撲殺その32 竹中牧場
「超常現象については否定も肯定もする立場じゃなかったけど、自分が見る立場になるとはね~……」
三月中旬に入ってすぐのある日、隣の山にある竹中牧場。
オーナーの娘、竹中若葉がレベッカに対してそうぼやく。
現在竹中牧場は、微妙な感じの霊障に悩まされていた。
「現場はどこですか?」
「こっち」
レベッカに聞かれ、現場まで案内する若葉。
現場は、育てた家畜を肉に加工する建物の近くであった。
「誰も居ないのに、ここからドナドナが聞こえてくるの」
「それは、絶妙に嫌ですね」
「でしょ? 誰も居ないから音楽機器でも設置してるのかと思って探したけど、それもないし」
「でしょうね。大したものではありませんが、怨霊が隠れています。多分、それが歌っているのでしょう」
若葉にそう説明しながら、ペットボトルの聖水を怨霊が隠れている場所にドボドボかけるレベッカ。
『ギャ~!!!!!!』
激しい光とともに、何かが悲鳴を上げる。
「うわ、本当に何かいた!」
「まあ、雑魚ですね。これだけだったら、ですが」
「これだけだったら、とは?」
「こんな簡単な仕事を、わざわざ私に振る必要がないのです」
いきなりの現象に驚く若葉に対し、淡々とそう告げるレベッカ。
プリムが持ち込んできた案件とはいえ、これだけならわざわざレベッカを派遣するまでもない。
この程度なら十六夜の孫のクレアをはじめとしたC級のエクソシストでも、余裕で処理できる強さだ。
プリムがそれを分からない訳もないので、まだ何かある可能性が高いのだ。
「とはいえ、ではどうするかと言われると困るのですが……」
そうぼやきながらため息をつくレベッカ。
何しろ、この怨霊は比較的強い探知能力を持つレベッカでも、至近距離に近づくまで分からないほど弱い。
そこから辿ろうにも、弱すぎて無理だ。
「……多分、こちらを認識できる範囲に黒幕的な何かがいるとは思うのですが……」
「そうなの?」
「はい。……そうですね。やり方がかなり雑ですが、強引にあぶり出しますか」
そう言って、胸の前で祈るように手を組むレベッカ。
レベッカが祈りのポーズをとった瞬間、まだ昼だというのに周囲を夜の闇が覆いつくして、空に見事な満月が浮かび上がる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りに全農が肉の宣伝のために作ったアニメの主題歌がBGMとして鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
光がレベッカの修道服をモーフィング変形させ、アメリカンな感じの裸サロペットとでも言うべき服装へと変える。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放される。
「ギャーーーーー!!!!!!!!!」
聖痕の神気に当てられ、隠れていた何者かが悲鳴を上げながら出現する。
その何者かは、二足歩行する牛という感じの何かであった。
「やっぱりいましたか」
「ぐっ、貴様! 変身シーンを敵のあぶり出しに使うなど、やることが雑すぎるだろうが!」
「ペンデュラムによるダウジングは禁止されていますので、手っ取り早い方法を使いました。それで、あなたは牛頭なのかミノタウロスなのか、どちらですか?」
「どちらでもない。しいて言うなら、日本では食われずに捨てられることが多い部位の怨念が集まった、『食うなら余さず全部食え牛』だ!」
「なるほど。それにしても、最近浄化したときに上がる悲鳴が『ギャー』ばっかりなのですが、そろそろワンパターンすぎて飽きられるのではないでしょうか?」
「知るか!」
レベッカの割とメタい上に話題として繋がっていない言葉を、鋭く一言で切って捨てる牛。
牛からすれば、浄化されたときの悲鳴のパターンなど知ったことではない。
「俺はロースやハラミ、カルビ、ヒレばかりを偏重する日本人に、名もつけらずモツとしてひとくくりにされて食われることすら稀な部位の恨みを思い知らせねばならんのだ!」
「そもそも、内臓関係は処理の手間がかかる割に癖の強さで好き嫌いが分かれるので、売る側もあまり全部位を積極的に売ろうとしないのは当然では?」
牛の主張に対し、商売の理屈を冷徹に突きつけるレベッカ。
そもそも、内臓を食すこと自体、赤身を食べるのと比較にならないほどのリスクがある。
中には狂牛病リスクがある骨髄のように、はっきり安全だと分かるもの以外は命にかかわるので廃棄せざるを得ない部位というのもある。
命をいただく以上余すところ食えと言うのは正論だが、命を懸けてまで全部食えと言うのは無茶ぶりでしかない。
なので、業者側も当然のごとく、コストがかかって安全管理が難しい部位は無理に売ろうとせず廃棄する。
結局のところ、日本でほとんど食われていない部位はリスクが高すぎて流通にのせられないか、どうやっても日本人の口に合わなくて単純に売れないかのどちらかである。
「まあ、そういう訳ですので、互いの罪を清算しましょう」
いつの間にかごっついガントレットに包まれた両拳をピーカブースタイルに構え、雑に話を切り上げていつものようにアルカイックスマイルでそう宣言するレベッカ。
そのまま、問答無用で牛を殴りまくる。
カウンターを合わせようとした牛が殴ろうとした腕を正面から迎撃されて大きくバランスを崩し、顔面をぼこぼこに殴られまくる。
立派な角を二本ともへし折られ、鼻輪を砕かれてアッパーカットで吹っ飛ばされた牛が、自身の頭部に発生した事態に気が付いて激高する。
「き、貴様!!」
自慢の角をへし折られて怒りに燃える牛が、その怒りのパワーで一気に巨大化する。
「おお、巨大化した」
「戦隊ものとかでのお約束だよな」
「ゲームだとボスのHPが赤くなるとこんな感じか?」
「アクションゲームだと的が大きくなるのと逃げ場が減るのとでトントンって感じだけど、射撃主体のFPSゲームだと逆に難易度下がる奴よね」
牛の変化を見て歓声を上げる若葉に同調するように、いつの間にか野次馬しに出てきた従業員たちが各々好き放題コメントする。
さすがにこれだけ騒げば、みんな仕事どころではなかったようだ。
「でも、実際には大きいっていうのはそれだけで強いよね~?」
「まあ、そうなんだけど……、って、あっちのお姉さん、えげつないなあ……」
「手が届く位置にあるからって、迷うことなく股間を殴りに行ったよね~」
「しかもラッシュだしねえ。おっ、カットインがいっぱい入ってる。もしかしてこれ、必殺技か?」
若葉と従業員の男性がそんな話をしている間に戦闘の方は佳境に入っていたようで、ついにレベッカがとどめのコークスクリューのモーションに入る。
フィニッシュブローのコークスクリューが牛の股間を粉砕したところで、いつものように祈りのポーズの天使が相手の体を縦方向に貫通し、羽根を散らしながら天高く舞い上がる。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
それに合わせて、お約束のまったく心のこもっていない雑な祈りの言葉とともに、胸の前で十字を切るレベッカ。
レベッカの祈りに合わせてまき散らされた羽根を覆いつくすように浄化の光が広がり、柱となって天地を貫く。
光の柱が消えると同時に周囲の光景が昼間の牧場に戻り、レベッカの服が普段の修道服に変わって、どこに飛んでいたのか最初に吹き飛ばされたベールがレベッカの頭にふわりとかぶさる。
ベールがかぶさったところでBGMが鳴り終わり、今回の件が終了する。
「……ああ、あの人シスターさんだったの」
「何だと思ってたの?」
「エロいオーバーオールのヤンキー姉ちゃん」
「あの服装だと、否定できないね~……」
従業員の男性の言葉に、思わず同意する若葉。
変身後の衣装には、聖職者要素がかけらものこってない。
もっとも若葉が知らないだけで、毎回変身後の衣装はデザインが違うので、場合によっては普通にプリースト系の服装になることもあるのだが。
「とりあえず、これで問題は解決すると思います」
「はーい、ありがとう」
「それはそれとして、どこかに飲食店の類はありますか? とてもお腹が空いていまして……」
「レストランとかは結構移動しないと無いかな~? とりあえず廃棄のでよかったら食材はあるし、調理場も貸すからここで料理して食べていく?」
「よろしければ、ぜひ!」
若葉に誘われ、迷うことなく飛びつくレベッカ。
この日、竹中牧場では牧場及び精肉業を始めてから初の廃棄ゼロを達成するのであった。
諸般の事情で、過去のアンケート特典SSで出した牧場を再利用した件。
とりあえず、全部食えと言われても内臓系ってもともとリスク高い上に味の癖も強い部位なわけで……
まあ、聖女様は骨(のうち人間の顎でかみ砕けないもの)以外全部食ってますが。




