NOT撲殺その12 洋食屋
「おや、こんなところに洋食屋さんがあったのですね」
ゴールデンウイークもあと数日というある日。別の地区の教会までお使いに行っていたレベッカは、帰り道にこじんまりとした洋食屋を発見する。
「せっかくですから、今日のお昼はここにしましょう」
暖簾が出ていることを確認し、本日の昼食を決定するレベッカ。
何気に洋食をメインとしている店に入るのは久しぶりだったりする。
「いらっしゃい。好きな席に座っとくれ」
店に入ると、気難しそうなお爺さんのシェフが、すぐにそう声をかけてくる。
その声に従い、適当に空いている席に座るレベッカ。
まだ早い時間なので店に客の姿はなく、選び放題である。
店の中には、チラシやカレンダーの裏に書いたメニューが所狭しと貼ってあった。
「……ふむ、なるほど」
メニューを見ていろんな意味で納得し、日替わりメニューが書かれているホワイトボードを確認するレベッカ。
本日の日替わりは、ハンバーグとエビフライという定番中の定番とでも言うべき代物であった。
まずはそれでいいかと思ったところで、すぐ近くにジャンボエビフライなる別のメニューが目に入る。
ジャンボというぐらいだからかなりデカいのだろうが、どのぐらいデカいのかはメニューからは伝わってこない。
厄介なことに、この店には写真付きのメニューなんて言うお洒落で気の利いたものはない。
一応店の正面には食品サンプルがあったが、レベッカの経験上、こういう雰囲気の店だと大体参考にならない。
「……そうですね。まずは、日替わりをお願いします」
「まずは、かい?」
「はい。多分、他の料理も頼むと思いますので」
「なるほどな。安心しな。ここは年寄りもよく来る店だから、ジャンボとか大盛りとか書いてないメニューに、そんなべらぼうなボリュームのもんはねえ」
「ということは逆に言うと、ジャンボエビフライというのはとても大きいと」
「そりゃあな。有頭エビフライだし、いいサイズの奴を選んで仕入れてるからな。日替わりのエビフライと可食部で比較するなら、倍以上はあると思ってくれ」
「なるほど」
シェフの言葉に納得しつつ、そもそも標準サイズが小さいとは一言も言っていないことに気が付くレベッカ。
そもそもの話、この手の飲食店で出てくるエビフライが、スーパーや給食弁当のエビフライほど小さかったためしがない。
もっとも、レベッカ的にはエビフライが大きくて困ることは何もないので、それはそれで別にいいかと深く追及しないことにする。
そのまま、料理が出てくるまで所狭しと貼られたメニューをじっくり確認する。
「……おおよそ、洋食とは思えないものもありますね……」
ざっとメニューを見てレベッカが気になったのが、サバの味噌煮と豚の角煮。
どちらも基本的に、洋食のカテゴリーには入らないものであろう。
さらに言えば、サバの味噌煮はともかくとして、豚の角煮は圧力鍋で短縮できるといってもそれなりに時間がかかる料理だ。
最初からある程度作り置きしていないと、注文を受けてすぐには出せないのではなかろうか。
さらに見ていくと、麻婆豆腐にレバニラ炒めに酢豚、天津飯と、普通中華ではないかというメニューがちらほら混ざっている。
何気にピラフとチャーハンがちゃんと別枠でメニューに上がっているが、ちゃんと調理工程は守っているのか微妙に気になるところである。
ラーメンと餃子がメニューに入っていないのが、一応洋食屋であるという意地なのかもしれない。
なお、餃子はないがラビオリはある。
「……この角煮、本当にメニューにあるんでしょうか?」
他にもいろいろ目を引くものはあるが、どうしてもそこが気になってしょうがないレベッカ。
いくら圧力鍋などを使えば時短できるといっても、沢山一気に作ったほうが美味しくなるタイプの料理なので、毎日作っているのかどうかが気になるのも当然といえば当然であろう。
「マスター、いつもの」
「あいよ」
そんなこんなで店を観察していると、常連らしい初老の男性が、入ってくるなりすぐに注文を出して適当な席に座る。
「おや、俺より早い客がいるなんて珍しい。その格好、もしかして学校のところの教会に来たっていうシスターさんかい?」
「はい。聖心教会でお世話になっています」
「そうかいそうかい。よくこんな一見さんお断りオーラ駄々洩れの小汚い店に入ろうと思ったね」
「たまたま前を通りかかりまして」
「小汚いは余計だ」
常連客とレベッカの会話を断ち切るように、日替わりランチをレベッカの前に並べるマスター。
予想通り、エビフライはそこそこ大きかった。
「……なるほど」
日替わりランチを見て、何やら納得するレベッカ。
エビフライはそれなりに立派なサイズだが、その分ハンバーグがやや控えめなサイズになっているため、全体を見ると一般的な定食一人前ぐらいのボリュームだ。
それにご飯と味噌汁がついている。
これなら、もう少しハンバーグを小さくすれば食が細くなった年寄りでも完食できるだろう。
無論、レベッカには全然足りていない。
「オムライスもお願いします」
「あいよ」
「それと、豚の角煮って、本当にあるんですか?」
「今日はある」
「今日は?」
「さすがに毎日は作ってねえからな。ない日はメニューの上に白紙をかぶせて隠してあるんだ」
「なるほど」
マスターの説明に、そういうものかと納得するレベッカ。
よく見れば、白紙がかぶせられているメニューがちらほらある。
恐らくそれらは、豚の角煮同様一度にたくさん作るほうが美味しい料理か、他の料理に使いまわしできない食材を使った料理なのだろう。
「豚の角煮も出すか?」
「お願いします」
「ごはんと味噌汁はどうする?」
「もちろん、つけてください」
「見かけによらず、無茶苦茶食うな……」
「どうにも、私は燃費が悪いので……」
そう言いながら、手を祈りの形に組むレベッカ。
一応、食前の祈りはちゃんとやるらしい。
「主よ、生きる糧を与えてくださったことに感謝します。いただきます」
例によって例のごとく、それっぽくはあるが割と雑な食前の祈りを済ませ、たっぷりタルタルソースを絡めたエビフライに猛然とかぶりつくレベッカ。
期待以上でも以下でもない、これぞエビフライという味に心が満たされるものを感じながら、ご飯に味噌汁、千切りキャベツなどを順番に味わっていくレベッカ。
日常使いするのに必要十分な味の料理に、レベッカの心がどんどん浮き立っていく。
丁寧に作られているハンバーグもシンプルにおいしく、あっという間に日替わりランチを平らげる。
「オムライスと角煮定食、お待ち」
「ありがとうございます」
「いつものやつだ」
「これこれ。週に一回はこれ食わないと、調子でないんだよなあ」
レベッカの前に大量の料理を出し、そのついでとばかりに常連客に牛スジとダイコンの煮物定食を置くマスター。
これまた洋食屋らしからぬ洋食の要素ゼロな料理だが、いい色に仕上がっているゆで卵とトロトロに煮込まれた牛スジが、見ているだけで食欲を増幅してくれる。
「美味そうだろ? こいつは毎日マスターが仕込んでてな。名物の牛スジカレーなんかにも使われてるんだぜ」
「なるほど。それはいいことを聞きました」
そう言いながら、オムライスを平らげにかかるレベッカ。
この店のオムライスは、由緒正しいチキンライスを薄焼き卵でくるんだタイプのもので、かけられているのもごくごく普通のトマトケチャップである。
そんな、どこをとっても全く凝ったことをしていないオムライスだが、基本に忠実だけあってこれまた毎日でも食べられるような、ちょうどいいほっとする味付けだ。
とはいえ、チキンライスの仕上がり具合や薄焼き卵のムラのなさなどは、間違いなくプロの仕事である。
何となく手が止まらないオムライスを瞬く間に平らげ、そのままの勢いで豚の角煮定食に挑むレベッカ。
これまでの印象を裏切るように、豚の角煮は結構ガツンとした味であった。
「ふむ。これは割と味が濃いのですね」
「豚の角煮だからなあ」
「ですが、脂身も多いわりに後味はさっぱりしていますね」
「それがすごいんだよな」
常連客と話をしながら、まるで今まで何も食べていないかのようにサクッと定食を完食するレベッカ。
その頃には、他の常連客と思しき客が増え、いつの間にやら店内は満席になっていた。
「……ふむ。もう一品ぐらい欲しいところですが、この混雑具合であまり長居するのもあれですね……」
「そんだけ食えば、別に気を遣わなくてもいいとは思うがね」
「いえいえ。さすがに、待っている人が出ているとなると、さっさと出るのがマナーでしょうから」
そう告げて、知らぬ間に置かれていた伝票を手にレジへ向かうレベッカ。
よく見ると、アルバイトなのかそれともマスターの身内か、若い男女の店員が注文を取ったり料理を運んだりと忙しく動き回っている。
「あっ、お会計ですか?」
「はい、お願いします」
「消費税込みで二千八百円になります。……三千円頂戴いたしまして、二百円のおつりとレシートです」
若い女性の店員が、てきぱきとレジを打って会計を済ませてくれる。
その手際の良さに、たぶん子供の頃から手伝いをしていた口だなとあたりをつけるレベッカ。
よく見ると、顔立ちにマスターの面影がある。
「ごちそうさまでした」
「たくさん食べてくださって、ありがとうございます。これ、マスターからのお土産です」
そう言って、何やら紙に包まれた揚げ物とタッパーの入った袋を差し出してくる女性店員。
それをありがたく受け取って、もう一度店内を見渡すレベッカ。
その時、山ほど並んだメニューの片隅に、猪や熊、キジなどのジビエ料理のメニューを発見する。
「このお店、ジビエも扱っているのですね」
「はい。禁猟期は冷凍肉を使うので、いつでもあるわけではありませんけど」
「あの、もしかしたら食材持ち込みで料理してもらうことって、可能でしょうか?」
「それはもう、お爺ちゃんの気分次第ですね。気が乗った時は受けてくれます」
「そうですか。でしたら今度、相談に乗ってもらいに伺いますね」
「分かりました、お待ちしています」
やはり身内らしい女性店員に予約ともいえない予約を告げ、今度こそ店を出ていくレベッカ。
店を出て帰り道に、思わずぽつりとつぶやく。
「これで、あの謎の穴で手に入る謎肉の調理に目途が立ちそうです」
そう、レベッカがわざわざ持ち込み調理について確認を取ったのは、何故か傷むことなく冷蔵庫を占拠している、謎の生肉の塊をどうにかしたかったからだ。
それなりに食べて減らしたものの、一つ十数キロのブロック肉となると調理そのものが大変だ。
さらに言えば、レベッカの料理の腕では雑にぶつ切りにして適当に焼くか炒める、もしくはちょうどよさげな厚さに切ってステーキにするぐらいしかできない。
そんな調理の仕方なので焼き加減も大雑把で悪い方向に味のばらつきが大きく、味にこだわりが薄いレベッカと言えどさすがに飽きてきているのである。
「さて、そうと決まれば、もう何回か通って無理を頼みやすいポジションに収まりましょう」
そう妙な方針を固め、足取りも軽く教会へと帰るレベッカ。
なお、この日渡されたお土産はクリームコロッケと牛スジ煮込みで、その味にますます常連になる決意を固めるレベッカであった。
ちょっと飯特化の話を書きたかった。
豚の角煮については圧力鍋使えば云々があるのは知ったうえで、こういう人は使わなさそうだなってことで一つ。
あと、ダンジョンで出てくる謎肉をジビエと言っていいのかどうかは深く気にしない方針でお願いします。




