撲殺その34 レベッカと不思議な穴 プロローグ
「厄介なことになったのう……」
自宅裏に突如空いた穴を覗き込みながら、ついついそうぼやいてしまうプリム。
世間一般では新学年が始まったばかりの四月上旬。
例によって例のごとく、プリムの周りではトラブルが発生していた。
「偶発的に魔界の危険地帯へとつながってしまった類の穴で、接続が不安定ゆえにどこに出るか分からんと来ておる。救いとしては、一度入ったら脱出するまで出口が固定されることじゃが、そもそもその出口も自力で探さんといかんようじゃしなあ……」
穴の状態をそう分析し、どうしたものかと頭を抱えるプリム。
正直、まともな攻撃手段が特定属性に偏っている現状のプリムでは、出てくる敵性体がすべてその属性を無効化か吸収することが確定しているこの穴の先を調査することは不可能だ。
防御面も基本的に無駄に高いHPと無限リレイズに頼っているため、この先に居る連中と殴り合うとワンパン即死からのリザキル(復活即死亡)で延々殴られ続けるだけなのが目に見えている。
ワンパンで倒せる相手を無防備な状態に追い込んで延々リザキルし続けたところで得られる経験なんぞないため、それで相手がレベルアップすることはないのは間違いないが、あくまでそれは状況が悪化することはないというだけである。
「面倒じゃが、あちらこちらに頭を下げて回って本来の姿で一気に……。いや、無理じゃな。一撃で吹っ飛ばせる範囲に原因がある感じがせんし、解放できる制限時間内で原因を見つけられるとも思えん……」
魔力を通して探査した情報をもとに、否定的な条件をこれでもかと積み上げていくプリム。
結論としては、プリムの手におえないということである。
「となると、誰かに対処してもらうしかないが、仕様上単独で突入せねばならんようなのがのう……」
対処できそうな人材の顔を思い浮かべ、渋い顔をするプリム。
確実に解決できそうな連中は揃いも揃ってオーバーキル過ぎるため、彼らに頼むにはこの程度の事件では規模が小さすぎる。
が、それならレベッカあたりに頼むのはどうかというと、単独行動を強いられることと解決にかかる時間が不明に過ぎることが問題となる。
レベッカは食料さえ用意しておけばいくらでも戦闘できる得難い人材ではあるが、それは裏を返せば、持ち込める食料の量の影響が他人と比較してかなり大きいということでもある。
中で食料調達ができるかどうかも分からないし、仮に調達できたとして人間が食えるものなのかも怪しいということを考えると、どうにも送り込むのにためらいがある。
「むう、どうしたものか……」
どうにも面倒な状況に頭を抱えていると、プリムのPCから呼び出し音が鳴る。
「誰じゃ? ……シルヴィア・グレイス? おお、そう言えば預言の聖女がそんな名じゃったな。このタイミングでということは、この穴の関係なんじゃろうが……」
よく知らぬ相手からの連絡にいろいろ裏を勘繰りつつ、通話に応じるプリム。
プリムの前に映し出されたのは、日本の平均的な中学一年生ぐらいというビジュアルの、ほぼ白といっていいほど色素の薄い銀髪の少女であった。
「お主がレベッカの上司か」
『ええ、お初にお目にかかります、真祖ヴィスオード』
「一応名目上は敵対しておる間柄なのじゃから、堅苦しい挨拶なんぞ必要なかろう。それで、どうせうちの庭に出来た穴の話じゃろうが、どんな話を持ってきたんじゃ?」
『話が早くて助かるわ。主からの預言で、その穴の調査にレベッカを向かわせるようにとのお言葉をいただいたの』
「それは儂も考えておったのじゃが、一度入ったらどこに飛ぶか分からんから脱出が可能かどうかも怪しいうえ、中で食料調達が可能かどうかも分からぬから、限りなくなしに近い保留にしておった」
『でしょうね。そのあたりの解決策も、主が教えてくださったわ』
「ほう? どういう事じゃ?」
『真祖ヴィスオード。恐らく忘れているかと思うけど、あなた確か、アリアドネの糸を持っていたわよね?』
「おお、そう言えばそんなものもあったのう」
シルヴィアに言われ、自身が由緒正しい迷宮脱出アイテムを持っていたことを思い出すプリム。
ここ数百年ほど、迷宮だのダンジョンだのに入る用事なんぞとんとなかったのですっかり存在を忘れていたのだ。
なお、なぜプリムがそんな大層なものを持っているかについては、彼女がこの手の神話や伝説に出てくるアイテムの本物を押し付けられやすい立場だから、以外の理由はない。
ちなみに、エクスカリバーをはじめとした聖剣の類も本物を押し付けられているが、近づくだけでひどい目に遭うので本当に必要なとき以外は表に出てこないようにとても厳重に封印している。
あまりに厳重にやりすぎて、すでにプリムもどこにどういう方法で封印したのか完全に忘れているのはお約束である。
「脱出についてはそれでいいとして、じゃ。食料の問題はそれでは解決せんぞ」
『分かっているわ。それについても、入ればわかるとのことよ』
「ふむ。なら一度、糸を持って入ってみるか?」
『いえ、それはやめておいた方がよさそうね。アリアドネの糸と言えど、物理的に身動きが取れない状態では脱出に使えないでしょ?』
「……そうじゃな」
シルヴィアに言われ、いらぬことは止めておくことにするプリム。
ちょっと前に延々リザキルされそうだと予想しているのだし、そうなる前提で居たほうが無難であろう。
「では、レベッカに連絡を入れて、糸を探さねばな」
『連絡については、既にこちらから送っておいたわ』
「そうか、助かる。ならば、儂は糸を探してくる」
そう言って、通話を切るプリム。
探さねばとは言ったが、さすがにその手のアイテムはちゃんと整理してあるし、最後に使ったのが数百年前であるがそれ以降はさほど管理するアイテムも増えていない。
少なくとも、どこに封印したかすら忘れている伝説の聖剣を探すほどの苦労はしないはずである。
そんなフラグとしか思えないことを考えながら、保管庫に移動するプリム。
やはりこういう時のフラグは健在で……
「ぬおお!? 門番のゴーレムが暴走しておる!?」
門番に設置してあったアダマンタイトゴーレムが派手に暴走して、プリムをボコり散らすことに。
「ぬう……、酷い目に遭ったわ……」
結局、十数分のリザキルの末どうにか相打ちに持ち込むことで、ようやくアリアドネの糸を探すことができるように。
なお、糸そのものは、保管庫の便利グッズエリアに入って十秒ほどで発見している。
「さて、これを持ち帰って、レベッカに使い方を説明せねばな。それはそれとして、このゴーレムの作り直しはどうしたものか……」
ぼろぼろになりながらもアリアドネの糸をしっかり確保し、そんな風に頭を抱えるプリム。
こうして、何気にレベッカの人生初となるダンジョン攻略は、本人が不在のところでのっけから不安になる形で幕を開けたのだった。
殴ってないどころか本人出てきてすらいませんが、プロローグということでNOT撲殺ではなく撲殺のほうにさせていただきました。
なお、ここで切ったのは単純に書き終わりそうになかったというのもありますが、これ分割して他のエピソードの合間に第3フロアとかそういう形で挟むのもありじゃないかと思ってしまいまして。
とりあえず最初のフロアをクリアするぐらいまでは、このシリーズを連続で投稿する予定です。




