NOT撲殺その13 漁港
「漁港に来るのも、久しぶりですね」
ゴールデンウィークの真ん中、一般的な学校は大体登校日になっている平日の早朝。
浄化の仕事で潮見港を訪れていたレベッカは、聖痕を軽く起動しながらホースで水を撒くだけの簡単なお仕事を終えた後、朝食の店を探しながら軽くぶらついていた。
「以前は従業員の皆様向けと思われる食堂でいろいろいただきましたが……」
二年近く前のことを思い出しながら、次々と帰ってくる漁船を眺めるレベッカ。
以前にレベッカがこの漁港に来たのは、美優に連れられて船幽霊を仕留めた時まで遡る。
その後、レベッカまで回ってくるほどの仕事がなかったこともあり、すっかりご無沙汰となっていたのだ。
「どうやら、あちらに店が集まっているようですね」
案内地図を見て、目的地を確認するレベッカ。
潮見港とひとくくりにされているが、ここは客船エリアに貨物船エリア、漁港の三つのエリアを内包し、大型貨物船の入港もある大規模な港だ。
それ故に、中は普通に車で移動したくなるぐらいには広い。
その中で貨物船エリアは一部を除き、関係者以外立ち入り禁止となっているので今回のレベッカは入れないが、漁港と客船エリアは一部を除き普通に出入りでき、そこにいわゆる市場がある
ちなみに、前回は船幽霊騒ぎで港が一時閉鎖されていたため、市場の店はほぼ全て休んでいた。
「……ふむ。大部分は観光客や客船の乗客に向けた店舗のようですね。……なるほど、漁港よりの比較的辺鄙な場所のほうが、安くていいものが食べられそうですね」
案内図と店舗の解説を読み、そうあたりをつけるレベッカ。
なお、現在はまだ漁船の水揚げが始まったばかりという時間であるため、市場の店は大部分がまだ開店前だ。
観光客や一般客に向けた店舗だと、朝一到着の客船から降りてきた客を目当てにした店ぐらいしか開いていない。
つまり、実のところ、元々それほど選択肢はない。
「……うお天? 天ぷら屋さんなのに、朝からやっているのですね」
比較的営業開始している店が多い漁港側のエリアまで来たところで、既に客が結構入っている天ぷらの店を発見する。
「……なるほど。夕方から朝十時まで営業の、深夜帯がメインのお店ですか」
営業時間を見て納得しつつも、それはそれで珍しいと不思議に思うレベッカ。
なんにせよ、まずは朝食だ。
「いらっしゃい。空いてる席に好きに座ってくんな」
店に入ってすぐ、店の大将らしい店員からそう声をかけられる。
そう言われてざっと店内を見渡し、たまたま空いていた一番端の席に座るレベッカ。
カウンター席しかない小さな店なので、やたらデカいファッショナブルなリュックを持っているレベッカが真ん中の方に座ってしまうと、邪魔でしょうがないのだ。
「うちは基本的に本日の天ぷら食べ放題の定食に、食べ放題以外の単品を別注で足すシステムだ」
「本日の天ぷらですか。それはどんなものでしょうか?」
「今日はイワシと小あじ、やんばだな」
「やんば、とは?」
「この辺の地魚でやがらっていうのが居てな。それの小さいやつだ。骨が多くて食べづらい上に身が少ないから、基本的に売りもんにならん」
「……ふむ。ということは、イワシと小あじも?」
「おう。売り物にならねえ奴を、ここで天ぷらにして出してる。まあ、売り物になんねえっつっても、サイズが小さいとかそういうので、食えねえわけじゃねえから安心しな」
「分かりました。それでは、定食をお願いします。ご飯は大盛りで」
レベッカの注文に一つうなずき、すぐにご飯と味噌汁、漬物に天ぷらを載せる皿を出してくる。
そのまま流れるような動きでイワシと小あじの天ぷらを数匹盛る。
「飯の大盛りは無料だがおかわりは別料金だからな。味噌汁も別料金だ」
「分かりました」
大将の説明にうなずき、食前の雑な祈りを済ませておもむろにイワシの天ぷらにかぶりつく。
新鮮なものをカラッと揚げたそれは、生臭みもなくイワシ本来のうまみを引き出した素晴らしい一品であった。
なお、イワシなので当然小骨はあるが、レベッカの顎と歯の前には何の障害にもなっていない。
「とても美味しいです」
「ならよかった」
そう言いながら、容赦なくやんばの天ぷらも盛る大将。
盛られた天ぷらを片っ端から瞬殺していくレベッカ。
レベッカが食べ終わるか否かというタイミングで、揚がってすぐの天ぷらを盛る大将。
まるでわんこそばのようなペースで処理されていく天ぷらだが、その流れは五分ほどで一度止まってしまう。
「すみません。ご飯おかわりお願いできますか?」
レベッカのご飯が無くなったのだ。
「おう。五十円増しになるが、丼で大盛りにするか?」
「お願いします」
大将の提案に嬉しそうにうなずくレベッカ。
どうせ大盛りでも最低三杯は食うので、五十円増しでも丼飯の方がいろんな面で助かる。
「ほらよ」
レベッカの注文を受け、漫画盛りと表現するのが正しいであろう山盛りの丼飯を出してくる大将。
ついでとばかりに揚げたての天ぷらをありったけ皿にのせる。
「ありがとうございます」
大将に礼を言い、再び食事に戻るレベッカ。
そこから十分少々、天ぷらを盛る大将とそれを平らげるレベッカの勝負とも対話ともつかない状況が続く。
その間に他の客もどんどん天ぷらを平らげていくのだから、恐らくこの十五分ほどは満席時と大差ないぐらいの勢いで魚が消費されている。
いや、レベッカの勢いを見ると、満席時よりもテンポが速いかもしれない。
その証拠に、レベッカの丼飯が残り三分の一を切ったあたりで、ついに仕込みが追いつかなくなってしまった。
「すまん。仕込んであった種が切れた。少し待ってくれ」
「はい」
「待たせちまうサービスだ」
そう言って、小さな白身魚を三枚、さっと揚げてレベッカに出してくれる。
「これは?」
「イトヨリダイの規格外品だ。食べ放題どころか普通のメニューとしても出せるほどの数がなかったから、賄いにでもと思ってたんだがな。状況が状況だから、不公平だとかは言われんだろう」
そう言って、仕込みに戻る大将。
本当にいいのだろうかと周囲を見渡すレベッカだが、そもそも他の客は皿の上の魚をまだ食べ終わっていない。
箸が動くペースを見る限り、恐らく次のおかわりは無さそうだ。
「そういう事なら、遠慮なく」
問題ないと理解したとたんに、容赦なく追加料理を平らげるレベッカ。
レベッカがイトヨリダイと味噌汁を食べ終わったところで、追加のイワシが出てくる。
「待たせたな」
「ありがとうございます」
それだけのやり取りで、再び中断前の作業に戻る大将とレベッカ。
そこから五分ほどで、レベッカのご飯が空になる。
「ふむ。……今日のところは、一旦これで終わりにしましょう」
「そうか」
「かなり食べたと思うのですが、仕込みの方は大丈夫ですか?」
「今からだったら、さすがにそんなに来ねえからな。むしろ、いつもより残りが少なくて助かったぐらいだ」
「そうですか」
「ああ。元々、漁港の廃棄をできるだけ減らしたいって理由でやってる店だからな。シスターさんみたいにうまそうに切れ目なく大量に食ってくれる客は、こっちとしてもありがてえんだよ」
そう言って、ニカッと笑う大将。
大将の笑顔に、同じように微笑みを返すレベッカ。
おかわりを含めて税込み千二百円ほどという嘘のように安い支払いを終え、さあ次は、というところで大将が悪魔のささやきを口にする。
「そういや、うちと同じように廃棄予定の魚を使ったラーメン屋が、そろそろ開店時間なんだ。あっちは魚介のアラをふんだんに使ったスープが有名でな。見た感じまだ食えそうだから、そっちにも行ってみたらどうだ?」
「そうですね、ぜひ伺いたいと思います」
いろいろ遠慮して切り上げたのを察した大将の言葉に、思わず満面の笑みを浮かべるレベッカ。
「やはり、産地が近いといろいろ美味しいものがありますね」
店を出て、教えてもらったラーメン屋を探しながら満面の笑顔でそうつぶやくレベッカ。
この日レベッカは、ラーメン屋に漁港経営の回転寿司をはしごし、安い海の幸を目いっぱい満喫して教会に帰るのであった。
いわゆる撲殺聖女版孤独のグルメ回。
なお、今回出てきた天ぷら屋さんのように食べ放題ってのは珍しい部類ですが、漁港併設とか漁港近くにある飲食店って、割と商品にならない系の魚とかアラとかもらってきて調理してる系の店珍しくなかったりします。
じゃあ、なんで0円食堂の企画が成り立つのかって?
それぐらいで廃棄が全部なくなるわけないじゃないですか、やだな~




