撲殺その35 レベッカと不思議な穴 第一層
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「来てくれたか、すまんな」
「それはいいのですが、今日は別に流れ弾が飛ぶようなことはしていないのに、なぜボロボロなのでしょうか?」
「気にするな」
昼過ぎ。シルヴィアの指示を受けてプリムの自宅を訪れたレベッカは、何故かボロボロになっているプリムの姿に首をかしげる。
「それで、話は聞いておるか?」
「はい。庭に出来た謎の穴を調査するのですよね?」
「うむ。儂が行ければよかったんじゃが、残念ながら穴を覗いたときに見えた場の属性がなあ」
「ああ、同属性で無効化もしくは吸収しあう類ですか」
「うむ。その上で、相手にデカくて硬くて物理主体の奴が居ったら、一方的に殺され続ける羽目になりそうでの。そうなってしまうとどうしようもなくなるから、儂が調査に潜るのは断念せざるを得なんだ」
「確かに、理事長は比較的物理攻撃に弱いですからねえ」
「さすがに見てくれほどやわではないが、こういうところで出てくる連中相手に、その程度で足りるわけがないからのう」
プリムの無念そうな顔に、まあそうだろうなあと頷くレベッカ。
そもそも、プリムが対応できるようなら、シルヴィアに預言など降りない。
「それにしても、最近理事長がこういう案件を処理しているのを見たことがありませんが、そんなに偏ってるんですか?」
「そうじゃのう。儂が対処できるような案件はお主が来日する直前ぐらいにほぼ片付いたというのもあるが、最近は闇属性だの邪属性だのに偏り気味だというのも確かじゃな」
レベッカの疑問に対し、最近の状況を思い出してそう答えるプリム。
そもそも霊的な案件そのものが増えているのは確かだが、その中でプリムしか対処できない類のものは最近全く覚えがない。
もっとも、それについては心当たりがなくもないが。
「まあ、そのあたりはルシファーが動いておる時点で、ある程度仕方がない部分じゃからなあ」
「あ~……」
「それに、見ての通り、儂しか対処できないものはひどく限定されるからのう。もともと比率的に少ないのは否めんし、儂でもお主でも解決できるもんは後腐れ的な意味でお主にやらせた方が無難じゃし」
「そうですねえ」
プリムに言われ、そりゃそうだとうなずくレベッカ。
属性やら性質やらの問題で穢れの類を完全に祓えるわけではないプリムと、それが本職でそもそも奇麗に全滅させることしかできないレベッカでは、大体のものはレベッカにやらせた方が後腐れがない。
「それはそれとして、穴の調査の話じゃ」
「はい」
「この穴、行き先がどこにつながっておるか分からんでな。たとえ二人同時に入っても同じところに出るかどうかも分からん上に、出たところに出入り口が残っておるかどうかも怪しいと来ておる」
「それで、単独調査という話になっているのですか」
「うむ。で、じゃ。そんな出たとこ勝負に食料持ち込みだけで行けとは言えんから、脱出アイテムの方は用意しておいた」
そういって、レベッカにアリアドネの糸を渡すプリム。
渡された糸を見て、レベッカが首をかしげる。
「これは?」
「アリアドネの糸じゃ。使い方は簡単で、ここに戻りたいと考えながら糸を引っ張り出すだけじゃ」
「ふむ」
「一応シルヴィアが指定したものじゃし、基本的に迷宮だのダンジョンだのから脱出するための道具じゃから、多分大丈夫だとは思うがな。念のために、入ったら一度すぐに脱出可能か試してほしい」
「分かりました」
「食料は持ってきたか?」
「シルヴィアに言われてがっつりと」
「ならば、突入してくれ」
「はい」
プリムに指示され、一つうなずいて穴に飛び込むレベッカ。
こうして、レベッカの不思議な穴攻略は幕を開けた。
「……ふむ」
飛んできた攻撃を叩き落としながら、周囲を観察するレベッカ。
レベッカの視界に飛び込んできたのは沼に囲まれた大きな島、といった体の土地にぎっしりと詰まった大量のモンスターであった。
「これは、しとめる順番を間違えると大変面倒なことになりそうですね」
突っ込んできた蜂っぽい何かをカウンターで仕留めつつ、戦況を把握してぼやくレベッカ。
小物は聖痕を解放していない現状でも一撃で落とせそうだが、ちょっと大きな相手は一手では厳しそうだ。
中型犬以上のサイズを持つ連中になると、確実にワンパンで仕留めるのは不可能だし、どう見てもボスですと言わんばかりのデカいゴーレム三体は、聖痕解放の上でラッシュを叩き込まないと倒せる気がしない。
幸いにして、ここにいるのはプリムが予想した通り闇属性や邪属性の連中ばかりなので、聖痕さえ解放すればレベッカの攻撃は高倍率の特効効果がかかることになる。
さらに言えば、プリムと違ってレベッカ自身は特定属性に偏っていないので、別に相手の攻撃のダメージが増えるということもない。
あくまでも聖痕解放は攻撃属性を聖属性にしつつ呪いなどの類を無効化するだけで、レベッカの防御属性までは変更しないのだ。
「腹をくくりますか」
攻撃が飛んでくるのはワンパンで仕留められる小物ばかりだとみて、サクッと聖痕を解放することに決める。
恐らくだが、それだけで半分ぐらいは消滅するはずである。
腹をくくってカエルが伸ばしてきた舌を無視し、両手を祈りのポーズに組む。
レベッカが祈りのポーズをとった瞬間、不気味な沼地の空が美しい夜空に変わり、空に見事な満月が浮かび上がる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に脳内に例のアナウンスが流れ、辺りにモンスターハウス的な感じのBGMが鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
光がレベッカの修道服をモーフィング変形させ、妙に露出の多いTHE・モンクと言いたくなるデザインの衣装へと変える。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放される。
「では、互いの罪を清算しましょう」
いつの間にかごっついガントレットに包まれた両拳をピーカブースタイルに構え、いつものようにアルカイックスマイルでそう宣言するレベッカ。
解放時にばらまかれた神気により、攻撃を仕掛けてきたカエルを含む半数以上の雑魚が消滅する。
残りの半数も大部分が瀕死になっており、まともに戦えそうなのはゴーレム三体だけである。
「復活されても面倒ですから、まずは焼け残ったものを仕留めましょう」
ざっと状況を見て方針をそう決め、衝撃波を飛ばすジャブを機関砲のように連打するレベッカ。
その圧倒的な密度の弾幕により、あっという間に焼け残った雑魚がすべて消滅する。
それを確認し、横やりが入らないであろうことを確認すると、猛然とゴーレムに襲い掛かる。
動きの鈍いゴーレムがレベッカの強襲に対処できるはずもなく、一番近いところに居た一体が吹っ飛ばされて残りの二体に叩きつけられる。
自分と変わらぬ重量の巨体に勢いよくぶつかられては踏ん張ることもできなかったらしく、三体とも完全に転倒してしまう。
そこにレベッカが容赦なくラッシュを叩き込む。
どういう殴り方をしているのか、殴っているのは一番上にのしかかっている一体だけなのに、なぜか三体とも同時に同じように破損が進んでいく。
数分間殴り続けて四肢を粉砕、立ち上がれない状態にしたところでとどめのコークスクリューを叩き込む。
何段階かのカットインに合わせていつもの天使がゴーレムたちを粉砕し、天高く飛び上がる。
いつもならここで白々しい祈りの言葉を口にするところだが、これで本当に終わりという確信がないこともあり、今回はそのままで様子を見ることにするレベッカ。
その判断は正しかったようで、ゴーレムの向こう側に、先ほどまではなかった通路がいつの間にか発生していた。
「ふむ、この先に何かあるようですね。ただ、その前に……」
いつの間にかすべて消えていた、仕留めた敵性体の残骸。その代わりと言わんばかりにいろんなものが散らばっている。
「剣に槍に弓、巻物、矢、石、謎の瓶に肉っぽい何か、パンだと思われる謎の物資、書物ですか。武器っぽいものは放置するとして、肉っぽい何かとパンだと思われる何かが、食べて大丈夫なのかが難しいところですね」
そう言いながらも、とりあえず食料っぽいものと書物と巻物だけは回収しておくことにするレベッカ。
まだ突入して十分ほどなので、カロリーもそれほど消費していない。
「すぐに戻るようにと言われていましたが、とりあえずあの先だけは確認しておきましょう」
そう決めて、唐突に出現した道の先を確認しに行くレベッカ。
道の先には、俺こそが本物のボスだと主張している、さらに巨大なゴーレムが待ち構えていた。
「……倒せなくはないですが、別に倒す必要もなさそうですね。帰りますか」
時間と消費カロリー的に、今日はもう一度突入することになりそうだと判断したレベッカ。とりあえず二度手間を避けるためにこのエリアのボスらしきゴーレムを放置することに。
とはいえ、このまま帰るのは問題があるので、とりあえず聖痕の解放状態を終了することに。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
何となくボスゴーレムを見ながら、お約束のまったく心のこもっていない雑な祈りの言葉とともに、胸の前で十字を切るレベッカ。
レベッカの祈りに合わせてまき散らされた羽根を覆いつくすように浄化の光が広がり、柱となって天地を貫く。
光の柱が消えると同時に周囲の光景が昼間の道路に戻り、レベッカの服が普段の修道服に変わって、どこに飛んでいたのか最初に吹き飛ばされたベールがレベッカの頭にふわりとかぶさる。
ベールがかぶさったところでBGMが鳴り終わり、何故か浄化の光に焼き尽くされたゴーレムが崩れ落ち、ドロップアイテムらしき何かを残して消滅する。
ゴーレムが消滅すると同時に、不自然もいいところなとても長い昇り階段が出現する。
「……あら?」
予想外の結果に、思わず首をかしげてしまうレベッカ。
流石にあれで焼き尽くされるほどもろいとは思わなかったのだ。
「……まあ、残ったものを拾って帰りましょう」
そう結論を出し、心臓の形をした大きな石を拾ってアリアドネの糸を使うレベッカ。
アリアドネの糸はちゃんとその機能を発揮し、レベッカをプリムの自宅の裏庭へと連れて行く。
「ただいま戻りました。……あの、なぜ理事長が焼かれているのでしょうか……?」
「それは、儂が知りたいわ……」
戻ってきたレベッカを待っていたのは、いつものように浄化の光で焼かれているプリムの姿であった。
「とりあえず、報告の前に理事長が完全復活するのを待ったほうがよさそうですね……」
「そうじゃのう……。なんぞ持ち帰っているようじゃが、今の状態じゃと何かあっても対処できんからのう……」
レベッカの言葉に同意しながら、一生懸命体を再生させるプリム。
レベッカの謎の穴調査第一回目は、増えなくてもいい種類の謎が増えて終わったのであった。
チュートリアルでいきなりモンスターハウスとかクソゲーもいいところですが、そもそも自キャラが装備なしでもダメージ受けないほど硬いヌルゲー仕様なので結果的に問題なかったという。
なお、フェアクロの日本人メンバーのまだ神化してない人たちを引っ張り込んだ時点で、新米創造神が突っ込んできてヒャッハーする>その嫁が付いてくるのでろくなことにならない、のコンボが成立するので、当然のごとく禁じ手です。
所詮最初のフロアのボスで、しかも神聖属性は特効だとラストの光の柱でワンパンするかもと思って判定したら見事にワンパンした件。
まあ、撲殺聖女伝なので、これぐらい雑な方がらしいといえばらしいのですが。




