NOT撲殺その6 宝くじ
「今日、最後に寄るところはここじゃな」
秋の運動会・文化祭シーズン真っ只中の十月中頃のある日曜日。
レベッカを連れ歩いてショッピングモールでいろいろ買い物を楽しんでいたプリムは、この日最後の目的地であるサービスカウンターや案内所のような風情のコーナーへとたどり着いていた。
「ここは?」
「見ての通り、宝くじ売り場じゃ」
「宝くじですか」
「うむ。お主、この手のものを購入した経験はあるか?」
「いえ。立場や戒律上、ギャンブルの類は手を出せなかったので、宝くじも買ったことはないですね」
「やはりか。まあ、それでもさすがに、福引やキャンペーンでの抽選なんぞは除外なのじゃろ?」
「はい。あくまでくじを引くことや景品が目的のものが駄目なのであって、必要なものを購入したり契約したりした余禄として抽選の対象になるのは問題ありません」
レベッカの説明に、まあそうだろうなあと納得するプリム。
戒律でギャンブルが禁止事項となっている宗教は珍しくもなく、どちらかと言えば富くじなんてものを堂々と売っていた日本は珍しい部類であろう。
「それで、ここに来たということは、宝くじを買うのですよね? 興味がなかったので詳しくはないのですが、宝くじは夏休みと年末しか売っていないのではないですか?」
「昔はそうだったがの。今は大体通年で何かの宝くじが開催されておる。それに、他にもナンバーズやロト、スクラッチなどいつでも買える類のくじもあっての」
「なるほど。理事長はよく買われるのですか?」
「いや、たまに面白半分で買ってみる程度じゃな。別に金には困っておらんし、そもそも儂が買って当たるとでも思っておるのか?」
「……納得しましたが、それを自分で言っていいのですか?」
「流石にもう、運のなさについてはあきらめておる」
そう言って、肩をすくめるプリム。
因みにプリムの運のなさは筋金入りで、ガチャやトレカなどでほしいものが出たためしはないどころか、十回やれば九回はダブる。
当然、ゲームではレアドロップなどまず引き当てられず、それ以外のアイテムも妖怪一足りないとは末永く付き合っていく間柄である。
もっとも、プリムの不運は周囲の人間の不幸や不運を吸収しているのが原因であるため、本人以外に影響が出る形では発現しない。
なので、宝くじやガチャ、カードゲームなどの個人で収まるものはひたすら運が悪いが、競輪や競馬、競艇なんかでは時折大穴を当てることがあるレベルで普通に当てたり外したりが発生する。
プリムがなんだかんだで金持ちなのもこのあたりの仕様が噛んでおり、彼女が手掛けている株や投資、事業運営などは不運不幸を肉体的なダメージやくじ運として肩代わりするため、結果として致命的なトラブルが発生することなくほどほどに順調に成長して利益が発生するのである。
つまるところ、プリムが不幸な目に遭えば遭うほど、周囲は幸せになるのだ。
ただし、あくまでも事故や流れ弾の類もしくは本人がうかつな真似をしての自滅でなければ不幸を肩代わりしたことにならず、誰かが肩代わりをさせるために殴るというのはアウトである。
なお、本人はこのあたりの仕組みを薄々察しているが、自力でどうにかできるものでもないので解決はあきらめている。
「それで、何を買うのでしょう?」
「うむ。せっかくじゃから、この場で結果が分かるスクラッチくじの類を、そうじゃなあ……。十枚では味気ないが百枚も削るのは大変じゃから、金額的にもキリがいい五十枚にしておくか」
「キリがいいのですか?」
「うむ。大抵は一枚二百円じゃからな。五十枚買えばちょうど万札一枚じゃ」
「ふむ。持って帰って削るのですか?」
「いや。ここのフードコートかカフェでやればよかろう。基本的に十枚買えば大抵一枚は二百円の当たりが出るから、いちいち換金に来るのも面倒じゃろう?」
「なるほど」
「で、じゃ。せっかくじゃから実験として、儂が買ってきたものをお主に削ってもらいたいんじゃ」
「というと?」
「さっきは基本的にと言うたが、儂じゃと出ないことも多くてな。儂が買っても他人が削ればちゃんとあたりが出るのか、確認して見たかったんじゃ」
「だったら、私でなくてもいいのでは?」
「それがのう、そういうネタをやれそうな人間はくじ運が極端な連中ばかりでな。美優やその関係者にスクラッチなどやらせた日には、一等二等を根こそぎ持って行きおるわ。逆に、副理事長や学長はあまりくじ運がいい方ではなくての」
苦笑しながら恐ろしいことをいうプリムに、どう反応していいか判断できず微妙な表情を浮かべるレベッカ。
とはいえ、レベッカのくじ運はいいとも悪いとも判断しがたいところだ。
年末の福引では一等と四等、五等を当てているので、それほどくじ運が悪いということはないだろう。
が、欲しかった高級黒毛和牛の詰め合わせ十万円分にかすりもしなかったことを考えると、本人的には運がいいとも言い難い。
「まあ、そういうわけでじゃ。儂の趣味に付き合ってくれればよい」
「はあ、分かりました」
プリムの言葉にうなずき、くじの購入に付き合うレベッカ。
宝くじ売り場では、レベッカがイメージするより多彩なくじが売られていた。
「どれにする?」
「……違いがよく分かりません」
「単純に、当たりの総本数と賞金の最高金額の違いじゃな。どうせ当たって千円ぐらいまでじゃろうから、気にせずインスピレーションで選べばよかろう」
「では、この猫の写真のものにします」
「分かった」
プリムに問われ、適当に銘柄を指定するレベッカ。
違いが分からない女であるレベッカが選んだものは、一等の当選金額が五十万の、比較的あたり本数が多いものだった。
選んだ理由は、写真の猫が時折教会に餌をねだりに来る猫にどことなく似ていたからで、当然ながら当たりやすさとかそういった要素は完全に無視している。
「後は……、……そうじゃのう。せっかくじゃから、ロト6も買っておくか」
スクラッチくじ五十枚だけでなく、面白半分でロト6も二十口ほど買うことにするプリム。
無論、レベッカに数字を選ばせるつもりである。
「あの、理事長。仮に当たったとして、当選金はどうなさるのですか?」
「スクラッチの小銭は、お主の小遣いにでもすればよかろう。まずないとは思うが、仮に一等やロトのストレートなんぞを引いた場合、お主の飯代や設備代道具代として適当にプールしておいて、額面によってはお主名義の保険や各種貯蓄、投資なんぞにも適当に回す予定じゃ。無論、欲しいというなら全額やるつもりじゃが?」
「いえ、大金をいただいても、どう使っていいか分からないので」
「じゃろう? 少なくとも聖心教会にいる限りは、飯代と服代以外にほとんど金が要らんしの。さすがのお主も、五十万程度ならともかく、何千万単位になると飯代として食いつぶすのは難しかろう?」
「日本の物価では、難しいですね」
プリムの確認にうなずくレベッカ。
日本の場合、レベッカでも入れるような高級店となると、一人前の分量の単品で一万円を超える店はそれほどない。
無論、プリムや美優のような人間が予約を取った上で行くような店なら、単品十万円台から、などという店もある。
が、そういう店だと食材の在庫的な意味で、レベッカが食べたいように食べることなど不可能だ。
結局、周りの迷惑を考えず在庫を食いつくす勢いで食っても、せいぜい一食数百万が限界ということになる。
まあ、そういう食べ方をしたら暴食の大罪に引っかかってしまって聖痕に拒絶されるので、結局は行けて十万が限度というところであろう。
「まあ、そういう捕らぬ狸の皮算用は置いておけ。まずは削るぞ」
「そうですね」
プリムに促され、フードコートへと移動するレベッカ。
こうして、人生初の宝くじに挑戦することになるレベッカであった。
「……なるほど。同じ絵柄が三つ出てくれば当たりですか」
「このタイプはそのようじゃな。当選金額が高いものは縦か横に三つ並んだときのみ、とかもう少し条件が厳しいが」
「条件が厳しかろうがどうだろうが、結局運の勝負ですからあまり関係ないような」
「そういう身も蓋もないことを言うでない」
同じフロアのフードコート。
プリムと手分けして買ってきた飲み物とおやつをつまみながらくじの説明を読んでいたレベッカが、そんな言ってはならないことを言ってのける。
「とりあえず、削ってみるといい」
「そうですね」
プリムに促され、眺めていても仕方がないと最初のくじを削るレベッカ。
結果は一等と四等、五等のマークが二つずつ。つまり、はずれである。
「こういう感じですか」
「うむ。まあ、見ての通り、期待させておいて、という感じになっていることが多いのう」
「でしょうね。あたりはともかく外れの方がすぐに確定するのは、いろんな意味で面白みに欠けますし」
そう言いながら、次々に削っていくレベッカ。
最初の当たりくじが出たのは、五枚目を削った時であった。
「……あら?」
「ふむ、千円か。一本目の当たりが二百円ではないのは、割と珍しいのう」
「そうですか。でもまあ、これで今までの分を取り戻した程度ではありますが」
「だから、そういう冷めることを言うではない」
いらぬことを言ってプリムに諭されながら、次々削っていくレベッカ。
時折千円を挟んで二百円を量産すること四十三枚目。今まで見なかった当たりを引く。
「……三等、ですね」
「ほほう、三等とな? ……ん?」
「どうしました?」
「いや、ここまでで二百円が十本に千円が三本当たっておったじゃろう?」
「はい」
「三等は五千円のようじゃから、合計すると一万円になるわけじゃが……」
「……プラスマイナスゼロですか」
「この後、あたりが一本もなければそうなるのう」
「普通に考えて、ここまで作為的な数字だったら、次に当たりは出ないと思います」
「じゃなあ」
当たりの合計金額を見て、そんな風に結論付けるレベッカとプリム。
その予想通り、残り七枚は全て外れであった。
「とりあえず、お主の場合はスクラッチのような少額だと得も損もせん、ということじゃな」
「むしろ、他の人に回る当たりくじを奪っている節がある分、トータルではマイナスかもしれません」
「じゃなあ」
あまりに分かりやすい結果に、今後この手の賭け事はやるだけ無駄だと思い知るプリムとレベッカ。
周りに迷惑をかけないためにも、今日買った分以外には二度と手を出さないと心に誓う。
「まあ、それはそれとして、じゃ。やると決めた分ぐらいは初志貫徹と行こうぞ。この紙に、ルールに従って数字を書いていくのじゃ」
「分かりました」
プリムに促され、説明を読みながらロト6の応募用紙に数字を記入していくレベッカ。
二十枚全部書き終わったのを見て、プリムが当たりくじとセットで回収する。
「では、換金と申し込みをしてくる。すまんが、お主はここの片づけを頼む」
「分かりました」
そう言って席を立ったプリムを見送り、トレイとごみを片付けるレベッカ。
そのままプリムと合流するため宝くじ売り場へ向かうと、大泣きしながら叱られてふてくされている男の子とわき腹を押さえながらよろよろと立ち上がるプリム、そしてそのプリムに謝り倒している男の子の両親と思われる人物の姿が。
「……どうしました?」
「……お互い不注意で子供にぶつかっての。思ったよりパワーと勢いがあったもんで、派手に吹っ飛ばされてしまったんじゃ……」
「ああ、なるほど。というか、理事長をここまで吹っ飛ばすとか、かなりのパワーのような……」
「……うむ」
状況を聞いて、真っ先にそんな感想を口にするレベッカ。
プリムの体は人間と組成が違うため、小学校低学年ぐらいの体格で特に太っていないにもかかわらず、体重は余裕で百キロを超えている。
それを衝突の勢いで吹っ飛ばしておいて当人は特に怪我らしい怪我をしていないのだから、相手の子供もどう考えても普通の子供ではない。
たとえ首の骨を折ろうが身体がミンチになろうが「どうにか致命傷で済んだ」の一言で済ませるプリムが相手だから大した問題にはならないが、普通の人間にぶつかった場合、相手の命の保証はしかねる威力だ。
「とりあえず、今回のことはこれ以上気にする必要はないかと思いますが、相手と状況によっては命に係わる大怪我をする可能性も十分にあります。人が多いところで走るのは止めましょうね」
とりあえず、場を修めるためにやさしく微笑みながら男の子を諭すレベッカ。
見たところ、パワーこそオーガ並みでも年齢はまだ小学校に上がったかどうかぐらいだ。
一人ぐらい優しく対応しないと、却って意固地になりかねない。
「子供は元気が一番じゃが、走り回るのであれば広い運動場で全力で走ったほうが気持ちがいいぞ。こんな人も物も多くてすぐにぶつかりそうになるところでは、思いっきり走るという訳にはいかんからな」
「ですね」
この話はこれで終わりと言外に匂わせつつ、服についた埃を払い落としながら親子に背を向けるプリム。
プリムの言い分に同意しつつ、軽くお辞儀をして立ち去るレベッカ。
その二人の背中に何度も頭を下げ続ける両親と、今度こそ自分が悪かったと理解して謝りながら大泣きする男の子。
その声を背に受けながら、さっさと人混みに紛れていくプリムとレベッカ。
「何とも微妙な災難でしたね」
「うむ。面倒だからあ奴らの前では言わんかったが、実は肋骨と背骨の一部がへし折られて居っての。その程度じゃから、すぐに立ち上がれはしたんじゃが……」
「……学校とかでは、大丈夫なんでしょうか?」
「さすがに、そこまでは儂の知ったことではないのう。まあ、誰かが何とかするじゃろう」
レベッカの心配を、一言でばっさり切り捨てるプリム。
残念ながら、今日初めて顔を合わせた程度の子供のことまで、プリムが気にする筋合いはどこにもない。
「さて、やることは終わったから、とっとと帰るか」
「はい」
これ以上考えても無意味だと、話のついでに買い物も切り上げるプリムとレベッカ。
なお、今日買ったものもは全て後日配達の手配をしているため、帰りも手ぶらである。
「それはそうと、理事長」
「なんじゃ?」
「先ほどのトラブルがどうにもロトの手続きが終わってから起こった、という点に不穏なものを感じるのですが……」
ショッピングモールを出たタイミングで、どう考えても藪蛇にしか思えないような、とてつもなく不穏なことを言ってのけるレベッカ。
レベッカの言葉に、何となく思い当たる節があるプリムの顔が引きつる。
「あのなあ、このタイミングでそういうことを言うのはむぐっ!?」
苦情を言おうとしたプリムの口に、何処から飛んできたのかこの時期にまだ生きていたのかと言いたくなるような大きなカブトムシが飛び込んでくる。
反射的にカブトムシを噛み砕いてしまうプリム。
そこに、唐突に立っているのも辛いほどの強風が吹き荒れる。
「むがっ!?」
カブトムシが口の中を占拠しているため、何とも言い難い妙なうめき声を上げるプリム。
目やら鼻やらに大量の埃が飛び込んできたようだ。
そのタイミングで、強風にあおられたらしい街路樹の枝が、プリムの顔を強打する。
「……やはり、何かありそうですね」
ここまでの一連の出来事に、何やら悟ったような表情でそうコメントするレベッカ。
その後、学校に到着するまで猪にはねられたりハトやカラスにいろんなものを爆撃されたりと、プリムの不幸は絶え間なく続くことに。
「このパターン、さてはロト6が当たってしまっておるな!」
「そうなんですか?」
「そうでなければ、さすがにここまで連続では続かん」
そう断言したプリムの言葉が数日後現実となり、キャリーオーバー分も含めて約三億八千五百万という扱いに困る金額の当たりが出ることになるのであった。
ロト6の当選金額は、サイコロで決めました。
桁数をD6+2で決めて、8桁の時だけ一番上の桁はD6、それ以外はD10で決めるやり方でやったら結構な金額になったわけですが、ロト7だと割と珍しくない金額で、6でも時折出るぐらいの額らしいのでそのまま進めました。
約4億っていうのがまた、ものすごい大金なのに商売やってると設備投資やなんやであっさり消える額というなかなか始末が悪い金額でして。
まあ、どうせそのうちレベッカが飯代と修道服の代金で食いつぶすのでしょう。
後、スクラッチの当選金額内訳については、深く突っ込まないでいただけると助かります。過去のを見ても1~3等の金額の基準がよく分からず、サイコロ振って出た金額に合わせて都合よく決めてますので……。




