撲殺その29 怪人
「今年は、年明け早々からいろいろありますねえ……」
冬休みも終わり、世間が平常運転となったある日。
いつもの道の駅で春の七草をリュック一杯買ってきたレベッカは、昼食に七草がゆを作っている最中に届いたメッセージを見て、遠い目をしながらそうぼやく。
年が明けてからまだそんなに経っていないのに、またしても妙な依頼が舞い込んだのだ。
「各地に出没する怪人を何とかする、ですか……」
怪人というアバウトな指定が、なかなか厄介だ。
一口に怪人と言っても、オペラ座なのか赤マントなのか特撮系かその他(主に薄い本派閥)かで性質も対処方法も違う。
中には怪人という名の変態もそれなりに居て、そういう相手だと下手に殴れないことも多い。
殴ると妙な粘液が飛んできて服が溶けるとかはまだいい方で、やたら喜んでどんどんパワーアップしていく性質の悪いやつもちょくちょく出てくる。
レベッカが困るのも、無理はないだろう。
「資料を見る限り、劇場やライブハウス、コンサート会場などに出没しているようですので、基本的にオペラ座タイプでよさそうですね」
出来上がった七草がゆの寸胴鍋を食堂に運び、中身をどんぶりによそいながら、後から届いた追加資料を読み込むレベッカ。
出現パターン的に有名どころをそのまま踏襲しているようなので、それに合わせての対処で問題は無さそうだ。
そのはずなのに、どうにも何か引っかかるというか、嫌な予感しかしない。
「まあ、これを食べたら現場に向かいましょう」
どうにもぬぐいきれない不安を抱えながら、仕事のために七草がゆを平らげるレベッカであった。
「確かに、妖気がたっぷり漂っていますね……」
一時間後、潮見総合文化会館。
現場は、明日から開幕するオペラのリハーサル中であった。
「それで、なにか異変の類はありましたか?」
「あったっちゃあ、あったが……」
会場の隅で小声で問いかけてきたレベッカに対し、どう答えたものかと眉間にしわを寄せる総合プロデューサーの男性。
責任者だけあって、一応情報は彼の元に集まっている。
なお、一番偉い彼がレベッカの対応に当たっているのは、責任者だからというだけでなく、上のほうの人間で今日のリハーサルで多少抜けても一番影響が少ない人物だからというのもある。
さすがに、大きなトラブルも突然のひらめきもないのに、前日の段階で総合プロデューサーがごちゃごちゃ口を挟むようでは、その舞台の先行きは怪しい。
現地で通し稽古をやった結果、大きく変更をかけたほうがいいと判断することもあるが、それだってどちらかと言えば監督と脚本家の仕事で、それらの仕事を兼務しているわけではない彼の領分とはやや外れている。
なので、こういう時の対応は総合プロデューサーがしているのである。
「施錠されてるはずの無人の控室に、いつの間にか花束が置かれてたとか、そういう感じの話ばかりでねえ……」
「今のところ、どれも不気味なだけで特に害がないというのが厄介なんですよね」
「いや、一応実害はあるでしょ。役者たちのメンタルが不安定になってんのはいただけねえよ」
そう言いながら、時系列でまとめたデータをレベッカに渡してくれるマネージャーの女性。
そこに、プロデューサーが突っ込みを入れる。
そのやり取りをスルーしてデータを見たレベッカが、むう、という表情を浮かべる。
「行動以外、統一性が一切ありませんね……」
「そうなんですよ。せめて、プレゼントの対象が男女どちらかに偏っているか、時間帯が大体同じかであればいいんですが……」
「……まあ、とりあえず、今日は撤収まで待機しておきます」
「お願いします」
「それにしても、依頼を出した側とはいえ、よくエクソシストなんて胡散臭い人間を受け入れてくださいましたね」
「この業界にいると、そういうのに遭遇するのはあんまり珍しい話でもないからねえ」
「傾倒するのもよくありませんが、ないがしろにするのもそれはそれでろくなことになりませんから」
「なるほど」
プロデューサーとマネージャーが妙にすんなり受け入れた理由を聞き、心の底から納得するレベッカ。
人のどろどろした感情が鬱積しやすい芸能界は、政治や財界と並んで霊障が起こりやすい業界だ。
そこでそれなり以上に生き延びてきた人間が、ある程度信心深くなるのは当然なのかもしれない。
「さて、今日中に対処が終わればいいのですが……」
そうつぶやきつつ、補助具で劇場全体を探知範囲に収めつつ、楽しむために必要な情報を一切知らないがゆえにいまいち興味が湧かない劇のリハーサルを眺めるレベッカであった。
「お疲れ! 良かったぞ! 明日からの本番もこの調子で頑張ろう!」
数時間後。最後のリハーサルに監督がOKを出したその時、大ホール全体の照明が唐突に消える。
「わっ、びっくりした!」
「停電か!?」
いきなりのことに驚き、ざわめく劇団員たち。
もっとも、単に照明が落ちて真っ暗になっただけなので、そこまでパニックになったりしているわけではない。
「……来ましたか」
そんな中、レベッカが一人だけ、客席の最上段を睨みつけながらぽつりとつぶやく。
レベッカのつぶやきに応じたのか、いきなり舞台中央にスポットライトが当たり、何処からか飛んできた赤いバラとカードがスポットライトに照らされた床の真ん中に突き刺さる。
「な、なんだ!?」
「停電じゃないの!?」
そんな騒ぎの中、またしても唐突に客席の最上段にスポットライトが当たり、いつの間にかそこに立っていた謎の人物を浮かび上がらせる。
その人物の衝撃的な姿に、劇団員たちが声を揃えて叫ぶ。
「「「「「「「へ、変態だ!!!!」」」」」」」
その人物は、女性もののショーツを足を通す穴から目が出るような形で顔全体を隠すようにかぶり、その上からファントムマスクと呼ばれるタイプの覆面をつけ、シルクハットをかぶっていた。
その時点ですでに衝撃的な姿だというのに、着用している服は股間を強調するタイプのスリングショットにタキシードのジャケット、蝶ネクタイだけ。少し動くと無駄に鍛え上げられた腹筋や大胸筋がちらりし、状況によっては乳首のポロリもある。
その姿で正装系怪人の系譜を律義に守って赤マントを羽織っているのだ。
いろいろ混ざりすぎという点を横においても、控えめに言って変態である。
あいつに喋らせるとろくなことにならない。そう考えたレベッカが、問答無用で手を胸の前で祈りの形に組む。
レベッカが祈りのポーズをとった瞬間、大ホールが一瞬にして野外に変じ、空に見事な満月が浮かび上がる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りにファントムなオペラのテーマ曲がBGMとして鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放される。
「では、互いの罪を清算しましょう」
そう宣言して、ピーカブースタイルに構えるレベッカ。
そのまま、神気の衝撃波でマントとタキシードが吹っ飛んだ怪人に突っ込み、いつものようにラッシュを仕掛ける。
実のところ、この種の変態は下手に殴ると悦びのあまりパワーアップすることがあるため、このまま殴って大丈夫なのかという不安はレベッカ自身も抱えている。
ではどうすればいいのかと言われると、徹底して脳筋仕様のレベッカではどうすることもできない。
なので、パワーアップしてなお耐えられないほどのダメージを与える方針で、塵一つ残さない勢いで殴り倒す以外の選択肢はない。
そんな不退転の覚悟でラッシュを続けること、ショートバージョンの楽曲一周分。
位置関係の問題で時折変態の股間にレベッカのストレートが直撃するなどのアクシデントもあったものの、無事にフィニッシュブローの時間を迎える。
「はっ!」
珍しく、気合いの声を漏らしながらコークスクリューを叩き込むレベッカ。
いつものように祈りのポーズの天使が変態の体を貫通し、羽根を散らしながら天高く舞い上がる。
天使に体を貫かれ、表情など一切分からないはずの変態の顔が、やり切ったような清々しい笑顔になる。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
とっとと終わらせてしまいたいとばかりに、いつも以上に雑に祈りの言葉を唱え、胸の前で十字を切るレベッカ。
レベッカの祈りに合わせてまき散らされた羽根を覆いつくすように浄化の光が広がり、柱となって天地を貫く。
その光に飲み込まれ、敬礼しながら消えていく変態。
光の柱が消えると同時に周囲の光景が劇場の大ホールに戻り、大ホールの照明が一斉に点り、どこに飛んでいたのか最初に吹き飛ばされたベールがレベッカの頭にふわりとかぶさる。
ベールがかぶさったところでBGMが鳴り終わり、戦いが終わったことを告げる。
「なあ、シスター……。今のは一体……?」
「背景やBGMについては、深く考えないでください。あれはそういう物です」
「そっちも気になるが、そうじゃない。あんたが問答無用で殴り倒したあれは……」
「何がどうなってあれが生まれたかは、残念ながらわかりません。ただ、都市伝説や娯楽作品が混ざってああいう形で怪異として発生することは稀によくある感じでして……」
「稀なのかよくあるのか、どっちだよ……」
聞きたいことに対して全く答えになっていないレベッカの言葉を聞き、思わず一番どうでもいいところに突っ込んでしまうプロデューサー。
その突っ込みに対し、アルカイックな笑顔を浮かべることでいろいろごまかすレベッカ。
「あの、服装があれなだけで普通の人間っぽかった相手を問答無用で殴るのは、正直どうかと思うのですが……」
「あれがただの変態であれば素直に国家権力に通報していましたが、殴り終わったら普通の生き物ではありえない消え方をしたことからも分かるように、残念ながらあれはある種の現象みたいなものですので……」
「そ、そうですか……。ただ、少しぐらい話をしても……」
「一言でも喋らせるといろんな意味でろくなことにならない予感がしたので、直感に従いました。反省も後悔もしていません」
「……」
力強く断言するレベッカに対し、何も言えなくなって黙ってしまうマネージャー。
ろくなことにならないという点に関して、彼女自身もそうかもしれないと納得してしまったのだ。
そもそもよく考えると、特に事件が起こっている訳でもなければ誰かと揉めている訳でもない劇のリハーサルにあんな姿でああいう形で割り込む時点で、たとえ人間だろうが妖怪だろうが関係なくろくな動機ではないのは間違いない。
「元となってるネタの大部分は、一応正義の味方っぽかったはずなんだけどなあ……」
「混ざった時点で本人の正義も大きく歪んでいるのが普通なので、多分話をしたところで宇宙猫状態になるだけでしょうし、酷くすれば私以外妙な思想に洗脳されてしまう可能性もあります」
「どうあっても会話は通じないと?」
「結局、現象相手に話し合いも何も、ということです」
レベッカの断言に、そういうものかと深く追及するのをやめるプロデューサー。
視界の端で監督と脚本家が何やらうずうずしているのは見ないことにする。
「一応これで事件は解決していると思いますが、もしまだ何かあるようでしたら、また連絡をください」
「ああ、分かった。一応今回のこととかあんたの特殊能力とかは、黙っていたほうが?」
「いえ、別に。恐らく広めたところで、与太話かそういう作品の話かのどちらかと認識されるだけでしょうし」
「ああ、そうかもなあ」
レベッカの言い分を聞いて、そりゃそうかと納得するプロデューサー。
「とりあえず、今日のところは上がりますね」
「ああ、助かった。報酬の方は、仲介人を通してちゃんと支払っておくから」
「ありがとうございます」
プロデューサーの言葉に一つ頭を下げ、やたら優雅な足取りで劇場を立ち去っていくレベッカ。
その後、シスターが殺人鬼を片っ端から撲殺していくB級映画と一緒に、同じ設定のシスターが変態っぽい怪人と壮絶な殴り合いをする舞台が上映されて妙なヒットを飛ばすのだが、レベッカとの関係は不明である。
オペラ座のやつが結局うまくさばけそうになかったので、変態仮面をベースに仮面とか怪人とかをできるだけ変態っぽくなるように思いつく範囲で混ぜたら、想像しただけでやばいビジュアルになった件について
てか、変態仮面がいろんな意味で強すぎる……。




