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撲殺その37     ある日の動物園

「なぜ私は、レッサーパンダに威嚇されているのでしょう……」


 ゴールデンウイーク初日、開園前の動物園。


 早朝のうちに一仕事終えたレベッカの前に、脱走したレッサーパンダが何故か威嚇ポーズで立ちふさがっていた。


「……避けていこうにも、律義に通り道をふさぎに来るんですよねえ……」


 どう動いても目の前に立ちふさがるレッサーパンダに、思わずぼやきが漏れるレベッカ。


 無視して強行突破、もしくは背中を向けて立ち去るというのも考えたが、それをすると即座に飛び掛かってきそうなのが悩ましい。


 飛び掛かられること自体は何の問題もないのだが、反射的に迎撃した結果殴り殺しかねないのが厄介だ。


「どうにかして飼育員さんを呼んで……」


 そうつぶやいたところで、脱走したレッサーパンダを探していたと思われる飼育員と目が合う。


「あの……」


「ごめんなさい。そこまで興奮してると、私達でもちょっと手が出せません……」


「え~……」


 まさかのプロの言葉に、どうしたものかと途方に暮れるレベッカ。


 いくら愛らしいビジュアルをしていようと、レッサーパンダも元は野生の獣。


 本気を出せば人間に重傷を負わせることができるくらいには、牙も爪も鋭い。


「……ただただ謎なぐらい興奮しているだけで、霊的な何かはないんですよね……」


 周囲の状況を確認し、本当に何もないことを悟って頭を抱える。


 悪魔が裏で、とか、悪霊の残り香に興奮して、とかであればまだよかったのだが、そういう種類の臭いはない。


 他にありそうな理由があるとすれば、レベッカが持っているものにレッサーパンダをここまで興奮させる何かがあるかもしれない、程度である。


「事前に言われた持ち込み禁止物は持っていないはずなんですけどねえ……」


 そうぼやきつつ、とりあえず背負っているファッショナブルなリュックを下ろして、遠くに置いてみる。


 ついでに取り出した聖水を念のために周囲に撒いてみると……


「熱っ!」


「ギャッ!」


 しずくがかかった飼育員とレッサーパンダが、何故か悲鳴を上げる。


「……大丈夫ですか?」


「ええ。でも、これって確か、聖水でしたよね? これが熱かったってことは、私何かにとりつかれたりしてるってことですか!?」


「そうとは断言できませんが、念のためにこの一帯をもう一度払っておいた方がいいかもしれませんね」


 予想外の結果を踏まえ、そう判断するレベッカ。


 恐らく、先ほど浄化した動物たちの怨念が一部、残滓の残滓というぐらいの濃度で拡散して脱走したレッサーパンダとそれを追い回していた飼育員に憑りついたのだろう。


 残滓の残滓ぐらいまで薄まると、大抵の場合探知専門でもなければ察知できなくなるのが普通だ。


 逆に、探知できないレベルであればこれといった悪さもできないものなのだが、たまに今回のように絶妙な濃度で残っている時がある。


 探知専門の霊能者以外ではトップクラスの探知能力を誇るレベッカが発見できなかったぐらいなのだから、放置してもそのうち勝手に消える程度の強さしかないのは間違いない。


 が、今現在面倒なことになっているので、サクッと対処してしまったほうが間違いがない。


「お願いしていいですか?」


「はい。ないとは思いますが、何か妙なものが遠隔でちょっかいをかけてきている可能性もないとは言い切れませんし、実はさっきちゃんと浄化できてなかったかもしれませんので」


 そう言って、胸の前で祈るように手を組むレベッカ。


 レベッカが祈りのポーズをとった瞬間、まだ早朝だというのに周囲を夜の闇が覆いつくし、空に見事な満月が浮かび上がる。


「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」


 その祈りの言葉と同時に、辺りにハムスターが主役のアニメの主題歌がBGMとして鳴り響く。


 BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。


 浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。


 ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。


 光がレベッカの修道服をモーフィング変形させ、やたらあちらこちら無駄に露出したデザインの作業服として機能していないデザインの作業服へと変える。


 その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放される。


 その光に焼かれたレッサーパンダが震えながら降伏のポーズを取り、地面の中から何かがのたうちながら這い出てくる。


 なお、飼育員は先ほどの聖水のしずくで完全に浄化が終わっているらしく、特にこれと言って影響は受けていない。


「では、互いの罪を清算しましょう」


 いつの間にかごっついガントレットに包まれた両拳をピーカブースタイルに構え、いつものようにアルカイックスマイルでそう宣言するレベッカ。


 その言葉に、地面から這い出てきた闇の塊が二足歩行の巨大なオオサンショウウオの姿を取っていると表現するのが一番近い何かが、慌てて命乞いをする。


「正直すまんかった! 悪気はなかったというか生態的特性で自動的にそうなっただけというか! 不可抗力だから見逃してくれ!」


 闇のオオサンショウウオの言葉に対し、アルカイックスマイルのままレベッカが華麗なフットワークで間合いを詰めることで答える。


「えっと、もしかして、やっぱり、オラオラですか?」


 表情も何も分からないはずの闇のオオサンショウウオが、誰の目にも明らかに冷や汗を浮かべている様子でレベッカにそう質問する。


 レベッカはアルカイックスマイルのまま、無言でラッシュに入る。


 世の中大変よくできているもので、たとえ悪霊や厄神の類でも、仕留めてはまずいものは聖痕の力をもってしても人間が仕留めることはできないようになっている。


 なので、ここでレベッカがラッシュを叩き込んだところで、後で世界が困ることはないのだ。


 このあたり、聖痕持ちというのが聖痕を与えた神にとってのおもちゃであると同時に、ある種のセーフティも兼ねているからなのだが、そんなことは当然レベッカが知る由もないし、知っていたところで気にする訳もない。


 せっかく聖痕を解放したのだからとばかりに、景気よく闇のオオサンショウウオをボコる。


 レベッカに察知されなかった割に高濃度の瘴気をため込んでいた闇のオオサンショウウオは、そのあたりのことが災いして通常より痛さとボコられる時間が五割増しでラッシュを叩き込まれ続ける。


 フルバージョンのオープニングが終わりエンディングテーマのフルバージョンが最後のパートに入るまでボコられ続け、すっかり普通のオオサンショウウオより小さくなったところで、ようやくとどめのコークスクリューが叩き込まれる。


 コークスクリューのカットインに合わせていつものように祈りのポーズの天使が相手の体を縦方向に貫通し、羽根を散らしながら天高く舞い上がる。


「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」


 それに合わせて、お約束のまったく心のこもっていない雑な祈りの言葉とともに、胸の前で十字を切るレベッカ。


 レベッカの祈りに合わせてまき散らされた羽根を覆いつくすように浄化の光が広がり、柱となって天地を貫く。


 光の柱が消えると同時に周囲の光景が朝の動物園に戻り、レベッカの服が普段の修道服に変わって、どこに飛んでいたのか最初に吹き飛ばされたベールがレベッカの頭にふわりとかぶさる。


 ベールがかぶさったところで丁度エンディングテーマの最後のフレーズが終わり、今回の件が終了する。


「恐らく、これで問題は解決していると思うのですが……」


「……最後の変なの、なんですか?」


「さあ?」


 飼育員の質問に、首をかしげてそう答えるレベッカ。


 アレが一体何でどこから出てきたのか、浄化の専門家ではあっても浄化対象についての専門家ではないレベッカに聞かれても困る。


 レベッカに分かるのは、浄化できるかどうかとどういう手順でやれば確実なのかだけである。


 わかることといえば、あいつを感知できなかったのは元からそういう性質を持っていたかららしい、ということぐらいである。


「とりあえず、これでしばらくは大丈夫だと思うので、霊的な面では今から開園しても問題ないかと思います」


「そ、そうですか……」


「それと、売店か食堂の類は開店していますか?」


「えっと、売店はともかくレストランやフードコートはまだ仕込みの最中だとは思いますが……」


「そうですか……。大変お腹が空いたので、何か頂いて帰ろうかと思ったのですが……」


「ちょっと聞いてきます」


 レベッカの言葉に、レッサーパンダを回収しながら大慌てで確認に行く飼育員。


 流石にまだちゃんとした食事は無理だったのだが、園側の厚意でうどんとおにぎりのセットを軽く用意してもらうことができ……


「ありがとうございます。少し落ち着きました」


「いえいえ。また何かあったら、お願いします。今度はうちの名物のレッサーくんプレートと白ヘビ様うどんを用意しておきますので」


「そうですか。まあ、何もないのが一番なんですけどね……」


「まあ、何もなくても定期的にお祓いと供養はお願いしていますので」


「そうですか」


 何となく次回の予約を得ることになるレベッカであった。

なお、うどんセットは普通に大盛り一杯と特大おにぎり2個でした。厚意で用意してもらうにしては多いですが、これでもちゃんと遠慮したので普段の食事量からすると少ない部類に落ち着いています。

いいことかどうかはともかくとして、大食いで有名なレベッカに普通の分量を出すほど、園側も認識が甘くはなかったようです。


なぜレッサーパンダなのかとか、なぜハム太郎なのかとかは深く追求しないで。思いついた衝動で書いた話なので……。


余談ながら、闇のオオサンショウウオのモデルは「ぷちます!」に出てきたスペパププ。

実はこのオオサンショウウオ、別に悪意を持ってレッサーパンダを興奮させたりしてたわけではなく、偶然の結果ああなっただけ。

普通は特に外部に影響を与えることはなく、それ故に探知に専門特化してないとなかなか探知できない存在だったりします。

瘴気やら怨念やらかき集めるだけかき集めては、特に抵抗もせずに浄化されやすい場所に移動して自分から祓われて小型化、またあまりよろしくないものをかき集めるという、とても都合のいい存在ですが、今回とても運が悪いことにレベッカに撲殺されてしまいましたとさ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新、お疲れ様です。 威嚇するレッサーパンダ、可愛いと思います。 相手が一般人ならともかく、レベッカなら実害もないですしね。 >探知専門の霊能者以外ではトップクラスの探知能力を誇るレベッ…
[一言] ジョジョ読んでいたんだなぁ
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