NOT撲殺その10 ルシファーの詫びの品
「遅くなったが、詫びの品だ」
「はあ」
三月上旬のある週末。持ち込まれたひな人形の厄払いを終えたレベッカの元へ、何やら大きな段ボール箱を持ってルシファーがやって来た。
「別に気にする必要はなかったのですが……」
「言った以上は持ってこねばならんのでな」
そう言いながら、謎の段ボール箱を床に降ろすルシファー。
正直、堕天使長のビジュアルに段ボール箱は、似合わないことおびただしい。
「それで、これは何なのでしょうか?」
「天界と魔界で流行っている食品もろもろだ。ちなみに、保存と調理を考えて全部缶詰か缶のドリンク、インスタント関係になっている」
「なるほど。というか、天界や魔界にもインスタント食品があるのですね」
「地上で発明されたものは、大体あるぞ」
「そうですか」
そう言いながら、せっかくだからと中を見てみると、箱の大きさを無視しているとしか思えないほど大量のあれこれが。
「一番上に載っている、この微妙なサイズとビジュアルのカップ麺は一体……」
「天界と魔界のケ〇ちゃんラーメン(新発売)だ。ちなみに、(新発売)までが商品名だ」
「はあ……」
ルシファーの口から出た、何とも言い難い名前に微妙な表情を浮かべるレベッカ。
ここに美優やプリムが居れば恐らく即座に突っ込みを入れたであろう商品名だが、残念ながら日本ではレベッカが生まれる頃には消えてしまっていた商品なので、なんだそれはという感想しか思いつかない。
「これは……、もしかしてインスタントのタピオカミルクティーですか?」
「ああ。なぜか流行っているらしい」
「ナタデココドリンクにティラミスの元……」
「定期的にブームが来るそうだ」
「はあ……」
何とも言い難いラインナップに首を傾げつつ、さらに中をあさるレベッカ。
ちなみに、全部商品名の前に天界の、もしくは魔界のとついている。
「ああ、これはよさそうですね。鯖缶に高級おつまみ缶詰」
「それも、今ひそかに流行っている」
「割と何でも流行っているんですね」
「そうだな。保存の問題で持ってこれなかったが、カニカマなんかも流行っている」
「へえ……」
そんなものもあるのかと、思わず感心するレベッカ。
余談ながら、カニカマは一時期世界中でひそかにブームになっており、今ではヨーロッパなどでは普通に食材として定着している。
その関係で、発明国である日本と海外との消費量が逆転していたりする。
もっともそれを言うなら、インスタントラーメンやレトルト食品はすでに何十年も前から、日本以外での生産・消費量の合計が日本を大幅に上回るようになっているのだが。
「……お主ら、何をしておる?」
「おや、理事長。いらっしゃい」
そんなことをしていると、いつものようにプリムが教会内に入ってくる。
「詫びの品を持ってきたから、中身を確認してもらっていた」
「なるほどのう……。なんというか、日本で流行っては廃れたものが多い気がするのじゃが?」
「単に、天界と魔界でここ最近ブームになっていたもののうち、保存がきいて簡単に食える缶詰やインスタント関係をかき集めただけだ」
「ふむ、そういうことか。しかしたこ焼きカップラーメンとはまた、懐かしいものを持ってきたのう」
「今流行っている。たこ焼きがまともに戻らないのがいいらしい」
「また、悪趣味な理由で流行っておるもんじゃな」
ルシファーの解説を聞き、あきれた表情でそう突っ込むプリム。
そもそも、ここに並んでいるものは全般的に、なぜそれを選んだと突っ込みたくなるものばかりである。
恐らくルシファーも適当に流行りものを集めただけなのだろうが、その結果がこれであるあたり、天界も魔界も地上とあまり変わらないようだ。
「チーズダッカルビにサムゲタンにトッポギの素ですか」
「つい最近、一瞬だけ流行ったやつだな。サムゲタンは仕込みが面倒、トッポギとチーズダッカルビは単純に数回食えば飽きるという理由ですぐに廃れた」
「おや、ドーナツが入っていますね。アメリカにいた時によく見たビジュアルです」
「インスタント関係にしておけと言ったのに、そんなものまで混ぜたのか……。しかも、揚げてから時間が経つと加速度的に不味くなる銘柄を選ぶとはな……」
「流行っているのですか?」
「今もそうかは知らん。一時期流行ったらしく、よく手土産として持ち込まれた。手土産だから時間が経っていてな、正直あの頃は地獄だった」
「そうですか……」
遠い目をしながらそんなことを言うルシファーに、思わず同情の目を向けてしまうレベッカ。
揚げたては美味なのだが時間が経つと油が回ってひどいことになるというのは、レベッカがアメリカでよく見たチェーン店のドーナツと同じ特徴である。
なお、アメリカ時代は金欠だったレベッカは、揚げたてを食べたことなど二度ほどしかない。
なので、そのドーナツチェーンに対するレベッカのイメージはシンプルに不味い、だったりする。
もっともレベッカの場合、地獄のように不味い、ぐらいまで味は普通に食える範囲に入るため、この程度では文句を言う対象にならないのだが。
「これは、そんなに不味いのか?」
「食ってみればわかる」
「ふむ……。念のために聞くが、儂が食って大丈夫なのか?」
「こっちのは魔界仕様だからな。そっちは天界仕様だから、食うと浄化効果でひどい目に遭うぞ」
「そうか。では、そちらをいただこう。……なんというか、絶妙な不味さじゃの……」
「だろう?」
「食えなくはないが、食いたくはない。しかも食ってみると割とデカいから、一個食い終わるころには悪い油で胸焼けしそうな感じじゃ……」
「それを毎日二個も三個も食う羽目になったのだぞ?」
「それはそれは……」
どことなく怨念がこもったルシファーの表情に、思わず同情してしまうプリム。
上司というのも大変である。
「このカラフルな粉末は何でしょう?」
「それはジュースの素というやつだな。最近、何故か再ブームが来ている」
「そういえば、駄菓子のコーナーで似たようなものを見ましたね」
「ああ。地上のものと違うのは、色と味に応じてささやかながら付与効果があることだが……」
「レベッカには効果がないか、あっても誤差の範囲じゃろう?」
「だろうな」
粉末ジュースについてのプリムの見解に、秒で同意するルシファー。
レベッカの特性として、食事や薬品による一時的な強化や弱体化はよほど強力なものでもない限り、ほぼ無効化されるというものがある。
たかがチープな粉末ジュースの付与効果など、効果があるわけがないのだ。
「後はまあ、特に言う事もない普通のインスタント食品と缶詰ですね」
「さすがに、妙なものばかり流行るわけでもないからな」
「その割には、グラブジャムンの缶詰なんぞもあるようじゃが?」
「日本では珍しいだけで、地域によっては普通に食われているものだからな。流行っても別におかしくはないし、シュールストレミングが流行っていないだけましだろう」
「そうですねえ。さすがにあれは、このあたりでは食べられませんから」
その後も箱の中身を確認しながら、そんな話をするレベッカ達。
最後に出てきたのは、胡散臭い印象を与える微妙なビジュアルのパッケージの何かであった。
「……これは?」
「いわゆる知育菓子というやつだな。粉と水を混ぜることでいろいろな現象が起こるものでな、見た目と味はともかく全部ちゃんと食える」
「そんなものが?」
「ああ。まあ、この手のものは百聞は一見に如かずだ。実際にやってみればわかる」
「そうですね。……パッケージに書いてある文字が読めないので、作り方が分かりません……」
「む、そうか……。そこは考えてなかったな」
思わぬ盲点にぶち当たって微妙に呻き、何やら術を唱えるルシファー。
ルシファーの術に反応し、箱の中のものも含めた全てのパッケージが光る。
光が収まると、文字がすべて翻訳されていた。
「これなら大丈夫だろう」
「はい、ありがとうございます」
「それはいいんじゃが、なぜ日本語訳なんじゃ?」
「単純にここが日本だからだ」
「なるほどのう」
ルシファーの告げた理由に納得し、勝手知ったるなんとやらという感じでコップに水を汲んできてパッケージをバリバリと開封するプリム。
それに習ってパッケージを開き、説明書通りに粉を付属のトレーに盛っていくレベッカ。
しばらく、無言での作業が続く。
「そうそう、こういう感じじゃtt……のわあ!!」
一番メジャーどころのお菓子を混ぜていたところで、ぼふんという気の抜ける音と同時にプリムが悲鳴を上げる。
「……ふむ。粉に残っていた神力とプリムフォードの溜め込んだ厄が反応したか」
「ああ、これでもそういう事が起こるんですか」
「天界のものだからな」
爆発に巻き込まれてアフロになったプリムを見ながら、そんな解説をするルシファー。
なお、ルシファーの堕天はプロレス的なあれなので、天界由来のものでダメージを受けることはない。
「ということは、私が魔界のこれらの知育菓子をいじると、同じように爆発するのでしょうか?」
「いや、お前の場合は単純に残っていた厄だの瘴気だのが消えるだけだ」
「なるほど……」
ルシファーの説明に、それなら安心だと混ぜる作業を続けるレベッカ。
結局この日は、プリムがうかつに知育菓子すら食べることができないという事実が判明しただけで終わったのであった。
ルシファーが段ボール箱からケンちゃんラーメンを取り出すビジュアルが思い浮かんで頭から離れなくて、結局こういう内容になったわけですが。
トッポギとかチーズダッカルビとかに関しては、あくまでも天界や魔界のそれらが一瞬で流行が終わった理由ですのであしからず。
一応アメリカとかヨーロッパとかインドとかの流行も調べて入れようかと思ったのですが、こんな一発ネタのために翻訳までして確認するのは気力が持たなかったうえに、それが本当にはやっていたのかどうかが分からなかったので挫折しました。
まあ、入れたところで、調べなければ分からないレベルのよその国の食べ物の流行なんて、多分読んでくださる方の大多数はピンとこないだろうなあ、という気も……




