撲殺その30 聖痕の進化 その5
「この世界がピンチなんだ。私と契約して、魔法少女になってよ」
成人式も鏡開きも終わり、完全に年越しムードが消え去ったある日。
いつもの道の駅で大量に食材を仕入れた帰り道で、レベッカはファンシー系の謎生物にそんな風に声をかけられる。
「ふむ……」
謎生物のビジュアルをざっと確認して一つうなずき、いつものように胸の前で手を祈りの形に組むレベッカ。
そんなレベッカから不穏な空気を感じ取ったか、謎生物が慌てた様子で話を続ける。
「な、なんか、問答無用で殴りかかってきそうな雰囲気なんだけど……」
「どう考えても邪悪な取引を持ち掛けられているのですから、聖職者としては当然の反応かと」
「じゃ、邪悪!? どこが!?」
「推定年齢でとはいえ、今年で二十歳になる女に対してヒラヒラのロリータファッションに身を包むことを強制した挙句少女と名乗ることを強要するのは、どう考えても邪悪な所業でしょう」
「言いがかりすぎる!」
「サブカル業界で一世を風靡した魔砲少女で有名なあの方が、第三部で十九歳になった時に魔法少女という称号についてどれだけボロクソに言われたか、知らないとは言わせませんよ?」
何気にひどいことを言いながら、魔法少女のお供系謎生物を撲殺しようと動き出すレベッカ。
全裸だったりダサいリュックだったりに対する羞恥心はほとんどないくせに魔法少女を嫌がるあたり、レベッカの羞恥心のポイントがいまいちよく分からない。
「待って待って! 本当に、この世界に危機が!」
不穏な空気にビビり、必死になってレベッカを制止するなぞ生物。
そんな謎生物に救いの手を差し伸べるかのように、世界が大きく歪む。
「イルミナティ空間が!」
「ふむ……」
謎生物の言葉で、魔法少女ものでよくある異空間が展開されたことを悟るレベッカ。
それと同時に、悪の魔法少女っぽい小学校高学年から中学一年生ぐらいの女の子と、ファンシーな猫のぬいぐるみをファンシーなまま邪悪な感じに魔改造して巨大化させた感じのクリーチャーが出現する。
「なるほど。あれらを片っ端からかけらも残さず殲滅すれば、無関係の人間を魔法少女化するテロを撲滅できると」
「なんでそんなに魔法少女になるのが嫌なの!?」
「決まっています。私がその手の服を着ると、とてつもなく痛い見た目になるからです」
そう言い切って、胸の前で祈るように手を組むレベッカ。
レベッカが祈りのポーズをとった瞬間、まだ昼だというのに周囲を夜の闇が覆いつくして、空に見事な満月が浮かび上がる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
《総摂取カロリー及び総消費カロリーが規定値を超えました。聖痕の機能を拡張します》
その祈りの言葉と同時に脳内に例のアナウンスが流れ、辺りに魔砲少女が集束砲を撃つときのBGMが鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
光がレベッカの修道服をモーフィング変形させ、妙に露出の多いやたらきらびやかな白いビショップ系の服へと変える。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿ると同時にごっついガントレットに変化し、足元から吹き上がった風が服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放される。
「では、互いの罪を清算しましょう」
ごっついガントレットに包まれた両拳をピーカブースタイルに構え、いつものようにアルカイックスマイルでそう宣言するレベッカ。
唐突に衣装が変化するようになったおかげで、見た目の上ではやっていることが魔法少女と大して変わっていない。
「なんでそれがよくて、魔法少女になるのが嫌なの!?」
残念ながら浄化系でダメージを受ける仕様ではないらしく、レベッカの聖痕解放で特に影響を受けなかった謎生物が理不尽さに突っ込みを入れる。
その突っ込みをスルーして、不確定名悪の魔法少女に突っ込んでいくレベッカ。
「な、なにこのおばさん!? すごく怖いんだけど!?」
アルカイックスマイルとはいえ笑顔で残像を残しながら突っ込んでくるアレな司教服の女に、反射的にビビって腰が引ける不確定名悪の魔法少女。
そんな悪の魔法少女を守るように、ファンシーなクリーチャーが前に出る。
その流れに全く動揺する気配も見せず、問答無用で打撃を叩き込むレベッカ。
クリーチャーの存在がなければ、はた目には大人げなく年端も行かない女の子を殴る暴力女にしか見えない。
「うわっ! すごく痛そう!!」
レベッカの打撃の鈍い音に、思わず悲鳴を上げる謎生物。
外野の反応をガン無視して、とにかくひたすら無心で殴り続けるレベッカ。
秒間百を超える打撃が、無慈悲に悪の魔法少女とクリーチャーを血祭りにあげる。
レベッカ自身は気が付いていないが、横で見ていると時々カットインが入ったり特殊なエフェクトが発生したりしている。
なお、ガントレットのおかげで打撃音は変わっているが、ダメージの質や総ダメージ自体は何ら変化していない。
「はっ!」
丁寧に丹念に殴り続けること十数秒。
そろそろよさそうだと、仕上げのコークスクリューを叩き込むレベッカ。
フィニッシュブローのコークスクリューが悪の魔法少女とクリーチャーの顔面を粉砕したところで、いつものように祈りのポーズの天使が相手の体を貫通してから羽根を散らしながら天高く舞い上がる。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
それに合わせて、お約束のまったく心のこもっていない雑な祈りの言葉とともに、胸の前で十字を切るレベッカ。
レベッカの祈りに合わせてまき散らされた羽根を覆いつくすように浄化の光が広がり、柱となって天地を貫く。
光の柱が消えると同時に周囲の光景が昼間の道路に戻り、レベッカの服が普段の修道服に変わって、どこに飛んでいたのか最初に吹き飛ばされたベールがレベッカの頭にふわりとかぶさる。
ベールがかぶさったところでBGMが鳴り終わり、今回の件が終了する。
後には、あまりのやり口に絶句する謎生物と、変身する力を根こそぎ奪われ完全に心をへし折られた悪の魔法少女だけが残されていた。
「さて、何やら機能が解放されていたようですが……」
呆然としている魔法少女関係を放置して、久方ぶりにステータス画面を確認するレベッカ。
解放されていたのは、セカンドフォームという機能とその前提となる拡張機能全てであったであった。
「……ふむ。聖痕を全開で起動すると衣装が変わる、ただそれだけの機能ですか。他にもいろいろ解放されているようですが、セカンドフォームも含めてどれも戦闘能力に対する補正は一切ないようですね」
予想通り全力でいじりに来ている拡張機能に、微妙に肩を落としつついろいろ諦めるレベッカ。
いじり方の内容が派手なので全くノーダメージとはいかないが、分かっていたことなのでさほどダメージが大きいわけでもない。
ちなみに、一番ダメージが大きかったのは、セカンドフォームの説明にあった
「衣装のデザイン及び変身プロセスは現在調整中で、最終的に複数の衣装デザイン及び変身プロセスを採用予定」
という一文である。
「まあ、それはそれとして、後始末をどうしたものか……」
いまだに硬直している謎生物と、シスター怖いシスター怖いとぶつぶつつぶやいている元悪の魔法少女を見ながら、頬に手を当てて首をかしげるレベッカ。
そこに、何者かが転移してくる。
「アルドースと話が付きました。今すぐ引き上げるのです、ミューシャ」
「えっ!? どういうことですか、女神さま!」
「どういう事も何も、こんな危険な世界のこんな危険な地域に侵攻をかけること自体が間違いなのです。下手をすれば、この世界で最も新しい混沌系時空神の体質に巻き込まれ、我々の世界そのものが消滅しかねません」
「えっ?」
「それに、です。なぜあなたは、すでにこちらの神の眷属となっている女性を勧誘しているのですか? そんなことをすれば生理的な嫌悪感から猛反発を受けるに決まっているでしょう?」
「ああ、それであんなにボロクソに言われたのかあ……」
レベッカの反応の理由を知り、やたら納得した様子を見せるミューシャと呼ばれた謎生物。
レベッカも、自身の嫌悪感についてそうだったのかと驚いていたりする。
なお、聖痕の名誉のために補足しておくと、別にレベッカは精神支配を受けていたとかそういう訳ではなく、ミューシャと呼ばれた謎生物が勧誘の際に放っていた精神波と聖痕の放つ神気が干渉した結果、精神波の内容である魔法少女関連にレベッカが多大な不快感を覚えただけである。
いわゆる、柔軟剤の匂いが複数混ざってとんでもない悪臭になったときの不快感と、原理としては同じだ。
それはそれとして、レベッカ的に気になったことがあったので、とりあえず口を挟むことにする。
「あの、そもそも他所の世界で魔法少女を使って代理戦争的なことをすること自体、おかしいと思うのですが……」
「間違いなくその通りなのですが、アルドースの存在意義が他所の世界で悪の魔法少女とクリーチャーを生み出して侵略する事であり、ある程度それをさせた上で魔法少女の手によって滅ぼすという過程を取らないと、消滅する際に無関係な世界を大量に暴走させかねないので……」
「また、迷惑な……」
「返す言葉もありません……」
レベッカの厳しい一言に、思いっきりへこむ女神。
ちなみにあえて言わなかったのだが、このまま敵のアルドースを放置して混沌系時空神の体質に巻き込まれた場合、女神たちの世界が滅んだ上で何もさせずにアルドースを滅ぼした場合と違う方向で多数の世界を混乱させることになる。
そうなった場合、アルドースともども素直に消滅したほうがましというほどの苦しみを与えられることが確定しているため、お約束やらルールやらを曲げて大慌てで交渉して引き上げさせたのだ。
「とりあえず、ご迷惑をおかけしたお詫びは後程、先ほど警告をくださった存在と相談して決めたものを差し上げますので、ここはひとつ穏便に……」
「分かりました。それとは別に、後始末の方は……」
「それはもちろん、私達の仕事です。幸いにして、始まったばかりなので大した処理が必要なさそうなのが助かります……」
そう言って、元悪の魔法少女に何やら光を浴びせる女神。
光が消えるとともに、彼女の姿も跡形もなく消滅する。
「あの……」
「記憶を処理して、本来いた場所に戻しただけです。ついでに、彼女に対するお詫びもかねて、悩みの一部を解決しておきました」
「なるほど」
「それでは、天界的な場所での処理が必要なので、これで失礼します」
そう言って、レベッカの前から立ち去る女神。それを見送ってから、地面に降ろしてあった荷物を回収するレベッカ。
「流石にお腹が空きましたね。何を食べましょうか……」
少し考えこんでから、おもむろにクーポン系のアプリを立ち上げ、デリバリー関係のページを開くレベッカ。
「一枚買えば一枚無料、かつ半額クーポンもあるのですから、このチェーンのピザを全種類注文すればよさそうですね」
そんな、誰にとっても恐ろしいことを平気で実行するレベッカ。当然、サイズは全てLである。
結局レベッカは、大量に消費したカロリーと不必要に被ったストレスを大量のピザで癒したのであった。
とりあえず、予定していた拡張機能は全部実装が終わりました。
この後は、何か降りてきたら都度追加ということで一つ。
なお、作中で散々ネタにした魔砲少女について、特に思うところはありません。
ただ、二十五歳にもなって魔法少女を名乗ることになるのと、不惑を超えてもアイドルやらされるのと、どっちがダメージ大きいのかは気になるところですが。
それはそれとして、魔砲少女の人みたいに自分から首突っ込んだパターンはまだしも、勧誘して変身させてトラブルに巻き込むパターンだと実行犯のマスコットキャラは普通に邪悪だと思う。




