撲殺その27 妖狐
「あら……」
大晦日を翌日に控えた十二月三十日の午前中。聖心堂女学院敷地内の山道。
定期業務の一つである祠の清掃と浄化をしていたレベッカの前に、一匹の狐が現れる。
「……ふむ」
つぶらな瞳で、じっとレベッカを見つめる狐。
冬毛でボリュームが増え、とてもモフモフなしっぽが魅力的だ。
それを見て一つうなずき、胸の前で祈るように手を組む。
「待て、レベッカ! そ奴は!!」
レベッカが祈りのポーズをとった瞬間、まだ午前中だというのに周囲を夜の闇が覆いつくし、空に見事な満月が浮かび上がる。
そこに狐を追いかけていたらしいプリムが割り込んで、大慌てで制止をかけるものの時すでに遅し。
レベッカがいつもの祈りの言葉を口にする。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りにレッツゴーな感じの陰陽師のテーマがBGMとして鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放される。
「のお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
「コーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!?!?」
超高濃度の神気で容赦なく全身を焼かれ、その場でのたうち回るプリムと狐。
狐のしっぽがいつの間にか三本に増えている。
「では、互いの罪を清算しましょう」
そう宣言して、ピーカブースタイルに構えるレベッカ。
そのまま、のたうち回っている狐の元へ容赦なく踏み込むと、全く手加減する気のない苛烈なラッシュを叩き込む。
「キャン、キャン、クーン!」
狐が何か哀れっぽく鳴いているが、そんなの関係ねえとばかりにラッシュを続けるレベッカ。
殴った感触こそふわふわで柔らかいが、手ごたえが妙に硬いので念入りに徹底的に殴り続ける。
十分程度ラッシュを続けた結果、しっぽの数が一本に減って打撃の通りもよくなったので、そろそろ頃合いかと止めのコークスクリューをどてっぱらに叩き込む。
「コーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!?!?」
容赦のないコークスクリューに臓腑をえぐられ、断末魔を上げる狐。
断末魔の声に合わせていつものように祈りのポーズの天使が狐の体を貫通し、羽根を散らしながら天高く舞い上がる。
その際、一部がどこかに分かれて飛んでいく。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
それに合わせて、お約束のまったく心のこもっていない雑な祈りの言葉とともに、胸の前で十字を切るレベッカ。
レベッカの祈りに合わせてまき散らされた羽根を覆いつくすように浄化の光が広がり、柱となって天地を貫く。
光の柱に焼かれた狐の体が燃え尽きるように崩れて消滅し、ついでのように灰になるまで焼き尽くしたプリムをどこかへ吹き散らす。
光の柱が消えると同時に 周囲の光景が午前中の山道に戻って、どこに飛んでいたのか最初に吹き飛ばされたベールがレベッカの頭にふわりとかぶさる。
ベールがかぶさったところでBGMが鳴り終わり、とりあえず一旦終わりであることを告げる。
「それで、理事長。あの狐は……」
そう聞きかけたところで、いつの間にかプリムの姿が消えていることに気が付く。
「……理事長?」
いつもならこれぐらい至近距離で直撃してもすぐ復活するはずのプリムが、どこを探しても見つからない。
と思ったところで、レベッカの端末にメッセージが届く。
入っていたメッセージはプリムからで、内容は「滅ぶかと思った」というスタンプが一つ。
どうやら、一応復活はしたもののまともにチャットなどは不可能な状態らしい。
「……とりあえず、後で詳細をうかがうことにしましょう……」
普段よりかなり派手にやらかしたことを自覚し、いったん棚上げしてとっとと教会へ帰ることにするレベッカであった。
「狐に逃げられた、申し訳ない……」
期限が怪しい食材を大量に揚げたフライものパーティな昼食をはさんで午後一時過ぎ、教会の私室。
ビデオチャットにて呼び出されたレベッカは、同じく呼び出された法晴ともども土下座せんばかりの態度で十六夜に謝罪される。
「狐、ですか……?」
「……まさか!?」
言われた内容が理解できず首をかしげるレベッカとは対照的に、何やら心当たりがあるらしい法晴が顔色を変える。
「法晴和尚は、何かご存じで?」
「シスターは東洋の伝承には疎いのでしたね。実は、狐というのは東洋に置いて強力な存在の代表格で、神の使いにも世を揺るがす大妖怪にもなるのですよ」
「神の使いどころか、狐の神も普通に存在するがな。とりあえず今回は法晴殿が説明したうち、大妖怪の方の狐の話だ」
「いえ、そのあたりは創作関係でよく見ているので分かるのですが、そんな大騒ぎになるような狐に心当たりがあるのかな、と」
「ああ、そういう事でしたか。さすがに玉藻ほど有名でも力があるわけでもありませんが、この地域にもそれなりに強くなった妖狐が封印されていましてね」
「ああ、なるほど」
法晴の説明で、ようやく事態を飲み込んだレベッカ。
やはり地元のことは地元民でないと分からないものである。
「そういえば、午前中にしっぽが三本ある狐を消滅させたのですが、それは何か関係が?」
「……まさにそいつなのだが……」
「あの狐、そんなに大層な存在だったのですか?」
「危うく九尾になりかけた大妖狐でな。六尾の時から長く封印されていたのだが、封印の中で着々と力をつけていて、今朝がた九尾になる儀式を行っているところを私が阻止したのだが、仕留めきれなんでな」
「三尾になったところで逃げられた、と?」
「いや、もう少し状況は悪い。力を三分割して逃げようとしたうち一匹しか仕留められなかったから、六尾分が外に逃げている」
「となると、残りはしっぽ三本分ですね」
「そうだな……」
予想外の展開に遠い目をしながら、そう説明する十六夜。
逃げた片割れがレベッカと遭遇した挙句に、問答無用で殴り倒されているとは思わなかったのだ。
「あの、シスター。恐らくその狐、見た目は普通の狐を装っていたと思うのですが、どうして殴り倒そうと?」
「どうしても何も、見た瞬間に殴り倒さなければいけない気がしたからですが」
「一応確認しておきますが、聖痕が反応したとか邪気の類を感じたとか、そういった理由ではないのですね?」
「はい。特に理由はありません。殴り倒さなければいけないと思ったから殴り倒しました」
「……なるほど」
レベッカのとても分かりやすい理由に、微妙に遠い目をしつつ納得する法晴。
殴らなければいけない気がしたから殴った。そこに理屈が入り込む余地はない。
「それで、この後どうしましょうか? 私が仕留めた時点で、教会や学院の近くにはいないかと思いますが……」
「それなのだ。放置はできんが、どうやって探したものかが難しいところでな……」
「妖気を隠されてしまうと、ただの狐と区別がつきませんからねえ……」
レベッカに問われ、渋い顔でぼやく十六夜と法晴。
そこに、割り込むようにメッセージが入る。
「……私のようですね。ちょっと確認します」
「ああ」
「どうぞ」
自分の端末に届いたメッセージだと気づいたレベッカが、ひと声かけて内容を確認する。
「理事長からですね。……どうやら、解決してしまったようです」
「「はあ!?」」
「写真を共有しますね」
そう告げて、届いた写真を十六夜と法晴に送り付けるレベッカ。
写真には、完全に焼け焦げてズタボロになった小柄な三尾の狐を片手でぶら下げているプリムの姿が。
「飛ばされて復活した先にぼろぼろの状態で伏せていたそうで、襲われたから八つ当たりもかねて焼き殺したそうです」
「……本来は同一存在だから、シスターの打撃の余剰ダメージが入ったか?」
「もしくは、シスターがフルパワーで浄化した際、よく別の場所にも光の柱が立つことがありますので、そのパターンで焼かれた後だったかもしれません」
「逃がした身の上でこういうことを言うのはあれだが、九尾に至りかけた大妖狐の末路としては哀れなものだな……」
「逃げずに十六夜殿とやりあっていれば、負けたとしても格好はついたのですけどねえ……」
知恵と力を使って不利な状況から出し抜いて自由を得たはずの大妖狐の、あまりにもあまりな末路。
封印下でまともに動けない状況でそのまま十六夜とやりあっても勝ち目はなかったとはいえ、ここまで雑に処理されると威厳も何もあったものではない。
「そういえば、神にも並ぶほど強大なはずの大妖狐の割に、やたら弱かったような気がするのはなぜでしょう?」
「儀式の途中で私が割り込んだために不完全になったのに加え、存在を分割した際に相乗効果があった部分が消えて三分の一より弱体化していたからな」
「なるほど。となると、六尾になっていれば私も危なかったかもしれないわけですね」
「どうだろうな。シスターの場合、戦闘能力や霊能力をほぼ攻撃力と防御力に極振りしている形だから、小細工をする暇を与えなければ結局同じ結果になったような気がせんでもない」
「そうですねえ。大妖怪だけあって普通の人間とは一線を画すだけの身体能力を持っているのは確かですが、それでも狐系の妖怪は狸と並んで妖術の大家です。その分、単純に硬くて速くて大火力なシスターのようなタイプには弱い部分がありますし」
「殴れる距離に入られた時点で、あの手の妖怪は終わるからなあ……」
レベッカの疑問に対し、そう結論を出す十六夜と法晴。
言ってしまえば、本体をレベッカの前にさらした時点でアウトなのだ。
「まあ、無事解決してよかった、ということで」
「そうだな。シスター、感謝する」
「場合によっては大惨事になるところでした。本当にありがとうございます」
「いえ、成り行きですし、それに本当に大事になるようなら、女子寮の方とかが対処に動いてしまっていたでしょうし……」
「むしろ、そうならなかったことに感謝させてほしい」
十六夜の言葉に、それもそうかと納得するレベッカ。
こうして、なんだかんだで大妖怪を仕留めたことで、無事に年を越すことができたレベッカ達であった。
聖女様による特に理由のない理不尽な暴力が、まだ何もしていない三尾の狐を襲う!
Q.この妖狐の失敗はどこでしょう?
A.そもそも逃げようとしたこと
下手に十六夜を出し抜かなければ、こんなことにはならなかったのに……
まあ、撲殺聖女伝だから仕方ないね!
なお、撲殺シーンからスタートしたのは、散々書き直した結果これが一番筆が進んだから。
結局、前置き特にいらんのや……




