り、レベッカの服が普段の修道服に変わって、どこに飛んでいたのか最初に吹き飛ばされたベールがレベッカの頭にふわりとかぶさる。
ベールがかぶさったところでBGMが鳴り終わり、今回の件が終了する。
「さて、彼らについては日本の司法に預ける前にこちらの方でいろいろ調べる必要があるそうですので、申し訳ありませんが警察への通報は一旦待っていただけるでしょうか?」
「他にこういうのが襲撃かけてこないんだったら、この一件はシスターに預けてもいいんだけどなあ……」
「それについては大丈夫でしょう。恐らく先ほどの光の柱が、行きがけの駄賃的な感じで他も浄化したようですので」
「その浄化に、儂も巻き込まれたんじゃが……」
竹中さんの懸念に対しそうレベッカが説明したところで、妙にボロボロになったプリムが口を挟んでくる。
「おや、理事長?」
「お主への客、というより今回の後始末要員として訪ねてきた人員を連れてきたんじゃが、そこで見事に流れ弾を食らうとは思わんかったわ」
「あれは、私の制御下にあるものではないので……」
「知っておるわ。それで、こやつらを連れ出せばいいんじゃな?」
「はい」
「だ、そうじゃ。せっかくのイベントにこれ以上水を差す前に、とっとと連れて行くがいい」
レベッカに確認を取った上で、連れてきた人員にそう指示を出すプリム。
黒スーツにグラサンのマッチョな外国人の集団という、場留戸氏とはまた違った意味で物々しい連中が、半分悪魔の姿のままの場留戸氏と一応人間の姿のままの取り巻き達を運び出す。
「もう、出ていってもいいかな?」
「はい。因果の糸が切れていますので、今回の襲撃がこれ以上こじれることはないでしょう」
「だって。宏君も澪ちゃんも、こっち来て大丈夫みたいだよ」
「なんっちゅうか、前もそうやったけど派手やなあ」
「ボクだけこんなエロいビジュアルでキャラの濃いお姉さんと初対面とか、すごく悲しい」
「澪ちゃんは里帰り中だったから、どうしようもなかったじゃない」
一件落着と見て、レベッカがあまり深く関わりたくない二柱と、その関係者らしい澪と呼ばれた少女がギャラリーの中からぞろぞろと連れ立って出てくる。
「それにしても、シスターも濃いけど、後から出てきたのじゃロリな理事長っていうのも濃い。ボクとかアルチェムとか、完全にキャラで負けそう」
「エロトラブルが発生せん時のアルチェムはともかく、澪は普通に対抗できるぐらいキャラ濃いと思うで……」
澪の言葉に、微妙な表情でそう突っ込む宏。
キャラの濃さに関して、彼らは基本的に人のことは言えない。
「ん? 理事長さんって二十代半ばぐらいだよね? のじゃロリってどういう事?」
澪の言葉に、不思議そうにそう聞いてくる若葉。
「えっとね。私とか宏君、澪ちゃんの目だと、小学生ぐらいの体格に見えるんだ」
「ああ、人によって見え方が違う系の人なんだ。そういう人も実在するなんて、世界は広いわね」
それについてどう答えるべきか迷った末、とりあえず正直にそう告げる春菜。
春菜の説明で、あっさり納得する若葉。
普通ならこんなに簡単に納得などしないだろうが、今日はすでにお腹いっぱいになるほど超常現象を見ているので、特に疑問に思わないようだ。
「で、や。そもそも理事長さんって、何の理事長なん?」
「儂か? 儂は聖心堂女学院の理事長じゃ。そういえば、名を名乗っておらんかったな。プリムフォード・ヴォスオードじゃ。プリムとでも呼んでくれ。ちなみに、お主らのことは知っておるので、自己紹介は不要じゃ」
「さいですか。まあ、どういうルートでどういうポジションとして知られとるかは、何となく予想つくけど」
「うむ。もしかしたら、春菜あたりは普通に生徒と理事長という関係になっておったかもしれんが、今にして思えばそうなっておらんで助かったのう」
宏達の事情は全て把握している。暗にそう告げるプリムの言葉に、苦笑するしかない宏達。
「でも、春姉が聖心堂女学院の生徒だったら、そもそもこういう状況になってないと思う」
「だといいんじゃがなあ。こういう人間は、どんな歴史をたどっても結局大差ない状況になるもんじゃ」
「むう、否定できない……」
聖心堂女学院に通っていると神化するような事態に巻き込まれなかったのでは、と指摘する澪に対し、世の中そんな甘くないとしみじみとした口調で言い切るプリム。
そのプリムの反論に対し、否定できず同意するしかない澪。
「それはそれとして、誰もシスターのやったこととかに驚かへんねんなあ」
「そりゃあ、今ここにおる連中は、なんだかんだでそういう現象に何度か遭遇しておるからのう」
宏のもっともな疑問に、安永氏が口を挟む。
まだフリーマーケットの出品者が来ていないので、現在ここにいるのは安永農園か竹中牧場の関係者だけである。
「で、パエリアを作るんじゃろう? 今米を持ってこさせておるから、どんどん仕込むがええ。他の者も、早く作業に戻らんと、開始に間に合わんぞ」
安永氏に促され、設営や仕込みの作業に戻る一同。
その後、試作品のパエリアで盛り上がったり後から足りないものが出てきて慌てて調達に走ったりしながらどうにか十時の開場にこぎつける。
その後、ぬか漬けが秒殺に近い形で売切れたりフリーマーケットに結構掘り出し物があったりと、小規模イベントらしいエピソードが続きながら、ちょうどいいぐらいの人出で昼頃までこともなく進む。
異変が起きたのは、昼過ぎであった。
「いいピザ窯だね!」
「そうなのですか?」
「ああ! 血がうずいて仕方がないから、ちょっくら腕を振るわせてもらうよ!」
イタリアンな感じの男性が、手を洗って消毒した後に竹中牧場の従業員が成形しようとしているピザ生地を手に取る。
そのまま見事な動きでピザ生地を投げて回して広げていく。
「おお!」
「シスターさんとそっちのちっちゃい子はよく食べるみたいだからね! 第一号は君達に贈呈しよう!」
そう言いながら、素晴らしい手際でピザを焼くイタリア人。
その第一号をもらったレベッカと澪が、実に美味しそうに平らげる。
「……ねえ、シスター。あっちでも外国の人が鉄鍋でなんかやってる」
「あれはパエリアのようですね。どうやら、スペインの方が調理しているようです」
「向こうでは、アメリカンな感じのおじさんが、グリル一個占拠してすごく美味しそうなの焼いてる」
「あれこそ、アメリカ式のホストがもてなすバーベキューですね」
「なるほど」
ピザをほおばりながら、会場のあちらこちらで外国人が提供し始めた各種グルメをチェックする澪とレベッカ。
とりあえず、今日のところはイタリア人のピザに推定スペイン人のパエリア、アメリカ人のバーベキューの三種類のようだ。
「シスターも何か作る?」
「残念ながら、ここで調理して振る舞えるほど、料理の腕はありません」
「むう、残念」
「そちらは……、腕が良すぎる方向でやめたほうが無難ですか」
「ん」
次は何に手を出そうかと物色しながら、そんな話をする澪とレベッカ。
なんだかんだで、初回の竹中牧場感謝祭(仮)は、こういうイベントでは珍しい本場の本格派グルメが味わえたということで大盛況のまま終わり、来年以降の方向性がほぼ決まるのであった。
内容的にはがんばる編8巻のレベッカ視点。大した情報はありません。
なお、裏でシルヴィアがいろいろ動いていたりもしますが、レベッカ視点では出しようがないというか、出てきたところで何が変わるわけでもないというか……
場留戸にもっといろいろ言わせようかと思ったものの、いまいちピンとくるセリフが思いつかなくてあきらめた件。
どうせ大した差は出ないから別にいいか。




